第47話 最奥で座するもの

 アーデガルドとアオイとステリの三人が、道化リーストーラーに向けて最後の連携を行おうとしていたその時。ようやくスピラは彼の仲間を回復する事が出来ていた。


 元々、毒や麻痺や石化という状態異常だけではなく、レベルドレインまでくらっていた彼ら。そんな彼らを癒すための回復呪文を、スピラはすでに使えない状態になっていた。


 だから、自分が持っていた道具だけでなく、メアリからもらった巻物スクロール薬品ポーションを駆使して、スピラは彼らを癒していく。その甲斐もあって、巨漢の闘士ジョウ重戦士ゼムはようやく戦えるようにはなっていた。ただ、それは全快とは言えないもので、かろうじて戦えるといった程度だろう。しかし、自分の体が動くことに満足する彼らは、早くも闘志をみなぎらせる。


「さあ、早くいきな」


 だが、さっそく参戦しようとする彼らに、メアリはそう指示する。その言葉に、彼らが不満の声を上げるよりも早く、メアリはピシャリとそれを制す。


「レベル下げられているあんたらにいられちゃ、はっきり言って迷惑なんだよ。第一、スピラはもう回復ができないんだ。知ってるだろうけど、仲間全体の回復は、同じ探索集団パーティでしか効果がない。もし、あんたらが傷を負ったら、あんたらを回復するのに、余分な動作が必要になるんだよ。それに、こう言っちゃなんだけど、あんたらに使える回復があるならアーデ達に使うね」


 戦いの趨勢は明らかになっているが、油断なくそれを見守りながら話すメアリ。そんな彼女に何かを言おうと相対した巨漢の闘士ジョウだったが、それはメアリの前に立った重戦士ゼムに抑えられていた。


「オレ達が……、足手まといになるのはダメだ」

「ゼム、俺が言いたいのはだな!」

「すごい……」


 メアリの正論に対して、納得がいかない巨漢の闘士ジョウ。彼にすれば、救われた恩義があるのに、むざむざ退き帰すという選択肢がないのだろう。まして、最奥にいる者を思えば、自らは『使い捨ての盾としてかまわない』という気持ちがあるに違いない。ただ、彼がそれを熱弁しようとした矢先、メアリの横に立っていたスピラの声と重戦士ゼム表情が、一気にその雰囲気を飲み込んでいた。


 その事に不満を感じつつも、巨漢の闘士ジョウは振り返りそれを目の当たりにする。


「なんてこった――」


 思わず巨漢の闘士ジョウからこぼれた言葉。それはアーデガルドが放った光の一撃。だまし討ちのような恰好にあったとはいえ、巨漢の闘士ジョウ達をあれほどまでに苦しめた相手があっけなく滅び去るさまを見せつけられ、巨漢の闘士ジョウはそう言わずにはいられなかったのだろう。


「姉さん――。やっぱり姉さんは正しかったよ」

「ん――? なんだい? いきなり? まぁ、そうだろうけど? ただね、色々と間違えることもあるさ。でも――。いや。だからさね? 正しいと思う事をやるしかないのさ。結局は、最後の最後にならないとわからないんだよ、何が正しいかなんてね。でも、ようやくこれでヒバリに報告できるよ」


 頼りになる仲間の勝利を誇りつつも、メアリの視線は最奥の者に向けられていた。何かするとすれば、それはこれから。メアリ達は本能的にそれを感じているのだろう。特に彼女は仲間の命を預かる以上、戦闘中もその動きには常に注目していた。


 その事を知ってか知らずか、最奥に座していた貴族風の男は優雅に席を立って話しかける。


「では――。そろそろメインディッシュとしますか」


 アーデガルド達の健闘をたたえた言葉を贈った貴族風の男は、ゆっくりとその階段を下りて近づく。その圧倒的な力を全く隠そうとせず楽しげに、貴族風の男は部屋の中央まで歩いていく。


「スピ。早くいくんだ。――いいかい? 帰ったら、とっとと村に帰りな!」


 スピラの肩をつかんで有無を言わさずそう告げたメアリ。その次の瞬間には、スピラを突き飛ばすようにして離れ、仲間たちが集まっている部屋の中央に向けて駆け出そうとする。


「待って! 姉さん!」


 だが、スピラも彼女の雰囲気を察したのだろう。手を伸ばし、その体をつかもうとするスピラ。だが、振り返らずに駆け出したメアリを、彼の手が掴めるわけがなかった。


「ふむ。その前に邪魔な小石は向こうで遊んでもらいましょうか? そして、あなたたちが本当に私を満足させるかどうか。私自らが計ってあげます!」


 アーデガルド達の前に、死霊の魔物が五体その姿を現し、それとは別の巨大な死霊の魔物が、ステリ達の前に召喚される。


「『地獄の業火』」


 おそらく、その事を予期していたであろう。ゴルドンの背中に隠れて、密かにその詠唱を始めていたシオンが魔法を放つ。当然、その呪文の効果は絶大で、召喚された死霊の魔物は、瞬く間に焼け落ちていく。ただ、その灼熱の炎の中心にいた貴族風の男は、涼しげな顔で服についた埃を払っていた。


「まったくためらいが無いのは称賛に値しますよ、シオン君。ですが、これでは私には傷はつけれません」


 ダンジョン探索者ヴィジターの魔法使いが使う魔法の中で、最大の攻撃範囲と威力をもつ攻撃呪文として有名な『地獄の業火』は、死霊の魔物をことごとく燃やしたにもかかわらず、貴族風の男には何の傷も与えていなかった。


「知っている。これは俺達の挨拶みたいなものだ」


 シオンの言葉が終わるや否や、死角から一気に躍り出たアオイとステリの刃。それぞれがすり抜けざまに、貴族風の男の体を切り裂いていた。


「何なん⁉」

「幻影?」


 互いに手ごたえのなさに驚きつつ、目の前の貴族風の男を凝視するアオイとステリ。一方、彼女たちの攻撃を食らった貴族風の男の体は、陽炎かげろうのように消えていく。


「すばらしい連携ですね。ただ、それは以前見せてもらいましたよ」


 貴族風の男がさっきまで立っていたほんの少し後方から、その声は聞こえていた。


「ええ、そう聞いています」


 そう答えるアーデガルドの鋭い剣が、姿を現した貴族風の男の体を今度こそ確実に薙ぎ払っていた。



 

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