第23話 ライバル

 その男が動いたのは、美形の盗賊マックの軽口に徴発されただけではないのだろう。そもそも、この男たちは何か目的があってこの場に来ているにもかかわらず、まだ具体的に『何をしに来たのか』を明らかにしていなかった。


 それぞれが、それぞれの相手にそれぞれ違った行動をする。ただ、唯一の例外はアーデガルドに対する対応。結果的に美形の盗賊マックが話しているものの、まだ彼女に、直接話しかけた者はいなかった。


 おそらく、今からそれが明らかになるに違いない。彼らのリーダーとして。


 彼らにとって、この探索集団パーティのリーダーはアーデガルドという事になっている。そして、その男も彼らのリーダーである以上、アーデガルドに話しかけてくるのはその男以外に考えれない。今までの事を考えると、そう考えるのが筋だろう。

 

 少なくともアーデガルドはそう思っていたと思われる。


 ただ、腑に落ちない事があるとすれば、彼はリーダーであるにもかかわらず、今まで何も行動を起こしてこなかった事だろう。仮に、彼の言い分として、『男たちのリーダーとして、始終無言の圧力を放ち続けていた』というのがあったとしても、アーデガルドにはそれが伝わってはいなかった。


 ――この人たちは、いったい何をしに来たのか?


 それを知るために、アーデガルドは重戦士ゼムを見つめる。だが、その視線を何故か彼は逸らし続けていた。


 こうなると、無言の圧力も何もあったものではない。むしろ一人、挙動不審さを増している。ますますわからない行動が、アーデガルドを戸惑わせ、その真意を探ろうと瞳に力を込めていく。一方、その無言の圧力に耐え続ける男は、額に汗をにじませていた。そんな構図が出来上がり、それがずっと続いていた。そして、アーデガルドは思い出す。


 この男は、いつもこんな感じだったと――。


 その彼が、巨漢の闘士ジョウの後ろからゆっくりとその姿を見せるように進み出る。満を持してのリーダーの行動。始終リーダーらしからぬ態度だったにしても、その事で注目を集めたのは事実だろう。


 ただ、そのまま巨漢の闘士ジョウを追い越して前に出てくるかと思いきや、その隣に並んで止まる重戦士ゼム


 そして、その行動はおそらく予想通りだったに違いない。少なくとも、巨漢の闘士ジョウにとっては――。


 巨漢の闘士ジョウが、やってきた隣の人物を見て、小さな息を吐くと同時に、並んだ方の重戦士ゼムもまた、小さな息を吐いていた。


 もっとも、巨漢の闘士ジョウ重戦士ゼムが吐いた息は全く別物だったのだろう。だが、少なくとも二人並んだ姿は、その場に違う効果を生んでいた。


 彼らの目の前にいるのはゴルドン、その隣にアオイ。大人と子供ほどある身長差で両陣は向かい合う形になっており、それは衆目の的となっている。ただ、そのすぐそばにいるシオンはある男を警戒し続け、ステリは黙ってうなだれ続けたままだった。


「ホンマ、でっかいな! なんか、ごっつ、むかつくわ! 関係ないけど、営業妨害やで!」

 

 先ほどまでのアオイはもうそこにおらず、いつものアオイに戻っている。ただ、アオイの感情は抜きにしても、その感想はもっともだと言わざるを得ない。


 彼ら二人が並ぶと、そこには圧迫感をもつ壁ができあがる。


 探索集団パーティとして、それは強固なものとして機能するのだろうが、こんな狭い酒場では、逆に迷惑にしかならない。

 

 ただ、それはアーデガルド達には決してまねできない事でもある。


 ドワーフとしては高身長のゴルドンであっても、それはあくまでドワーフとしてのもの。彼らの身長には遠く及ばない。種族の違いによるその差は歴然。そもそもアーデガルド達は背が低い者が集まっている。


「アーデ……」


 ただ、リーダーの重戦士ゼムはアーデガルドの名前を口にした後、何故か再びだんまりを決め込んでいた。なまじ体の威圧感があるだけに、その一言は様々な思惑を呼び起こすことだろう。だが、おそらく本人にその自覚はない。真っ赤になっている耳を見れば、それは一目瞭然ともいえる。


