第36話 過去からの警鐘
パウシュトの街の中央にそびえる大尖塔。そこには一般人に立ち入り禁止になっている区画がある。だが、フークリー寺院に属しているものだけは、それを無視して立ち入ることができる区画も存在していた。
大尖塔のほぼ中腹に突き出た
「やっぱり、ここだった……」
それは小さなため息を交えた非難口調。ただ、そこに深いわけがあることは知っているという顔をしたアーデガルドが、
「アーデかい……。今日はすまなかったね……」
自分に近づくアーデガルドの顔を見て、メアリは悲しそうな顔でそう告げる。その言葉を聞いたアーデガルドは、ただ頭を横に振っていた。
「――何度見ても、何もないのね。この街以外、この周りには……」
「――殺風景なものさ。ここは荒野のど真ん中だからね。でも、それでも、ここには営みがある。こうしてわざわざ高い所から見ないと、思い出さないくらいにね」
並んで同じ風景を見ながら、互いにその感想を告げる二人。ただ、それぞれに思うところは別にあるのだろう。互いの言葉の意味を理解している二人は、互いに笑顔をかわしていた。
「ねぇ――」
「昔、それこそ、大昔の話さ。あたいらには仲のいい、あたいの一つ上の兄貴がいたんだ。その兄貴とスピラと三人で、色んないたずらをしたもんさ――」
アーデガルドの声を遮り、メアリは自分の話を始めていた。それが今日の探索を無断で放棄した答えであることを察したアーデガルドは、黙ってその続きを待っている。
「もう、さんざんやりつくしてね……。三人で考えたいたずらに、大人が誰も引っかからなくなったのさ。でも、あたいらは満足できなかったんだよ。その時のことさ。いたずらのやり方そのものを変えてみようって、考えるようになっちまたんだよ……」
視線は一切アーデガルドに向けていないメアリ。あくまでもただ遠くに向けてその話を続けていく。
「――本当と嘘の見分け方ってあるとおもうかい?」
初めてその顔を向けたメアリの哀しそうな顔に、アーデガルドはその意味をはかりかねていた。それを予想していたのか、メアリはアーデガルドの答えを待たずに話を進める。
「結局、何を信じるかによるんだよ……」
「ごめんなさい、メアリ姉さん。話が見えない……」
怪訝な顔を見せるアーデガルドに、メアリは乾いた笑顔で謝っていた。
「ははっ、こりゃぁ、すまないね。そりゃそうだね……。わかるわけ――、ないよね」
「そう、わかるわけがない。話してくれないと、わからないよ。あの時、メアリ姉さんがそう言ったんだよ?」
「ははっ、こりゃ、一本取られたね……。ごめんよ、アーデ」
真剣に見つめるアーデガルドに、メアリは今度は真剣に謝罪する対応をとっていた。
「昔、スピラが森で遊んでいて軽い怪我をしたことがあってね。その時は遊びではなく、薬草採取するために森に入ってたんだよ。でも、三人で遊んでいるうちに遅くなっちまってね。しかも、スピラの怪我もあって、どうしようか迷ったんだよ」
心なしか、メアリの口元は懐かしさにほころんでいる。
「で、兄貴が『大猪に遭遇したことにしよう』って事になってね。その森は大猪なんていなかったけど、時折猪は目にしたし、足跡もたまに見つけてたからね。ちょっとしたいたずらのつもりだったんだけどね……」
悲しそうな顔に変わるメアリ。そこから先の話をするのが躊躇われているのか、その口はしばらく重く閉じていた。
アーデガルドは黙ってその先を待っている。遠くに見える山の尾根を見つめるメアリと、同じ景色を眺めながら。
「まさか、あたいらの知らないところで本当に大猪がいたなんてね……。帰った時にはさんざん怒られたさ。大猪の件で、村が騒然となって大人たちが森に近づかないように子供たちに言いつけているのを見るとおかしくってね。退治に出かける大人たちをみて、三人で『いたずらの成功』を称えあったものさ」
目を瞑り、小さく息を吐きだすメアリ。その先に待つものが何なのか、アーデガルドはただ黙って待つのみだった。
「大猪ってのは、魔獣なんだよ。だから、村から一歩も出れない日が続いちまってね。兄貴がついに三人で抜け出そうって話になって、森にでかけたのさ。兄貴がおとりになって森の入り口の見張りを引き付けてね」
そこでいったん言葉を飲み込むメアリ。ただ、言葉にする覚悟はできていたのだろう。それまで遠くを見ていた視線をアーデガルドに戻し、メアリはその事を告げていた。
