幕間
第2話 幕間 深部層での戦い(前編)
絶望という空気に満たされたその場所で、彼らは必死に抗っていた。
びっしりと敷き詰められた石畳。地下だというのに、途方もない広さのあるその部屋で、三人の男たちは必死にあがく。だが、いくら振り払っても
薄暗い中で灯るかすかな光――それは仲間全員にかけられている魔法の光が変化したもの――が、息絶えた仲間の姿を見せつけることで……。
だが、当然それだけではない。
歴戦の勇士である彼らを死地に追いやった存在がいる。そう、生き残っている三人のあがく姿を見ながら、一人愉悦をあらわにしている男の存在こそが最大の原因に違いない。
今もその圧倒的な力が、彼らを追い込んでいく。じわじわと――。
「さあ、もっと、もっといい顔を見せてください。恐怖や悲しみこそが我らの糧。しかも、それは甘美なもの。ですが、私は知っています。そう――。絶望こそ私の求める至高の味!」
そう告げた途端、男は自らの頭上に燃え盛る炎の塊を出現させていた。
新たな光源の出現は、男の姿を際立だせる。ただ、その男の丁寧な口調とどこかの貴族と見間違う雰囲気とは裏腹に、その炎の塊は猛々しさを増し続けていく。
そして、炎を見上げる男たちの瞳は、恐怖の色が濃くなっていく。
「ふむ……。まだですね……。まだ足りません。もっと、もっとですよ!」
だが、それでも満足しなかったのだろう。足元に照らし出された男たちの姿を見下ろしている貴族風の男は、さらに炎を巨大なものへと変化させていた。
さらに膨れ上がる炎の塊。
膨大なその熱量は、彼らにその未来を感じさせていた事だろう。だが、次の瞬間。男たちの顔に、ある種の静けさが宿っていた。
突き付けられた死の予感が、かえって彼らの心に覚悟を宿す。
「くそ! いったい何発『浄化の炎』を浴びせたと思ってるんだ! いい加減滅べ、化け物め!」
光り輝く鎧をまとった聖騎士。あらんかぎりの声を上げ、力強く剣を真横に振り払うそのさまは、かなり芝居がかって見えるだろう。だが、その目は真剣そのもの。しかもその奥には、澄んだ輝きを見せる光がある。
貴族風の男にとって、彼の行動は己の恐怖を打ち消すためのものに見えるかもしれない。いや、虚勢を伴うあがきともとれるだろう。だが、一歩前に進み出たその姿からは、生きている仲間だけでなく、倒れた仲間も守る意思が立ち上っていた。
力強く、貴族風の男に剣先を突き付ける聖騎士。屈強な体つきにふさわしい、強靭な意思を宿すその瞳で。
だが、彼が左手に持つその盾はすでに半壊し、本来あるべき特別な力は感じられない。しかも、強い輝きを放つ剣も、明滅する光が示すように、その力を大半失っているようだった。
それでも聖騎士には見えている。この状況を覆すことのできる仲間の力を。そう、信頼という絆が、彼の背中を支えてた。
そして、それは現実となる。爆炎が全てを支配したその瞬間に。
余裕の笑みを浮かべていた男の頭上に浮かぶ巨大な炎の塊。
そこに別の炎がぶつけられて、すさまじい爆発が起きていた。
しかも、それは男が作り出した炎の塊の真上から降り注ぐ形となっていたため、自らが生み出した炎の塊も男を包み込んでいた。
そこは生者の住まぬ灼熱の世界。だが、そこから押し殺した笑い声が聞こえていた。
「――ふむ、さすが私が見込んだだけの事はありますね。今のはほんの少しだけ驚きました。そうそう、痛みもありましたよ?」
爆発に続く炎と煙の共演で、彼らから貴族風の男の姿は全く見えない。だが、男が無事であることは、その声の調子からも明らかだった。
「化け物め!」
聖騎士とは別の声が、憎しみの感情を顕わにそう吐き捨てる。少年のような姿からは想像できないほどの炎を生み出した魔術師も、さすがに疲労の色を濃くしていた。
「あぁ……。とても、いい声です……。聖騎士が希望を砕かれていくその瞬間は、何度聞いても心地いい。這い上がり、生につながる道を得たはずが、足元からそれが消え去る。そう、その瞬間の人間の声は格別なのですよ……。ああ、このとろけるような甘美な響き……。私を包むこの空間こそ、極上の宴。ふふっ、やはり自分で味わうからこそ価値があるものですね。立場上、めったにできないのが残念です。やはり、何としてでも方針を変えることが――」
貴族風の男の目に、赤く怪しい光が宿る。
だが、次の瞬間。愉悦の笑みを口元に浮かべたその顔は、足元にいる二人に慈愛の眼差しを向けていた。
「おやおや? はて、さて? 二人――」
それは無意識に出た言葉だったのだろう。だが、その言葉を最後に、彼の首はゴトリと石畳に落ちていた。
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