第13話 予期せぬ襲撃
隠された扉により隠されていたその部屋は、予想に反してがらんとしたものだった。
広々とした作りながらも、どこか玄関ホールを思わせる雰囲気。ただ、入って右側の壁には、少しだけ他に見ない扉があった。
基本的にこのダンジョンにある部屋の扉は、どれも同じ装飾が施されている。ただ、こうした隠された部屋にある扉は、他と違った装いを見せる。
当然、それはそうだろう。
そこには特別なものがあるというのが通説であり、どの情報もその後の探索で決まってそれを裏付けていた。しかも、初めてそこを探索した時には、二度目以降と違い、その戦利品は計り知れないものになる。このことは、
その扉の前に立ち、ステリは黙ってアーデガルドを見ていた。
扉にも、今いる部屋にも罠はない。ステリはそれをすでに確認しているのだろう。だが、その扉の先には何があるかはわからない。明らかに他とは違う扉は、アーデガルド達も初めてではない。アーデガルド達の中で最も情報を持っていると思われるヒバリでさえ、この部屋自体をたった今知ったばかり。
アーデガルド達は歴戦の
当然、自分達にとって未知なる領域を探索したことはこれまでも数多くある。だが、それはあくまでアーデガルド達にとって未知であるだけで、情報だけはヒバリが常に仕入れていた。だから、まったく情報がない場所はこれが初めてという事になる。
開けた途端、思わぬ強敵に遭遇するというのはあり得る。
かつてアーデガルド達も、それで仲間を失った過去があった。情報を持っていたにもかかわらず――。
扉を開け先に進むか、このまま引き返すか。その決定はステリにはできない。それがわかっているから、ステリはただ出来る事を終えて待っていた。
「アーデ……。目的は達したのは理解している。でも、アタシ達は強くなった。地下十五階に行けるだけの実力がある。そして、今はまだ十分に余力がある。今いるこの部屋の構造から、この扉の部屋は通常の部屋の大きさしかない。地図を作っているからわかる。この先の部屋は、これまで探索した廊下に囲まれている場所なんだ」
真剣な目で見つめるヒバリ。アーデガルドもまた、そのヒバリを無言で見つめ返していた。
実際、アーデガルド達の
ただ、今回の探索でその『金の鍵』の入手も済ませ、すでにかなりの戦利品を得ていた。いつものアーデガルドならばいったん帰って『出直すこと』を選択していたに違いない。
なぜなら、これから帰るにしても、すんなりとは帰れない。ここに来るまでとほぼ同じ数の戦闘が待っているから。
「ヒバリの気持ちはわかるけど……」
「帰りに必要な戦闘回数を入れてもおつりがくる。それに、もう一度言うけど、アタシ達は十分強い。地下十五階層を探索できる実力を持っている。そんなアタシたちが、地下十二階の
安全を期すならこのままいったん街に戻り、この部屋の情報を仕入れてからの方がいいだろう。ただ、このまま帰ってもこの部屋の情報を手に入れることができるかどうかわからない。いや、むしろこの階層自体情報が少ないから、情報自体得られる可能性は低いだろう。マスターキーでないと開かなかった
ヒバリは決して嘘を言っているわけではない。むしろ客観的に
だが、何かにとりつかれたような異常さを、アーデガルドはヒバリの中に感じていた。
「大丈夫。呪文を温存している分、アタシはまだ戦える。それに、今回は無駄な戦闘をしてない。一度戻ってから来るにしても、この状態と変わらないはず。何より、ここは手つかずの部屋だった。戻ったところで有益な情報があるはずがない。でも、いったん開いた
いつもならどちらかというと慎重なヒバリが、今回は積極的に探索を要求している。その事に戸惑いを覚えながらも、アーデガルド自身もその意見――このまま探索するという意思――には賛成だった。だが、アーデガルドは自分の感情を優先させることを是とする人間ではない。
「――メアリ姉さんはどう思う?」
おそらく、この
「アーデ……」
「帰ろう」
メアリが迷いながらも何か言おうとした時。
そばにいたゴルドンが、ここぞとばかりに主張してきた。
「でた、ゴルドンの帰りたい病や。まぁ、今日はまだ、言わんかった方やな」
そう言いつつ、いつもならゴルドンを小突くアオイ。だが、今日に限ってそれはなく、むしろゴルドンの意見に賛同している節があった。ただ、珍しく意見を言わないあたり、元々は探索する方の意見なのだろう。
「帰ろう」
再びそう告げたゴルドンの言葉に、アーデガルドがその決断を伝えようとしたまさにその時。突如沸いたその異臭に、全員の注意が周囲に飛んでいた。
「クックック。来ちゃったわぁ。ほんと、待ちぼうけって、嫌いなのよねぇ。今回もすぐに済むと思ってたのにぃ。ほんと、グズは嫌われるわよぉ? だから、さっさと終わらせちゃいましょうねぇ」
それはステリが待つ扉とは全く正反対の壁。その中から湧き出すように道化の首が生えていた。
「リーストーラー!?」
ヒバリがあげたその声に、全員の緊張感が一気に高まる。全員がその
アーデガルドとゴルドン、そしてアオイが前にでて、後衛はメアリを中心として左右にヒバリとステリが構える。その間もゆっくりと壁の中から徐々に姿を現す道化。その目は全員をくまなく値踏みし、いやらしい笑みを浮かべていた。
「させない!」
それはほんの一瞬の出来事。もう一度、アーデガルド達を順に見渡していた道化の目に、怪しい光が灯っている。獲物を狙うようなその赤い眼を最後の一人に向けた後、その無機質な仮面――白と黒が半分ずつ色分けられている――が笑顔に変わる。
自らの手の甲を、その長い舌で舐めながら。
どことなく寒気を催すその行為。それに皆の目が釘付けになったその瞬間、ステリがヒバリを突き飛ばしながらその手刀を止めていた。
「あら、あらあらぁ? とんだお邪魔虫がとんでるわねぇ。
ステリに邪魔された道化の顔は、変わらず笑顔を崩していない。だが、途中で呪文を中断されたヒバリの方は、軽い混乱に陥っていた。
「でも、わたしの邪魔をした以上、リストに加えようかしら? ふふっ、言ってみたまでよ。わたしは力を振るうもの。わたしの邪魔はさせないわぁ。わたしの
軽やかなステップで距離をとる道化。だが、それをさせまいとステリがすかさず詰めよっていく。さすがに、それを邪魔に思ったのだろう。ステリがその差を埋めるより前に、彼女の行く手を遮るように、怪しげな人形がステリの目の前に出現する。
「じゃま!」
文字通り人形を一刀のもとに切り捨てたステリ。だが、ほんのわずかなその間に距離を稼いだ道化の口に、青白い炎が覗き始めている。
「あかん!」
アオイが叫んだその瞬間、青白い炎の塊がアーデガルド達に襲い掛かる。それはこの部屋にあるすべてのものを一瞬で灰にする炎だった。
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