第35話 変化

 その態度に最も驚いていたのはシオン本人だったに違いない。声を荒げた事をまるで無かった事にするかのように、シオンは黙って席に着く。そして、周囲もそれに従うかのように、沈黙を保ち続けていた。


「珍しいなぁ、シオン君がそんな大声出すの。初めて聞いたわ」


 だが、アオイの言葉を皮切りに、それぞれがお互いの顔を見合わす。


「そういう事だ。自慢もいいけど、それは他所でやるんだね。あたいらは別にあんたらと競い合ってるんじゃないからね」

「メアリ姉さん、そんなこと言うとまたあのジジイが来るで?」

「不思議ジジイ。実は死んでる?」

「ホンマや! まあ、確実に半分棺桶に足突っ込んでるやろな!」

「ほっておけばいいさ、あんな爺さん。第一、あたいがどう思うかなんて、あの爺さんには興味ない事だろうしね」

「そやなぁ、人族至上主義の王国やしなぁ」


 メアリとアオイの会話は、いつまでも続く気配を見せる。ただ、周囲がそれで収まるわけもなかった。それを止める意思を持った咳払いが一つ、彼女たちの会話に割り込んでいた。


 でも、最初はそれを無視した二人。ただ、その人物がメアリの弟であることから、二度目で仕方なくといった表情を見せて会話を終了させていた。


「姉さん。僕らはこれでも忙しいんだ。ただ、その前に用件だけは伝えておきたかったからね」

「――スピラ、それもいいけど、そろそろ村に帰ったらどうなんだい?」

「…………、そのセリフ。そのまま姉さんに返すよ……」

「もともと、あたいは村に帰る気はないよ? でも、跡継ぎのあんたは違うだろ?」

「――僕が帰るときは、姉さんも一緒だよ。そもそも、そこのドワーフさえいなければ――」

「スピラ? 言っとくけど、怪我は自力で治すんだよ? それに、あんたこそ仲間はちゃんと選んだ方がいい」


 剣呑な雰囲気をまとうメアリ。その雰囲気に、スピラはすかさず飛びのき身構える。


「まぁまぁ、メアリ姉さん――。――で? スピラも何か用があったんちゃうん?」


 アオイの仲裁に胸をなでおろすスピラ。だが、次の瞬間。スピラの表情は真剣なものへと変化する。


「姉さん。覚えてるかい? 子供の頃、兄さんと三人で遊んだあの森の事。兄さん役割の事」

「ん? 何だい? いきなり?」

「ただの昔話だよ。最近は同郷の者にも会わなくなって、昔話もできなくなってたんだよ。姉さん――」


 ただ、スピラの言葉はそこで途切れる。スピラの肩をつかんだ男が、感情のない声で話を中断させていた。


「そろそろ時間じゃないのかい? ――それに、スピラ。仲間ではない者との長話は感心しできないなぁ? ワタクシ達は先導者。その立場を意識して行動する必要があるよね? じゃ! ワタクシ達はこれで失礼するよ!」


 真剣な表情でメアリを見つめるスピラの肩をつかみ、その言葉を封じた男。それは以前新しく参入した賢者なのだろう。ただ、あの時と雰囲気ががらりと変わり、しかも顔はフードで完全に隠していた。


 そんな彼に、メアリが鋭い視線を放つ。ただ、それを感じているのかはわからないが、互いににらみ合っている雰囲気だった。


 ただ、踵を返した彼に続き、ゼム達も一斉にその場を立ち去る。そんな姿をしばし見送っていたアオイも、その違和感を口にせずにはいられないようだった。


「なんか、キザったらしくて、ムカつくわ! でも、どうなってんねやろ? なんか、らしくないんちゃうかな?」

「うん、確かに。あの軟弱男マックが変。ううん、元々変だけど、変」


 アオイの言葉に、ステリがその感覚を言葉に出す。彼女もまた、アオイと同じ意見だったに違いない。そして、顔を見合わせた二人の視線は、自然とそもそもの発端となったシオンの方に向いていた。


「でも、シオン君があんなに感情むき出しにするなんてな。ウチ、シオン君の違った面も見れて、今日はなんか得した気分や」


 あれからずっと俯いて何かを考えているシオン。そのシオンに体を預けて、アオイは上機嫌にそう告げる。


 だが、シオンはそれに反応せず、真剣に何かを考え続けていた。


「あかん! いつものシオン君に戻ってるわ!」

「平常運転。アオイのそれもいつもの事」


 全く反応しないシオンの態度に、アオイは大げさな様子で席に飛び込む。その事にステリが感想を告げることで、その場はいつもの雰囲気に戻るはずだった。


――だが、アオイはこの場の違和感にようやく気付く。


「なっ⁉ ゴルドンが――、全然食べてないやん!?」


 骨付き肉を持ったまま固まるゴルドン。その視線の先にあるのは、爪を噛んで考え込むメアリの姿。その隣で、終始黙ったまま俯くアーデガルド。


 その光景を、アオイとステリはお互いの顔を見合わすことで照合する。


「なあ、ステリ?」

「何?」


 その言葉の雰囲気で、ステリもその様子に気が付いているようだった。


「ウチら、いつから二人だけでしゃべってたん?」


 アオイとステリが見る景色。それは、彼女たち以外が、それぞれ別の何かを考え込んでいる光景だった。


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