第22話 剣呑たる雰囲気の中で
デーイキー・ンムダの酒場は、名前の通り酒場である。
酒を提供する場であるそこは、特に理性の歯止めが外れやすい所だとも言えるだろう。そして、そこに集まってくるのは
ただ、デーイキー・ンムダの酒場は、それをただ易々と見過ごす酒場でもない。
そうした者達は、それ相応の対価を払うことになり、時に出入りが禁止されることもある。だから、
「ようやく食い終わったか、ゴルドン。――オマエ、尻にひかれっぱなしで恥ずかしくないのか?」
ゴルドンよりもはるかに大きな筋肉質の男が、憐みの視線で相対するゴルドンを見下ろす。しかも、素手で相手と戦うことを重視するかのように、その巨漢の男は自らの拳を鳴らしていた。それは戦士系の中でも特殊な職業である『闘士』の姿。戦いの中に身を置くことを至上とする彼にすれば、ゴルドンの気概を情けなく思うのだろう。
だが、その視線を悠然と見上げて、ゴルドンは不敵な笑みを浮かべていた。
「ジョウ。お前は何もわかっていない」
「ふっ、珍しいじゃないか? オマエが言い返してくるなんてな? 聞かせてくれ。このオレが、何をわかってないのかを」
互いに真剣な眼差しで見つめあう二人。厳つい男同士の無言の笑みを、アオイも真剣に見守っている。
「メアリの尻は、いい尻だ!」
一瞬、言葉を失う
「だが、触らせん!」
「アホか!」
すかさずゴルドンの右腕に叩き込まれるアオイの裏拳。だが、虫か何かに刺されたかのように、ゴルドンはその場所を掻き始めていた。
「アオイ、殴る相手が違う。それに、『寝ぼけたこと』を言ってきたのは向こうだ」
「アンタもや!」
再び振るわれるアオイの裏拳。繰り返されるその行為を、呆れた声が制止を掛ける。
「そろそろ拙者も話してよいか? して、アオイ。ヒバリが死んだのは
非難の瞳を向けたその男は、腰に差している刀――それは多くの魔法戦士が愛用するもの――の柄を小さく打つ。
「知ってるんやろ? わざわざ聞かんといて、キュウベイ……。ウチは何もできんかったんや……」
俯くアオイに憎しみの瞳を向ける
「ここはダンジョン――、常に死と隣り合わせの世界だ。お前がアオイとどんな関係なのかは知らない。だが、戦ってもいない者に、戦った者の事をとやかく言われる筋合いはない。お前のそれは、『何もできなかった自分』に対する怒りだ。そんなもの、アオイに向けるな。はっきり言って、迷惑だ」
右手に持つシオンの杖が、その魔力の高まりを喜ぶように輝きを放つ。ただ、その輝きよりもまぶしいものをアオイはシオンに感じ、自らの体が熱くなる。
「シオン君……。ウチのこと、そんなに――」
「メアリ姉さん。ちょっと気になる噂があるんだ」
感激に身をゆだねそうになったちょうどその時、アオイの後ろの方から、別の声が乱入する。その声の主をよく知るアオイは、とりあえずシオンに抱きつきはしたものの、顔はその主に向けていた。
「姉さん、どうか怒らないで聞いてほしい。そこのシオンを引き抜くために、『ヒバリが仲間にダンジョンで殺されたって』噂があるんだ。もちろん、シオンにも色々と噂があるみたいだけどね。そっちは僕としてはどうでもいいから詳しく知らない。でも、姉さんの方は別だよ。僕個人としては、本当に馬鹿らしい噂だと思う……。僕も個人的に優秀な情報屋と知り合えたからね。最近じゃあ『何故そんな噂が出るのか』もわかるようになってきたよ。ただ、姉さんたちがヒバリの死を悲しんでいるように見えないのも事実だよ。ヒバリは顔が広いし、キュウベイのような魔法戦士の面倒もよく見てたからね。面白く感じないと思うよ、今の姉さんたちの態度は……」
ゆったりとした司祭服を着たノームの男が、メアリの後ろからその姿を現していた。他の男たちとは雰囲気が全く違うそのノームに向き合い、メアリはそれを言葉に出していた。
