第45話 地下二十一階の戦い(中編)

 それは予想通りの展開だったに違いない。その出現に、アーデガルド達は特に焦りを見せることはなかった。ただ、戦いの場から離れたとはいえ、マドギーワとサーセンは放置していい敵ではない。


 アーデガルド達はシオンからそう聞かされた時、彼女たちは真剣にその対処方法について検討していた。ただ、話し合いは空転し、どうしてよいかわからなくなっていた。殺してしまえば気力を奪われる。そして、無視して放置すれば、遠方からちまちまと攻撃呪文を食らう事になる。何より、道化リーストーラー自体も魔法を使い、さらに『クビチョンパー』という最凶の技として名高い攻撃を持つ者として認識されている分、この組み合わせは最悪と言えるだろう。普通なら逃げる方が得策。苦労して仕入れた情報屋の情報も、倒しても得るものがないというものだった。


 だが、アーデガルド達に、その選択肢はない。

 だから、彼女たちはこの戦いを想定して、何度も何度も議論を重ねていた。


 それがあるからこそ、アーデガルドは自信をもって行動する。ただ、アーデガルドにとって一つだけ気になるのは、この部屋の主と呼べる存在。その圧倒的な力を感じつつ戦うことは、アーデガルドにかなりの心的負荷を与えていた。


 本来、事前にシオンから告げられていた言葉をよりどころにして、彼女はこの戦いに集中することは出来ただろう。だが、この部屋の主とは最初は戦わない・・・・・・・という話を、アーデガルドはやはり信用することができなかった。ただ、『どんなことが起きたとしても』と、シオンはいつになく強くそう告げていた事を思い出し、アーデガルドの気持ちはそこで決まっていた。


 シオンの事を十分に信用できなくなったアーデガルドだったが、シオンが敵でない事だけはわかっている。だからこそ、この戦いだけはシオンに無防備な背中を見せることを厭わなかった。


「来なさい! 道化リーストーラー! あなたの相手は私です!」


 普段なら仲間の盾となるために、敵の注意をひくアーデガルド。だが、彼女の手にある聖騎士の剣は、彼女の意思を具現化したかのように、攻撃的な光をその身に宿す。


「おや、おやぁ? ご指名ですかぁ? 貴女がぁ!? 一人だけ、前に出るのですかぁ⁉ いつも仲間を見守る事を装い、本当は誰も信頼できない、貴女がぁ? ふふっ、これはこれは、ちょっとしたボーナスですねぇ。では、そろそろ反撃といきますかねぇ? 色々とあのお方はお怒りみたいでしたが、貴女がそんな姿を見せてくれるとは、喜ばしい事ですねぇ。私としては最高の舞台ですよぉ。以前のように、仮の姿ではありませんからねぇ。さあ、お前たちぃ! 前に出て、さっさと死ぬのですねぇ。百分の一にしか過ぎないあの小僧に、本当の力をみせてやるのですねぇ!」


 相変わらず、深奥に座する者は指一つ動かしていない。あくまでも、この戦いを楽しむことにしているのだろう。堂々とした雰囲気のまま、口元には笑みさえ浮かべている。しかも、その視線の先にあるのはアーデガルド。まるでいとし子を見守るかのように、その者は彼女の姿を見つめ続けている。


 ただ、時折その視線はシオンに向く。まるで何かを探るかのように。


 そして、何度目かの視線の移動。その視線がシオンに向いたまさにその瞬間――。自信に満ちた声と共に、シオンの呪文が完成していた。


「『埋没の檻』」


 瞬く間に起きた背後の出来事を、道化リーストーラーは目にすることが出来なかった。深奥に座する者の近くにある壁際まで後退していたマドギーワとサーセンを、周囲の床が隆起し飲み込みくらう。抵抗する事も断末魔の悲鳴を上げることも出来ずに飲み込まれていったその二人。そんな彼らの姿をみる事もなく、シオンが道化リーストーラーに杖を向けて告げていた。


「どうした? いつも『使えない部下』と言っていた割に使っているじゃないか? 実は、お気に入りか?」


 次の呪文の準備をしているのだろう。ただそれだけを告げ、小さく動かすその口からは魔法の詠唱が聞こえている。ただ、シオンのその二つの赤い目だけは、道化リーストーラーを挑発するように見据えていた。


「まったく! 忌々しいのですねぇ!」


 その言葉を誰に向けたのかは定かではない。執拗に狙うアオイの斬撃を辛くもかわし続けた後、道化リーストーラーはそうやって悪態をついていた。だが、その瞬間を狙うアーデガルドの剣げきもまた、道化リーストーラーを確実にとらえていく。たまらず距離をとる道化リーストーラー。ただ、それは仕切り直すためのものだろう


 煙となった道化リーストーラーに十分な傷を負わせるほど、彼女の攻撃は道化リーストーラーを追い詰めていた。


 そう、煙となって消えても、アーデガルドの剣はそれをとらえる。それは道化リーストーラーにとって誤算だったに違いない。その状態の彼を傷つけることができるダンジョン探索者ヴィジターなど存在しない。道化リーストーラーは、そう自信を持っていた事だろう。もっとも、それは回避に特化した道化リーストーラーの技だから、それを引き出すことができるのもごく一部。


 ただ、反撃できないその姿のままいることもできないから、必ず道化リーストーラーは実体化していた。だが、その瞬間を見逃すステリではない。再実体化した瞬間を狙ったステリの攻撃は、たちまち驚異的な刃となり道化リーストーラーを苦しめていた。ただ、辛くも致命傷を逃れる道化リーストーラーも、さすがに体勢を崩していた。


 そこにアオイの刃が必殺の間合いで迫ってくるから、道化リーストーラーは再び煙となるしか回避しようがない。その繰り返しのような行動を、道化リーストーラー忌々しく思っていたことだろう。彼の仮面から醜悪な笑みは消えはじめ、言葉ははるか彼方に遠のいていた。その代わり、道化リーストーラーの不満は頂点を迎える。


「ええい! うっとうしい!」


 口調を変え、荒々しくそう告げた瞬間、道化リーストーラーの仮面の口が大きく開く。それは道化リーストーラー炎の息最後通告の準備動作。それを知っている三人は同時に全く同じ行動をとっていた。


 蜘蛛の子を散らすかのように、一瞬でその場から離れる三人。

 それと同時に、猛々しい炎が道化リーストーラーの口から吐き出されていた。


 魔法の呪文と違い、詠唱を必要としないその炎は、ダンジョンに潜る魔法使いが使う最強の炎として名高い、『地獄の業火』に匹敵すると言われている。幾重にも張り巡らされた魔法の障壁を貫通し、その炎は確実に弱いものの体を焼き尽くす。


「『嘆きの氷結』」


 ただ、それが吐き出されるか否かの刹那の瞬間。シオンの唱えた魔法がその効果を現わしていた。

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