第37話 買い物

 アーデガルドがメアリを探して様々な場所を捜索している間、アオイはシオンとステリを連れて、次の探索に必要な物の買い出しに出ていた。賑わいを見せる迷宮地下一階アンダータウンの露天商街。そこを抜けた先にある顔なじみの雑貨屋で買い物を済ましたアオイたちは、掘り出し物があるかもという雑貨屋で仕入れた噂をもとに、露天商街で売られている品々を軽く話しながら見て回る。もっとも、時折足を止めては、真剣に。


「しかし、あのメアリ姉さんが急に行方不明になるなんてな」


 いつものように唐突に、アオイは品物を手に取った後にそう告げていた。だが、その品が気に入らなかったのだろう。じっくりと見た後に肩をすくめたアオイは、そのまま元の場所に返していた。


「人聞きの悪いこと言わない。今日は休みにしたいと書置きして出て行っただけ」

「でも、どこ行ったか分からんのやろ? 行方不明やん? あのゴルドンの様子みた? 姉さん、ゴルドンにもどこ行くか言ってないみたいやん?」

「うん。ゴルドン、死んでた」

「いや、生きてるって、一応。まあ、相当ショックやったんやろうけどな。あれ、髭まで真っ白になるやつやで」

「白いドワーフ。激レア。解剖したい」

「やめとき、酒しかでーへんって」


 ちょうどシオンを挟む形で、アオイとステリは会話しながら歩いている。真ん中で荷物を持ちながら歩くシオンは、ただ付いて行くだけだった。


「でも、あれ、やっぱりあれと関係あるんちゃう? 何やと思う? スピラのあの昔ばなし? ステリはなんか知ってるん?」

「知らない。でも、知ってても言わない」

「なんや、それ!? ウチが信用ならんって言いたいんかいな?」

「違う。メアリ姉さんが話したくない事は話さない。話せるならたぶん自分から話すはず」

「まあ、そうやんな……。でも、気になるやん?」

「それはそう。でも、知らないものは、話せない」

「まっ、そりゃそーや。――って、やっぱり知らんのかいな!?」

「ん? 最初からそう言ってる」

「あーもう、無駄話多すぎるで?」

「なら、だまる。黙らせる?」

「いや、ええんちゃう? 何かあったら、黙ってないし?」


 アオイとステリ。二人は互いに話しながらも、それぞれ周囲に警戒しながら歩いていた。だからだろう。互いにその存在について、目だけで同じ感覚を持っていることを伝えていた。


「まっ、あっちはアーデがなんとかするやろ? なぁ、シオン君? そう思うやろ?」

「話が唐突すぎる。もっとも、俺としては、そろそろこれも何とかしてほしいのだが?」

「それはあきらめる。次の探索は丸一日以上かかると言ったのはシオンの方」


 ステリの非難の視線を浴び、シオンは目を瞑って考えていた。


「確かに、『普通で挑めば丸一日以上』と言った。さっきは詳しくは言わなかったが、地下十九階は道なりに進めばいいが、地下二十階は転移魔法陣で移動する階になっている。一回の探索で十二回程度の転移を繰り返してから階層主フロアボスとの戦うことができる。そして、次の階に行くには、その奥にある通行証を入手する必要がある。だが、地下二十階には階層主フロアボスが二人いる。だから、最低でも二回その階を探索する必要がある。だが、正しい転移魔法陣を選べばの話だ。一度でも間違えると、最初の魔法陣に戻されてしまう」


 説明するシオンの話が終わるのを待ちきれなかったのだろう。すかさずシオンの前に出たアオイは、その感想を告げていた。


「何やそれ!? 何なん、その階? 意地悪なん!?」

「だから丸一日以上……。納得。でも、ここはそんな話する場所?」


 そんなアオイの感想とは別に、シオンの隣でステリが深く頷きながらも、辺りを再び探っている。


「だが、それは普通にいく場合だ。幸いなことに、通行証の一枚は俺が持っているから、階層主フロアボスの一体を倒せばいいだろう。そして、転移魔法陣の順番も、俺が知っているから問題ない。それに、これはバーンハイムが報告してるから、情報屋は皆知っている」