 彼はただ、単純に照れているだけのようだった。

 その姿を見かねたのだろう、巨漢の闘士ジョウが再び話し始めていた。


「まあ、あれだ。つまり、ゼムが言いたいのはだな――」

「アホか! 甘いわ、ジョウ! 言いたいことあるんやったら、自分で言うもんちゃうん!? ホンマ、あいっ変わらずアーデの前では何も言えへん! デレデレか! ライバル心なんか、似合わん恋心なんか知らんけど? スッパリ言うて、スッパリふられたらええんちゃうん? もう、イライラするわ!」


 機嫌の悪さを隠そうとしないアオイの言葉に、重戦士ゼムは鋭い一瞥を投げつける。だが、やはり彼は何も言わず、真っ赤な顔で沈黙を貫くのみだった。


「クックック。アオイよ。オマエが何を言っても当たり前に無駄だぜ。オマエからは、『脅威胸囲』ってのが感じられねぇんだ。聖騎士の元お姫様や聖職者のスピラの姉貴のように強烈な『』を感じさせねぇとな。オマエやステリじゃ、ゼムは反応すらしねぇのは当たり前だぜ? まったく、当たり前に哀れだぜ。せめてオマエもウケツケージョウくらい、しっかりと、『こう』当たり前にあったらよかったのによ。このダンジョンもつくづく不思議だよな。当り前に、男の性質ってのをわかってるみたいだぜ。いや、そういえば。ウケツケージョウの中にも、オマエと同類もいたっけ? 『脅威胸囲』がない分、そいつらも当たり前に執念深い奴だったな!」


 卑猥な笑みを浮かべながら、美形の盗賊マックは身振りを加えて話していた。明らかに徴発し続けるその姿を、アオイは平たんな目で見続けていた。


 だが、それも限界を超えたのだろう。遅まきながら、アオイは売られた喧嘩を買おうとする。


 ただ、アオイがそれを手にすることはできずにいた。


「マック、お前はもう黙れ。オレはアーデガルドをそんな風には見ていない。当然、アオイもだ」


 アオイが答えるより前に、美形の盗賊マックに睨みを入れる重戦士ゼム


 そんな彼の横やりを捉えて、さらに美形の盗賊マックはアオイを煽る。


「やっぱり、オマエの事は見てねーってよ、アオイ。まっ、当り前だな!」

「うっさいな! 意味違うやん! もう、ええ。我慢も限界や! その口、黙らせたるからな!」


 見事アオイを釣り上げたと思ったのだろう。美形の盗賊マックはますますその勢いを増していく。 


「オマエに易々と奪われる唇じゃねーよ。当り前に」

「ホンマ、腹たつ! もうええ! やっぱり、アンタの相手したウチがアホやった!」

「おい、マック! いい加減にしろ!」


 アオイと美形の盗賊マックのやり取りに、本気の怒りを見せる重戦士。その様子に、さすがにこれ以上はまずいと判断したに違いない。美形の盗賊マックは両手を上げて、その意思を示していた。


「ヘイ、ヘイ。オマエまで本気で怒らなくてもいいだろ? でもよ、もういいんじゃないか? コイツら当り前に立ち直ってるっぽいぜ? ってなわけで、オイラもう帰るわ。今日はまだ、『どこに泊まるか』決めてねぇし」


 そう告げて、重戦士ゼムの横を軽やかにすり抜ける美形の盗賊マック。そんな彼を一瞥した重戦士ゼムは、隣の巨漢の闘士ジョウに顔を向ける。


「まあ、オレもこいつらは大丈夫だと思う。特にゴルドン! オマエに関しては最初から何も心配いらないのはわかっていた。ああ、それから一言だけ言っておく。オレ達も明日から地下十五階を探索する。ようやくこちらも、強力な仲間を手に入れたぜ。魔術師不在でオマエ達に後れを取ったが、これから挽回していくぜ!」


 ゴルドンに優越感を見せつけるかのように、巨漢の闘士ジョウはその人物を顎で示していた。それはステリのちょうど後ろの方。その黒いローブの人物は黙ってその場に立ち続けていた。目深にかぶったフードからはその顔は全く見えない。しかも、何か話すわけでもないようだったので、性別さえわからなかった。


 だが、話からあるように一見して魔術師。しかもかなり高位の魔術師だと見て取れた。


「ヤツは無口だから、オレが紹介してやろう。新メンバーのラベル・オーメイ。すべての魔術師呪文と司祭の呪文を使える賢者だ!」

 

 自信たっぷりに紹介されたその男は顔を上げ、何故かシオンを激しく睨みつけていた。

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