「大人たちは話してなかったけど、大猪は一匹じゃなかったんだ。討伐した時に逃げられた一匹がいてね。しかも、その手負いの一匹が、その時にはまだ見つかってなかったのさ。運が悪いとしか言えないけど、それがあたいらの秘密の隠れ家の近くに潜んでいたのさ……。本当に遭遇したあたいらを、後から駆け付けた兄貴が身を挺してかばってね……」
その先の事をメアリは口には出さなかった。アーデガルドもまた、その結末を催促するつもりはないのだろう。ただ、悲しい話であることは容易に想像できるから、ただ沈黙で応えていた。
「あの時、スピラが『兄貴の役割』って言ったの覚えてるかい?」
突然の話だったが、あの時に見せたスピラの悲壮な表情をアーデガルドは覚えていた。ただ、声にならなかったのだろう。そのまま黙って頷いている。
「兄貴の役割ってのは、囮なんだよ……。それに何の意味があるのかわからないけどね、『囮』っていうのを、あの場所で言えなかったのだけはわかるんだ。たぶん、あの場所にいた『誰か』を警戒してね……」
アーデガルドの青い瞳を、まっすぐに見つめるメアリの瞳。それを見つめるアーデガルドは、メアリの赤い瞳が、ひと際深い色を湛えているように感じていた。
「アーデ……、あんた、あれからドントの姿見たかい? いや、ドントの話って、結局聞いたのかい?」
そこに一縷の望みを抱いたのか、メアリの瞳に力が戻る。
「ドント? そういえば……、あれから全然見てない……、かな? あの話の後、一応行きましたけど……。その時は留守で、それっきりかな」
「そうかい……」
再び気落ちしたことを示すように、メアリは視線を落としていた。
「でも、ドントがいなくなることなんて、それほど珍しい事なの? あの手の情報屋って、たびたび姿を消すってヒバリも言ってたし、有能な者ほど情報の裏を取りたがるって聞いてるけど?」
一呼吸置いたメアリは、アーデガルドの方を見ずに、遠くの山を見る。その姿は、どこか空虚なもののように感じるアーデガルド。
「ドントの奴、あの後しばらくして、死体で見つかったそうだよ。ダンジョン地下二階の森の中で……。死体に外傷はなく、発作の類って事で片づけられたらしいよ。でも、『レベルドレインを限界までくらってる』っていう噂があるみたいなんだよ……」
「え⁉ そんなこと、ありえない。地下二階で、そんな奴、いるはずない」
驚きを隠せないアーデガルド。だが、メアリの話はそれで終わりではなかった。
「その真偽はわからないさ。最初から、蘇生に耐えれない体だったのかもしれないからね。なまじ若い頃に活躍してたから、蘇生出来ないわけがないという先入観からそういう理由に結び付けてるだけかもしれない。でも、あたいはそれよりもその時に持っていた持ち物に関する噂が気になるんだよ」
「持ち物?」
蘇生に耐えれない体というのは、生まれつき一定確率で存在する体質のようなもので、ノームの中には一定割合で存在している事は知られている。だから、メアリはその事が言いたかったのだろう。だがらこそ、その噂を信じていないメアリにとって、別の噂の方が気になったようだった。
「最後まで奴はシオンの事を疑っていたらしい。あれからもずっとシオンの事を調べ続けてたみたいだよ。そして、奴は結論に達した。『今のシオンと前のシオンは別人』っていう結論にね……」
そこでメアリはいったん言葉を切った後、小物入れから取り出した一枚の肖像画をアーデガルドに突き出していた。
「わかるかい? これがこの年に卒業した者達。で、これが、帝国魔術学院を卒業した時のシオン。歳は十二歳だから、今よりもさらに子供っぽいけどね」
突き出されたその肖像画に描かれているその姿。それは今のように右目を隠すような前髪はなく、両目がくっきりと描かれているものだった。
「青い……、でも、彼の右目は、え……?」
「そう、今は赤い。ちらっとしか見てないけど、赤かった。左右で目の色が違うから、印象深いんだろうね。そして、バーンハイム達と
メアリの強い眼差しとその話で、アーデガルドは自らの喉が鳴る音を、どこか遠くに感じていた。
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