第31話 勝者の時間

 見上げるアーデガルドの視線の先に、冷たい表情のシオンがいる。見えている片方の瞳にアーデガルドが映っているが、その目は彼女を見ていない。


 その事をアーデガルドは気付いたのだろう。憂いの色に染まるアーデガルド。だが、それでも彼女は何かを考えていた。


 しばし漂う沈黙の時間。しかし、それも長くは続かなかった。にっこりと微笑みながら立ち上がったアーデガルドが、それを吹き飛ばしていたから。


 かくして互いの目線は逆転し、今度はシオンがアーデガルドを見上げる。


「復讐……。きっと『黄金の夜明け』以外にも貴方には色々あるのでしょうね……。でも、さっきの戦い……。すごく楽しそうだった……。そして、戦っている貴方からは、黒い感情が見えてこなかった」

「楽しそう? 黒い感情?」


 その言葉はシオンにとって不思議な感覚となって伝わっていたのだろう。怪訝な表情にこたえるように、アーデガルドは再びその言葉を繰り返す。


「ええ、楽しそうだったわ。とっても楽しそうだった。あと、聖騎士の私にはわかります。悪しきものが持つ黒い感情のこと……。むしろ、怪物モンスターからは感じないそれは、たぶんずっと質の悪いものなのでしょう。ダンジョン内で悪事を繰り返していた探索集団パーティからも多く感じます。そんな人たちは、出会った瞬間にわかります。貴方が加入する前のバーンハイム達からも――」


 いったん言葉を飲み込んだアーデガルド。


 アーデガルドにとっての好悪はどうであれ、彼らはシオンにとっての『かつての仲間』。だから、シオンに対して気遣いをしなかった事について、アーデガルドは素直に謝罪する。


「――ごめんなさい。――でも、さっきも言いましたが、貴方からはそれを感じなかった」


 自らの行動を振り返りながら、その意味を考えるシオン。それを黙って見つめるアーデガルド。その彼女の視界の端に、何かを見つけて喜びの姿を見せるアオイが飛び込んでくる。


 それに応えようとした矢先、目の前のシオンがぽつりと話し始める。アオイに向けようとしていた注意を、再びシオンに向けるアーデガルド。その行動のすべてを、アオイはしっかり見届けていた。


「そうか……。さっきは……。確かに戦う事を楽しんでいたのかもしれない。借り物ではない、自分の力で戦っている感じがしてた……。それが、『たのしい』か……。そうか……」


 絞り出すように自分を言葉にするシオン。心なしかその表情は緩んで見える。そんな様子のシオンに対し、アーデガルドは真剣な顔で気持ちを告げる意思を見せる。


 かなり離れたところから、何かを叫んで迫ろうとするアオイを無視して――。


「今ここでいう話ではないのかもしれないのだけれど……」


 いったん決心したものの、どこか話をためらうアーデガルド。だが、その続きを待っているシオンの顔を見て、再びゆっくりと自分の気持ち語り始めた。


「私は正直まだ貴方の事をよくわかっていない……。貴方は謎が多く、そして黒い噂がたくさんある。でも、これまで共に戦ってみたからこそわかるの。私には、どうしても貴方が悪い人間だとは思えない……。ただ、その……、うまく言えないのだけど、貴方にはとても深い闇がある気もするのです……。それが何かわからないから、貴方に安心して背中を預ける事はできない……。――のだと思う……」


 いったんそこで話を切ったアーデガルドは、今度はにっこりと微笑みながらシオンに告げる。


「でも、さっきの貴方の隣では戦いたいと思う」

「何なん⁉ また、ライバル登場なん!? 言っとくけど、アーデ。ウチはアンタが相手でも負けへんで! あと、ええ雰囲気作ろうとして、ウチのこと無視するのもたいがいにしーや! ちらっとウチの事見たの知ってるで!」


 勢いよく登場した驚愕のアオイ。力強い雰囲気を醸し出している真新しい刀を持つ左手を力いっぱい握りしめ、挑戦的な瞳をアーデガルドに向けている。


 だが、それもほんの一瞬の事。


 その言葉をまだよく理解していないアーデガルドに対して、ゆっくりとアオイはその右手を差し出していた。


 そういう事は、二人の間でよくあることなのだろう。


 半ば条件反射的にそれを握るアーデガルド。ただ、思いのほか強く握ってきたアオイの力に、驚きを隠せないでいた。


「まっ、それでもようやくシオン君の魅力に気づいたのは偉いで? でも、まぁ、ウチに言わせれば、今さらやわ! 言っとくけど、その暴力的な破壊力も、今回だけは通用せーへんで? なんせ、シオン君は、すでにウチの魅力にメロメロやからな!」


 胸をそり、徴発的な目をアーデガルドに向けるアオイ。

 やっとその意味が分かったのだろう。それを必死に誤解だと主張するアーデガルド。


 そんな二人のやり取りを、当のシオンはどこか遠い感覚で見つめていた。

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