第五章 最深部に挑む者

第44話 地下二十一階の戦い(前編)

 その部屋――他の部屋と違い、その部屋は広く明るいつくりとなっている――に入った瞬間、アーデガルド達はかつてないほどの圧力を感じていた。それは生物としての危機感。息をすることさえ自由にできず、頭をその場に押さえつけられるようなその感覚。おそらく、並の実力の者であれば、一歩も動くことはできなかっただろう。


 その圧倒的な脅威にくぎ付けとなって――。


 だが、アーデガルド達は歴戦のダンジョン探索者ヴィジター。そして、探索集団パーティとしても十分経験を積んでいた。だからこそ、各々が瞬時に判断し、体は自然と行動する。


 それを目の当たりにして――。


 アーデガルド達が見た光景。その中で最も注意を向けた人物。部屋の最奥にある数段高くなった場所に悠然と座り見下ろしていたその人物こそ、アーデガルド達にその感覚を与えていた。


 ただ、その人物に視線をくぎ付けにされなかったアーデガルド達だったが、目を離し難かったことは事実だろう。そして、それまで放たれていた雰囲気とは一変して、空気が緩んだことも事実であった。まるで、歓迎されているかのように――。


 そして、彼女たちはそれを目にする。


 退屈そうに見えたその表情が見る先にあるのは、彼女たちがよく知っている者達の哀れな姿。首をはねられ横たわる盗賊と魔法戦士。その彼らを守るようにして立っている重戦士と闘士のいつもの雄々しい姿は、もはや見る影もなくなっている。重戦士の鎧はかなりの部分が吹き飛んでおり、見えている肌はひどい火傷を負っていた。だが、虫の息となっているものの、彼らはかろうじて生きている。ただ、一人だけ離れた場所で倒れている司祭は、すでにこと切れているようだった。


 そして、もう一人。

 そんな彼らを見下ろすように浮かんでいる、あのローブの男の姿を。


「スピラ!」

「ゼム! ジョウ!」


 メアリとゴルドンの声を聞くまでもなく、瞬時に戦闘態勢を整えるアーデガルド達。


「なるほど――。やはり、想像よりも早かったですね。しかし、客人をもてなす準備をさせてくれないとは……。いったい、誰をどうすればよいのでしょうね?」


 びっしりと敷き詰められた石畳の広大な部屋。その最奥に座する、この部屋の主と誰もが考える貴族風の男。周囲より数段高い場所から聞こえるその丁寧な口調は、少し不快感を含んでいた。


 その事に気が付いたのだろう。ローブ姿の男が優雅に振り返ってこうべを垂れていた。ただ、その姿はあくまで形式的な印象を与えるもの。それを貴族風の男もわかっているのか、軽く鼻であしらっていた。


 もっとも、紛れもなくローブ姿の男に向けて放たれたその言葉に、同意する意思はあるのだろう。直ちにアーデガルド達に向き直ったローブ姿の男。だが、再び向き直った彼が行動するより早く、シオンの魔法が完成していた。


 その瞬間、凄まじい突風がローブ男を吹き飛ばす。


 しかし、その突風にローブ姿の男は何の傷も負っていない。ただ、すでに虫の息となっていたゼムとジョウからさらに引き離す事には成功していた。そして、ステリとアオイがそこに飛ばされてくることを知っていたかのように、二人の斬撃がローブ姿の男を襲う。そのため、ますます引き離されたローブ姿の男は、小さく悪態をついていた。


「メアリ、あの二人の回復と離脱を」


 その間に、スピラの元の駆け寄っていたメアリに対して、シオンがその先の行動を指示する。まるで耳元で聞こえたようなその小さな声に振り返ったメアリは、瞬時にそれを理解し、行動していた。

 

 アーデガルドとゴルドンに守られるように立つ二人。彼らは、すでに虫の息となっているだけではない。おそらくかなりレベルも下げられているのだろう。それでも仲間を守るような姿勢をとり続けていた二人は、ついに体の自由も効かなくなったに違いない。


 メアリの中で強い意志が呼び覚まされ、それは覚悟の顔へと変貌する。そして、そう告げた後シオンもまた、次の魔法の詠唱し始めていた。


 メアリとは対照的に、その意思を感じさせない顔つきのままで。


 しかし、その意図をつかんだのだろう。メアリはスピラに蘇生の魔法を唱えて、スピラの蘇生を成功させる。ただ、復活したばかりのスピラはやはり状況をうまくつかめないのだろう。彼は目の前にいる姉の顔を凝視しし続けていた。


「姉さん……」

「スピ、話はあとだよ。いいかい? まずは自分の仲間の回復しな。あと、帰還は――、できるね?」


 メアリの唱えた蘇生の魔法。それは瞬時にスピラを蘇生したのみならず、その体力も全快する究極の蘇生魔法。さらに、その確率を引き上げるための『英知の杖』を手に入れていたメアリにとって、この場所での復活は容易だった。だが、状況はまだまだ油断できない事は、メアリは十分認識している。頷いたスピラが仲間を回復するために巻物スクロールを使った事もそうだったが、ステリとアオイによって切り裂かれたローブの中から姿を現した、忘れもしないあの者の顔を見て――。


「ようやく……。ようやくぅ! ――ですねぇ。この姿となって、もう一度あなたと出会う事をどれだけ待ち焦がれたことかぁ!」


 その無機質な仮面――白と黒が半分ずつ色分けられている――を顕わにしたその男は、切り刻まれたローブを脱ぎ捨て、さらにその姿を炎で焼く。自ら発した炎に苦痛の声を上げることなく、無機質な仮面は笑顔の形になっていた。


「こっちこそ! 待ってたで! ようやく姿見せたな! 道化リーストーラー! あんな近くにおったのに、気づかんかったのは不覚やわ!」

「同意。そして、不快。だから、消える。でも、その首は置いていく。ザクザクと、この『苦無』で突き刺すから」


 二人の攻撃をするりとすり抜け、道化リーストーラーは以前の姿を取り戻す。


 その瞬間、まるで衣服を脱ぎ捨てたように、宙に浮く道化リーストーラーから、ゴトリとその体は落ちていた。


「ふふん、さっきのはあなたたちの事ではありませんよぉ? でも、ついでですぅ。そうそう、これはもう用がありませんねぇ」


 それだけを告げて、落ちたその体に向けて炎を吐きだす道化リーストーラー。瞬時に燃え上がったその体が灰に変わったと同時に、道化リーストーラーの背後から、二つの魔法陣が出現していた。


「用がないといえば、本来この二人も用がないのですが。でも、あなた達としては、どうでしょうねぇ?」


 道化リーストーラーの後方に描かれた魔法陣から出現した者達。それはまさしく、以前のアーデガルド達に致命的な傷を与えた者達。見知ったその姿を見たアオイは、道化リーストーラーに切りかかりつつも、それを言わずにはいられないようだった。


「ホンマ、あいっ変わらずやる気なさそうやな! 自分ら!」


 そして、召喚されたマドギーワとサーセンは、相変わらずそそくさと戦いの場から遠ざかっていた。


 

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