第30話 勝利者

 勝利した者が得られる様々な戦利品。その最初の一つは間違いなく安息の時間。


 このダンジョンにおいて、ダンジョン探索者ヴィジターに信じられている法則はいくつかある。その一つは、階層主フロアボスとの戦いの後は、そこが限定的な安全地帯になるという事だろう。

 

 だからというわけではないが、アーデガルドはそのままその場に座り込んでいた。ただ、瞬間的にそれを良しとしない自分がいたのだろう。すぐにそこから立ち上がろうとするアーデガルド。しかし、それは瞬時にたしなめられる事となる。


「無理しないでおくれ。正直、危ない所だったんだよ? 休める時にしっかり休む。それが今のあんたの役目さ」


 頭をメアリに小突かれて、アーデガルドは苦笑いを浮かべていた。それに笑顔で応えたメアリは、足早にその場をあとにする。


 その後ろ姿を見守るアーデガルド。そして、彼女はそれに気づく。


 戦いの場から、メアリに引きずられてきた事を示すように、血の道筋がこの場所まで伸びている事を。それは元々アーデガルドの居たところではない。あの時、そこまで吹き飛ばされていたのだという事を、アーデガルドはすぐに理解した。


 そして、メアリを前線に立たせたことも……。

 

 付近には、両断された銀色の牛頭鬼がその屍をさらしている。


 その場にそのままの状態だったら……。戦いで役に立てなくなったどころか、仲間もその危険にさらしていた事だろう。いや、すでにメアリを前線に立たせたこと自体がそうだと言える。


 もともと、前線に出たがるメアリだったが、今回はそうも言えないので回復に専念していた。その決定をしたのはアーデガルド自身。そして、それを覆したのも彼女となった。


 言いようのない後悔が彼女の肩にのしかかる。

 ただ同時に、メアリの頼もしさもアーデガルドは再認識をしていた。


 しかも、そこから回復に専念できる所までアーデガルドを引きずったメアリの力もすさまじい。ただ、いくら気絶していたとはいえ、治癒の魔法をかけるだけでは済まなかった事実に、アーデガルドは愕然とする思いだった。


 もしかすると、死んでいたのかもしれない。いや、おそらく死んでいたのだろう。


 メアリは蘇生の呪文が使えるから、アーデガルドはその事を考えている。体の違和感を考えて、アーデガルドはそう結論付けていた。


 ただ、それも長くは続かない。座り込んだアーデガルドの視界に映るもの。それは仲間のひと時の時間。


 シオンに抱きつくアオイの姿。そのまま歩くシオンと言葉を交わした後に、戦利品を回収するステリ。そして、メアリは座り込んでいるゴルドンを治療している。


 それをどこか遠い世界のように眺めているアーデガルド。そんな表情が、彼女の顔には現れていた。


「大丈夫か?」


 おそらく、アーデガルドがその光景を漠然としか見ていなかった事がわかったのだろう。シオンはそうアーデガルドに声をかけていても、彼女はそれをどこか遠くの出来事に感じていた。だが、再びかけられたその言葉に、その意味を瞬時に飲み込むアーデガルド。しかし、驚きのためか、アーデガルドの口は、彼女の意思を正しく言葉として生み出さなかった。


「ちょっと、ホンマに大丈夫なん?」


 さすがのアオイも、アーデガルドのその状態を見かねたのだろう。それまでシオンに抱きついていたアオイが、アーデガルドを心配そうにのぞき込む。


「うん、大丈夫。ちょっと、『情けないなぁ』って考えてた」


 無理やりそう笑顔で伝えたアーデガルドの顔を、アオイはじっと見つめている。


「まっ、あんまり気にしてもしゃーないんちゃう? 詰めが甘かったのは事実やけどな」

「容赦ないなぁ」

 

 ニヤリと笑うアオイに向けて、乾いた笑みを浮かべるアーデガルド。向こうから駆け寄ってくるステリに気づき、小さく手を振り応えていた。


「アーデは休む。アオイ、ちょっと来て」

「なっ⁉ なんなん? ちょっ、ステリ!?」


 アーデガルドの様子をちらりと見て、ステリはアオイの手を強引に引っ張っていた。半ばシオンから遠ざけるようなステリの行動を、アーデガルドは微笑ましく見つめている。


「その様子なら問題ないな。しばらく休めば体は動くだろうが、今日はもう切り上げる方がいい。蘇生直後は体が重いはずだ。初めてなら、慣れるのに半日はかかるらしい」


 アーデガルドの様子を観察していたシオンは、改めてそう提案していた。


「そうさせてもらおうかな……」


 その話を驚きと共に素直に聞き入れるアーデガルド。だが、そのまま立ち去ろうとするシオンを、彼女はいきなり呼び止めていた。


「何だ?」

「さっき――」


 そこでいったん言葉を切るアーデガルド。


 おそらく言葉を探しているのだろう。そのまま彼女は少し思案し始める。その様子を、シオンはしばらく見つめていた。


 だが、あまりに続きが来ないので、次第に怪訝な表情を浮かべていく。


「シオン、あなたはなぜダンジョンで戦ってるの? あなたならもっと――」


 ダンジョンにいる時に、ダンジョンにいる理由を問う。それが場違いな質問であることは、アーデガルドも重々承知している。しかも、ダンジョンに来る者達がそれぞれ何かしらの理由がある事も、アーデガルドは十分承知していた。だから彼女は最後まで言葉を続けることができなかったのだろう。


 ただ、シオンの戦いを見ていた彼女は、その桁違いの魔法の才能をみてそう告げていたに違いない。そして、シオンから探索集団パーティの話が出た後、彼女はシオンの経歴も調べていた。だから、アーデガルドはずっと疑問に思っていたのだろう。


「ダンジョンに挑む者の目的は色々じゃないのか? 探索集団パーティとして目的を共有することは重要だが、個人の目的を知らせる必要はないはずだ。それに、なぜ今その質問をする? 階層主フロアボスを倒して気が抜けたのか? さっき、休めと言ったが、気を抜いていいとは言ってない。言っておくが、帰りも戦いがあることを忘れるな」


 明らかに不快感を表に出し、シオンはアーデガルドにそう答える。だが、いつもならそこで引き下がるアーデガルドだったが、この時ばかりは違っていた。


「それぞれに目的があるから、私はそれを知っておきたい。可能なら手助けしたい。こうして助けられているからこそ、私は強くそう思う」


 真剣な表情で見上げるアーデガルド。いつもと逆転しているその目線の高さは、シオンに何かを働きかける。まるで魔法にかかったかのように。


「――復讐だ」


 短くそう告げたシオンの言葉。燃えるように染まっている彼の赤い瞳。


 それは、以前彼が彼女たちを探索集団パーティに誘った時に語った言葉とは違い、冷たい響きを持っていた。

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