第46話 地下二十一階の戦い(後編)

 シオンが唱えた『嘆きの氷結』。それは人間の魔術師が使えないとされている人外の魔法。主に上位悪魔オーツ・ボーネが使う最上級の氷結魔法として認識されているのだが、『霧氷の杖+3』を使う事により、人の身でもその魔法を扱うことができると言われている。ただし、最上級爆炎呪文『地獄の業火』を『嘆きの氷結』へと変換するという方法で――。だから、どうしても威力が落ちる・・・・・・から、『霧氷の杖+3』を持っているものも、特別な理由がない限りそうしない。


 だが、目の前で起きたその現象は、アーデガルド達の常識を覆すのに十分な威力を見せつけていた。


 道化リーストーラー炎の息最後通告が放たれるその前に、シオンの『嘆きの氷結』が道化リーストーラーを襲う。一気にその力を解き放たれた白銀の世界は、道化リーストーラーの発動していた炎をも飲み込み、その姿を氷像へと変えていた。


 しかも、上位悪魔オーツ・ボーネのように部屋全体に効果が及んでいない。道化リーストーラーを中心とする、ごく限定された領域で展開している。つまり、威力そのものを収束させる魔法をシオンは使用したことになる。


 円柱形に展開する白銀の世界以外には、一切その影響がないように。


 炎の息最後通告を効果的に放つため、宙に浮いていた道化リーストーラー。そんなことを想像だにしていなかった彼は、空中で氷の象となっていた。だから当然、そのまま床に激突する。円柱の底に落下し砕け散り、霧氷を周囲にばらまいて。


 ただ、それはキラキラと輝くその幻想的な光景を生み出していた。誰もが一瞬見とれたその光景は、先ほどまでの戦いを忘れるのに十分なものだったに違いない。四肢をバラバラに砕かれた氷の像の中から、すさまじい熱量の炎の柱が昇り、その姿を取り戻すまでは――。


「クソ! クソ! クソ!」


 瀕死の体を何とか再生した道化リーストーラーは、『怨念の炎』をシオンに向けて放っていた。だが、その攻撃はシオンの前に立つゴルドンによってはじかれる。『反魔の盾』と呼ばれるゴルドンの持つ盾は、持つ者の意志の強さにより、魔法を剣のように弾くことができるもの。固く強いゴルドンの意思の力を喜ぶかのように、『反魔の盾』はその輝きを増してそれをはじく。


 だが、逆上した道化リーストーラーは、執拗に同じ攻撃を繰り返していた。


「最後の時だ、道化リーストーラー。もういい加減、お前の仕事は終わりだろう。残した言葉が『クソ』だというのは、案外似合ってるんじゃないか?」


 そう告げるシオンの『浄化の炎』を浴びた直後、苦悶の声を上げた時に道化リーストーラーが見たその輝き。それはステリがもつ『苦無』が持つ死の輝き。その輝きにほんの一瞬目を奪われてしまった道化リーストーラーは、それを回避することは出来なかった。


「ヒバリ――、とったよ」


 道化リーストーラーの首が宙を舞い、残された体が『浄化の炎』の炎で燃え上がるのを見守りながら、ステリは思わずそう口に出す。


「まだまだや! コイツは油断できへんで!」


 次いでつながるアオイの攻撃。切り放たれて宙に舞う道化リーストーラーの首を、そのままアオイの鋭い炎の連撃が微塵にして灰にする。


「あとは任せたで! アーデ!」


 文字通り煙となって宙に浮かぶ道化リーストーラーの首は、おそらくその時はまだ生きていたのだろう。だが、アーデガルドの放った一撃は、確実に道化リーストーラーのとどめを刺す。淡い光の軌跡を残すアーデガルドの剣。それは煙となっている道化リーストーラーを瞬く間に吹き飛ばしていた。


 断末魔の叫びも残せず、霧散する道化リーストーラー。あまりのあっけなさに周囲を警戒するアーデガルド達だったが、それは直ちに次なる警戒心で上書きする事になる。


 最奥にいた貴族風の男の声により――。


「すばらしい! この敵討ちであなた方の喜びが一段と大きくなっている事でしょう! ああ、いいですね。いいですよ。喜び、怒り、悲しみ、そしてやってくる絶望。あれも最後に役に立ったという事ですね。ああ、そうですね。一応あれを復活させる気はありませんから、ご心配なく。あれの役目はもう終わっていますので」


 部屋の最奥で優雅に観戦を決め込んでいた貴族風の男が立ち上がり、アーデガルド達の戦いを拍手でそう称えていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る