「スピラ。実の弟のあんたにも、あたいの気持ちなんてわからないだろ? あたいの気持ちはあたいのもんさ。他人に見せつけるもんじゃない。有象無象が『どう思うか』なんて、あたいには関係ないのさ。そう思うなら、思わせておけばいいさ。文句があるなら、こっちに来て文句言えばいい」
かなり投げやりな口調にもかかわらず、メアリは鋭く
「まあ、今回の件はかなりやっかみもあるんだろうね……。噂は『黄金の夜明け』の関係者からも出てるから、腹いせもあるんじゃないかな? 元々の契約期間でもあったらしいけど、シオンも交渉の余地なしって感じだったみたいだよ? まあ、本人がいるんだから知りたいなら聞いてみればいいんじゃないかな?」
それはほんのわずかな視線の移動。
「あと、シオンはどこも喉から手が出るほど欲しい人材だというのもあるから、姉さんたちから切り離したいという連中もいるみたいだよ……。それは、帝国と王国の息のかかった連中って感じみたいだけどね。両国の活動が活発になっているという噂もあるし、何か今までにない動きがあるのかもしれない」
そこでいったん言葉を切った
「事実、それだけじゃないんだ。実は、バーンハイムだけでなく、上位のいくつかの
少し乾いた笑みを浮かべ、
「無駄話は省くね。姉さんたちは
「スピラ!」
普段はそんな気配をあまり見せないメアリ。だが、自分の弟の言葉に対して、本気の怒りを見せて立ち上がっていた。
「――ごめんよ、姉さん。言葉が過ぎたよ。別に怒らせるつもりはなかったんだ……」
うなだれる
「でも、僕自身は安心しているよ。姉さんが無事に帰ってきてくれて」
「――心配、かけちまったね……」
お互いに視線を合わせ、にっこりと微笑みあうノームの姉弟。だが、事態は二人の思うようには進まなかった。いや、進ませなかったという方が正しいのかもしれない。いずれにせよ、辛辣な声がステリの後ろからやってきて、その雰囲気を台無しにする。いかにも『待ちくたびれました』という態度を見せて。
「なあ、ステリ。オマエ、ヒバリの頭はどうした? 運び込まれたのは体だけだったって聞いたぜ? まさか、当り前にオマエがついてて、『首をはねられました』なんてことないよな?」
うなだれる赤頭巾を覗き込むように、その美形は腰をかがめてステリに囁く。
「もしそうだとしたらよ……。オマエ、――最悪だよな。当り前に」
普段ならそんな態度を許さないステリ。そんな彼女が小刻みに体を震わせ、ただ俯くのみとなっている。それを見下ろすように背を伸ばす美形の顔に、勝ち誇る笑みが浮かんでいた。
「いい加減になさい! マック! 人の傷を何だと思ってるのです!」
「おー、こわい、こわい。元王族の聖騎士様は、庶民の当り前な行為がお気に召さないと見える。オイラたち盗賊はね、聖騎士さまたちと違って、失敗したら『人生終わり』なんですよ。だから、失敗は当り前にとことん追求する。当り前に盗賊同士で分かち合うんですよ。これ、当り前の優しさなんですよ? オイラなりに」
テーブルを叩くアーデガルドの激情。それを大げさな態度で受け流しながら退く
「その口――、今日でしまいにしたろか? 知ってるか? ウチらの世界には、当り前に『試し切り』ってのがあるんやで? ちょうど新しい刀になったしな!」
「おお、こわ! でも、アオイよ、それはキュウベイも同じなんじゃねぇか? なぁキュウベイ?」
「それにだ、当り前だけどオマエはオイラの守備範囲外なんだわ。どっちかというと元お姫様みたいに、当り前にガンガン主張してくる相手が好み――。って、これ。ゼムの前では当たり前に禁句だっけ……」
自らののど元にある刃を指で押しやり、
「うっわ……。当り前に冗談通じないのは、ウチのリーダーもだったよ……」
その全身から立ち上る気配を見た
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