 大量の荷物を抱えなおし、シオンは二人にそう告げていた。


「そうなん? じゃあ、カンタンやん! 張り切って、こんだけ買ったの無駄やん!? どうしよか……?」

「心配ない。ゴルドンがいる」

「そやな! でも、全部やるの、面白ないし、今から行って調理してもらおか! メアリ姉さんも帰ってるかもしれへんし!」

「賛成。ゴルドンの細工物と料理は繊細。顔に似合わず」

「そやな! 戦闘では、叩き割るだけやしな! まっ、相手は粉々やから一緒か?」

「失敗作も、そう」

「そうなんや。あはは! 完成したもんだけしか見てなかったわ!」


 笑い声に包まれながら、シオンは何時になったら解放されるのだろうと、少し途方に暮れて歩いていた。だが、それもすぐに終わる。突然アオイが腕を引っ張ったことにより――。


「完成ってうたら――。アレ、完成したん? シオン君?」

「アレとはなんだ?」

「アレっちゅうたら、アレやんか、ア・レ! もう! わかってるくせにぃ!」


 片目を瞑り、『わかってるくせに、つれないなぁ』という視線でシオンにせがむアオイ。そんなアオイの態度を、呆れた目のステリが諭す。


「アオイのアレは、全く不明。忘れたなら、正直になった方がいい」

「失礼な! わからんのちゃうわ! アレや、アレ。ウチとシオン君との間の絆を、それで確かめとるんや!」

「確かめるまでもない。すでに明白。それはない。それとシオン、アオイのアレは多分呪文の事」


 シオンに助け舟を出すステリは、若干憮然とする表情を見せていた。その事で思うところがあったのだろう。シオンはすぐにそれに至る。


「『埋没の檻』の改良版か? 一応完成はしたが、効果は微妙なものになった」

「でも、シオン君的には満足そうやん?」


 微妙という割に満足そうな笑みを浮かべたシオンの様子を、アオイは全く見逃さない。


「――満足。というわけではないが、使いどころはあるだろうな……」


 一瞬驚きの顔を浮かべたシオンだったが、すぐに元の表情に戻る。


「使いどころ……。それはどういう?」


 興味津々という瞳で、ステリはシオンを見つめている。その瞳に若干顔を引きつらせながらも、シオンは自ら開発した魔法理論を淡々と説明する。魔術師特有の難解な言葉で――。


 だが、途中からその顔に気づいたのだろう。シオンは咳払いをはさみつつ、それを簡単に説明する。


「――と、まあ、平たく言うと、複数の相手を任意の場所に飛ばせる反面、その距離と同じだけ反対方向に自分達も飛ぶというものだ。ただ、このダンジョンでは、『帰還の呪文』や『戦闘中の転移の雲』よりも安全に帰れるだろう。ピンチの時に、相手を埋めることで」


 最初の呪文体系の事などさっぱりという感じのアオイだったが、最後の説明でその真価を理解していた。


「すごいやん! それ! 強敵相手にしても、勝てるし、生き残れる!」

「でも、戦利品は得られない。だから、満足じゃない?」


 アオイと違い、シオンの表情を読み取ったステリは、その事を直接指摘する。


「そういうことだ。まず、使わないだろう。だが、一応目印として地下二階に魔法陣を展開してある。どこに潜ろうと、その魔法陣に帰れるだけの距離を飛ばせばいいという仕組みだ。ただ、それだけでは芸がない。いずれまた、それを改良するのも魔法の面白い所だ。戦いの中で魔法の改良を探す。それも戦いの楽しみというのがよくわかってきた」


 シオンにしては珍しく、少し照れた様子をみせる。そのはにかんだような笑顔に、アオイは一瞬武者震いのようなものを感じていた。 


「なんや!? シオン君もすっかり戦闘狂やな! でも、それやったらウチもステリも負けてないで!」

「違う。アオイと一緒にしない。でも、シオンの言いたいことはわかる」

「じゃあ、似たようなもんや! なんや、ウチら似たもん同士ってことでええやん! 仲良しやで! 文句あるならかかってこんかい!」


 鼻で笑うシオンと、ため息をつくステリをよそに、アオイの朗らかな声は、迷宮地下一階アンダータウンに響き渡る。


 そして、ステリはその事に気づく。すでに、三人を監視しているものがいなくなっていた事を――。


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