第38話 ダンジョン地下二十階(始まりの間・前編)

 地下十九階を難なく進んだアーデガルド達は、地下二十階のはじめの間でひと時の休息をとっていた。その間に、この階の情報について、お互いのそれを照らし合わせる。


「なんや、メアリ姉さんもよう調べたもんやな。大体の事、ウチは聞いてたから、それ以上は調べんかってん。あっ! でもな、出現する怪物モンスター階層主フロアボスの事は調べたで?」


 シオンによりもたらされた情報だけでなく、メアリも仕入れた情報を補足するように説明していた。それを聞いた面々は、一様にその情報を肯定していた。


 地下二十階の最初の部屋は、安全地帯セーフティーゾーンである事と、それぞれの階層主フロアボスを倒した後、この場所にはもう一度来ることになる事を。


「まあ、坊やの情報で事足りるから、結局は無駄な話だったさ」


 だが、それを無駄なことだと笑う者は、アーデガルド達の中にはいない。自分たちが本来すべきことを怠っていた事で、大切な仲間を失った彼女たち。だからこそ、シオンから説明されたことは、それぞれ情報として持っていた。ただ、アーデガルドとメアリは、いつになく緊張した面持ちで互いの情報に頷きあう。そして、二人とは違う感覚で、ステリも一緒に頷いていた。


「情報に無駄なんてない。複数の情報が無いと、真の情報にたどり着かない。ヒバリがそう言ってた。アオイはちょっとさぼっただけ」

「なっ⁉」

「そうね、そして私達もまた、その情報を確かめることから始めましょう。真実を見極めるのは、自分と仲間の目と耳で」

「まあ、半分だけやけどな? 実際に行くの。言っとくけど、さぼったわけやないからな!」


 ステリの言葉をアーデガルドが肯定し、冗談のように茶化すアオイによって、その場の空気が一気に和む。――はずだった。


 だが、今日にかぎっては、そうではない。余計な緊張は無くなるどころか、微妙な雰囲気がうまれている。それを敏感に感じているアオイは、その原因となっているアーデガルドを直視する。


 だが、当のアーデガルドはその視線をついと逸らす。安全地帯セーフティーゾーンの一角で、これから進む転移の魔法陣を眺めるアーデガルド達の雰囲気は、微妙な歯車がかみ合っていないようなものだった。


「――で、坊やの持っている鍵が、地下二十階の鍵の一つってわけだ。バーンハイム達は、この階を何度も攻略してたんだね?」


 まるでアオイを牽制するかのように、メアリがそう話を切り出す。その事にも気づいたアオイは、微妙な表情を浮かべつつも、その話題に乗ることにする。


「まあ、考えようによっては、ずっこいかもしれんけど? それもまあ、ドロップアイテムと思ったらええやん? 拾いもんや! それに、またぐずぐずしてると、あのジジイがねちっこくうてくるしな。ゼムらは、昨日半分攻略したっちゅう噂やで?」


 シオンよりも先に答えたアオイの言葉を証明するために、シオンは自分の持っている鍵を全員に見せる。だが、アオイの視線はそこになく、アーデガルドをじっと見つめる。その視線に対し、微妙な表情を浮かべるアーデガルド。


 だが、そんな二人のやり取りとは別に、シオンは自ら語り始める。


「そうだ。――というよりも、結果的にそうなったという方が正しいだろう。あの頃はまだ、この階の転移魔法陣の事もあまり知られていなかったからな。手探り状態で、転移魔法陣を片っ端から試していた。だから、今のように情報がある。俺も自然と覚えていた。もっとも、『黄金の夜明け』は秘匿していたから、こんな状況になっていなければ、出回る情報でもなかっただろう」


 その時の苦労が蘇ったのだろう。シオンの顔には少し疲れの色が見えていた。だが、それはほんの一瞬の事。次に話すシオンの声は、いつも通りのシオンだった。


「アオイとステリには話したが、この階には階層主フロアボスが二人いる。ジーンジーとソウ・ムーンという名の高位悪魔ディレクターだ。単独の上位悪魔オーツ・ボーネとは違い、つねにその部下が周囲を守っている上に、彼ら自身も強者だ。本当は俺もその二人が落とす鍵を二つ持っていたが、片方はアレでなくしたから今は持っていない。持っているのは、ソウ・ムーンの方だけだ。そして、その二つの鍵があれば、地下二十一階へ行く直通昇降機エレベーターの扉が開く」


 そこでシオンはいったん言葉を切った後、さらにその続きを告げていた。


「以前も話したように、その地下二十一階には、降りてすぐ三つの扉があり、それぞれ三つの部屋の扉となっている。三つの扉は特別な条件が必要なのかもしれないが、それはまだわかっていない。ただ、中央の扉だけは行けば開く。そして、その中央の部屋でバーンハイム達たちは全滅した」


 俯きながら告げたシオンの言葉が終わるのを待たず、アーデガルド達の目の前にある床がまばゆい光を放ち始め、新たな転移魔法陣を形成する。


「待って! 何か来る!」


 すかさず立ち上がり、警戒するアーデガルド。その声を聞くまでもなく、皆それぞれの警戒心を最大限に引き上げ、瞬時に戦闘態勢をとっていた。


 

 

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