第14話 首を刈るもの

 道化リーストーラーの放った青白い炎は、探索集団パーティ全体を包み込む。だが、探索集団パーティ全員を包む不可視の壁が、その威力のほとんどを退けていた。


「気を付けて! コイツのクビチョンパーは、どこにいてもやって来る!」


 魔法障壁の呪文を唱えた直後のヒバリが、道化リーストーラーの特技を全員に伝える。ただ、多彩な攻撃を見せる道化リーストーラーは、このダンジョンでも相手にしたくない敵として有名だった。その中でも最凶の技として名高い『クビチョンパー』の事を、知らない者は皆無だろう。


 一切の情けのないその攻撃は、突然目の前にやってくる。


 だからこそ、その技を出させるわけにはいかない。炎による痛みに耐えて、道化リーストーラーに迫るアーデガルドとアオイ。ただ、軽いやけどが肌に無残な傷跡を残すより前に、メアリの唱えた治癒の魔法が効果を表す。


「そうですよねぇ。そうきますよねぇ。いいですねぇ!」


 その呪文を使うのがわかっていたかのように、道化リーストーラーは二人の攻撃をすり抜けて、呪文発動直後の硬直状態のメアリの目の前にその姿を見せていた。狙いすました首狩りの技が、メアリに死の宣告を告げにくる。


「させん!」


 だが、それを予期していたゴルドンの盾が、寸でのところでそれを防ぐ。大きく体勢を崩してのけぞる道化リーストーラー。その瞬間を狙ったかのように、ステリが道化リーストーラーの背後に姿を見せていた。


「これで終わり」


 その斬撃は狙いを過たず、道化リーストーラーの首を確実に両断するものだった。誰もがそう確信していた事だろう。だが、それは空を切るだけの結果となる。


「クックック、生ぬるい。生ぬるいですねぇ。そんなものでは、この私の首は落とせませんよぉ。首を切る重さ。小娘ごときが耐えられるものではないのですよぉ」


 確かに、ステリの奇襲は完全にその首を捉えていた。だが、その瞬間に煙となって消える道化リーストーラー。まるで悔しさを増加させるためだけのように、道化リーストーラーはステリのその目の前姿を見せる。半分煙の体を残して。


 だが、その瞬間。その煙ごと燃やすかのように、炎の柱がダンジョンの中でそびえ立つ。


 ヒバリの唱えた炎の柱は、瞬く間にその煙を飲み込み焼き尽くす。あらゆるものを焼き尽くすかのような熱量は、周囲の空気を熱風へと変化させていた。ただ、その膨大な風の流れを遮る不可視の盾に覆われているアーデガルド達には、何の影響も出ていない。


 そして、次の瞬間――。


 爆発的な炎の柱は、初めから何もなかったかのように一瞬でそこから消え去っていた。だが、何事もなかったかのように見つめる道化リーストーラーは、すでに最初の位置に戻っていた。


 ただ、感心したことを示すように、拍手で彼女たちを称えている。


「フムフムフムゥ。なるほどなるほどぉ。いいです。いいですねぇ。さすが、選ばれただけの事はありますねぇ。これは、魔法使いの威力ではないのですよぉ。首を切るのがもったいないですねぇ」

 

 その瞬間、一人悦に入る道化リーストーラー。その体をアオイの刃が鋭く切り裂く。だが、またしても煙となって消えた道化リーストーラーは、今度はその姿をアーデガルドの前に現わしていた。


「まぁ、私が選んだわけじゃないですけどねぇ。さて、リーダーのあなた。あなたは誰を選びますぅ? 誰を守りますぅ?」


 間近に顔を突き付けられ、アーデガルドはとっさに剣でそれを払う。だが、その攻撃をやすやすとかわした道化リーストーラー。再び元の位置に帰ったその道化の仮面は、不気味な笑顔に変わっていた。


「時間もまだのようですしぃ。もう少し、遊びますかねぇ。うふん。お前たちぃ。久々の仕事ですよぉ」


 道化リーストーラーの目の前に二体の魔法陣が出現し、その中から怪物モンスターが出現する。


「なんやあれ!? めっちゃ、やる気なさそうやねんけど!?」


 またもアオイの攻撃をかわした道化リーストーラー。執拗にメアリの背後に回りこむも、今度はステリがそれを防ぐ。その間に現れた二体の怪物モンスターは、そそくさと戦いの場から遠ざかっていた。


「マドギーワとサーセン!? 気を付けて! 奴らの攻撃は大したことないけど死ぬときに気力を奪うから!」


 だが、彼らの正体に気づいたヒバリが警告の声を発したその時、アオイの刀が二体の怪物モンスターを横一文字に薙ぎ払っていた。


「ちょっ! もっと早ようてーやー!」


 アオイの抗議を打ち消すように、二体の怪物モンスターはこと切れる瞬間に信じられない声を発する。瞬間的に耳を抑えたくなるようなその叫びは、耐えがたいものへと変化していった。


 絶叫がこだまするその部屋で、ゴルドンの雄叫びがそれに抗う。


 その声にメアリとヒバリが倒れたことを感じたアオイは、顔をしかめて再び刃をサーセンにふるう。だが、それでもその絶叫は止まらない。苦痛をこらえ、マドギーワとサーセンの死体を切り刻むアオイだったが、それは全て無駄に終わる。


 すでに絶命しているにもかかわらず、二体の怪物モンスターの絶叫は止まらなかった。


 結局、全員がその場で動けなくなるまで、その絶叫は止まらなかった。ただ、道化リーストーラーだけは謎の光に包まれて、部屋の隅で宙に浮かび、その光景を眺めていた。


「なんなん!? あれ!?」

「ステリ姉さん、回復、蘇生、あと何回くらいいける?」

「ごめんよ、蘇生は無理。回復もあと数回しか……」


 おそらくその影響をまともに受けたのはメアリだったに違いない。他の者達と違て、杖を支えにして立ち上がるその動作も、かなり弱弱しいものだった。


「アオイ! アーデ! もう呪文がないよ! ゴルドンは前、ステリは後ろ!」


 ヒバリのその言葉に、アーデガルドとアオイが瞬時に飛び出す。


 ゴルドンを前にした状態でヒバリとメアリが並んで立ち、後ろをステリが警戒する。道化リーストーラーの最大最凶の技である首切りクビチョンパー。それに対して編み出された陣形は、アーデガルド達も情報として知っていた。ただ、この陣形は守りの陣形。攻撃を行うものが減るため、よほどのことがないと使わない方がよいとされていた。


 ただ、道化リーストーラーは明らかにメアリを狙っている。それがわかる以上、メアリの警護を怠るわけにはいかなかった。


「クックック。そうきますよねぇ。でも、あなたたちの首には興味がありませんよぉ」


 アーデガルドの剣とアオイの刀。その両方に刻まれても、道化リーストーラーにダメージの気配は感じられない。余裕を見せる道化リーストーラーの前に、二人は疲労の色を濃くしていた。


「『状態異常の空間』!」


 その時、ヒバリの唱えた呪文の効果が、道化リーストーラーの体を石化していた。体の大半が石化した道化リーストーラーに二人の攻撃が後に続く。


 粉々に砕かれた体の上に、驚きの顔を落とす道化リーストーラー


 さらに叩き込むアーデガルドの剣は、いとも簡単に床を切り裂いていた。


 「やったん!?」

 

 期待に満ちたアオイの声。だが、メアリの悲鳴がそれを打ち消す。


 「あーあ。これはですねぇ、お気に入りの服なのですよぉ。これはその敵討ちが必要ですよぉ。これは怒っていい場面ですよねぇ? 『よくもぉー』ですねぇ」


 それはほんの一瞬の気のゆるみだったに違いない。いや、魔法を使わない職業であるステリとゴルドンもあの二人の叫びを聞いているから、それは無理もない事だろう。

 一般的に魔法職の天敵と呼ばれているマドギーワとサーセンだが、それ以外の職に就くもの達にも、その魂の叫びは致命的な傷を残す。


 集中力を奪い去るという傷を――。


 一時的なレベル低下に似た症状のそれは、状態異常と違って戦闘中に回復する事は難しい。しかも、熟練の者であればあるほどその低下の影響を色濃く受ける。その事を知っていれば、少なくとも対策出来るかもしれないが、知らないうちにその影響を受けてしまった結果、ステリの警戒は本人も意識できないほど低下していた。


 その結果、ステリの警護はメアリ一人に絞られていた。本人もまったく意図していないうちに――。


 ゴトリと落ちたヒバリの首を拾い上げた道化リーストーラー。その首をめがけて極小の黒い炎を浴びせかける。


 小さいながらもその炎は、ヒバリの頭を跡形もなく消し去っていた。


「さて、これで敵討ちはすみましたよぉ。そういえば、これで終わりましたねぇ。お仕事、完了ですねぇ。さて、どうしましょうか? 残業ですかねぇ?」


 自失茫然となるステリをよそに、ゴルドンの戦斧がうなりを上げる。だが、それをやすやすとかわした道化リーストーラーは、再び距離をとって相対していた。


「これ、かなりやばいで、アーデ」

「わかってるよ……」


 敵は道化リーストーラーだた一人。だが、その情報を豊富に持っていたヒバリの死に、探索集団パーティの動揺は隠しきれない。それでもアーデガルドとアオイは目の前の脅威から仲間を守るという意識が働いているのだろう。その動揺を必死に内側に押さえつけていた。


 ただ、特にその責任を感じているステリは、まだ戦闘に参加できる状態になっていない。


「アーデは下がり、ウチ、とことんやってみるわ!」

「アオイ!? ――任せたよ!」


 だが、不思議と道化リーストーラーは攻撃の手を止めたまま、アーデガルド達の様子を眺めている。


 でも、それも時間の問題だった。


 まるで暇をもてあそばしたように、道化リーストーラーはゆっくり何かを唱えはじめる。


「そんな余裕、あげるかいな!」

「ステリ! しっかりして!」


 攻撃をアオイに任せたアーデガルド。聖騎士であるアーデガルドはステリに状態異常回復の魔法を使う。


「クックック、そろそろ頃合いですかねぇ? 第一、こちらは待つだけというのも退屈ですねぇ。改善要求が必要ですねぇ」


 アオイの攻撃をまともに食らいつつも、道化リーストーラーの余裕は変わらない。それどころか、何かを召喚するための魔法陣を展開していく。


 魔法陣が道化リーストーラーのそばで完成した瞬間、アオイの刃がそれを切る。完成直後の魔法陣を粉砕したことにより、出現していた怪物モンスターも同時に消えていた。


 軽い驚きを見せる道化リーストーラー。その視線はアオイの持つ刀に注がれていた。


「これ以上させるかいな!」

「それはどうでしょうかねぇ? でも、それは面白い使い方ですねぇ。どこまでできるか、見てみたくなりましたよぉ」


 アオイの気合のこもった声をあざ笑うかのように、部屋の中央に転移の魔法陣が形成される。


 その直後、この部屋全体がまばゆい光の中に包まれていた。

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