第12話 隠し部屋
その部屋での戦闘が終わり、それぞれが戦利品を確認する。
もちろん、アーデガルド達も例外ではない。これまで、幾度もそれを繰り返して探索し、彼女たちはその都度数々の戦利品を得てきている。
ただ、一言に戦利品といっても、それは様々のものの総称と言っていいだろう。
通常の
ただ、一部の人型の
何故なら、
ただ、通路での遭遇戦ではそんな時間はあまりない。戦闘終了後、
ぐずぐずしていると、戦いの音を聞きつけた周囲の
ただ、その中でも最たるものが、地下十階の『ある時間帯』と言えるだろう。
その時間帯――。いわゆる日常で、昼食時に相当する時間帯。
その時間帯は他の階層の
そのため、安全地帯という表現をとるべきではないという議論もされていたが、あまりに有名過ぎる事で、例外として使用されるようになっていた。もちろん、そうした状況で地下十階に訪れた場合は、連戦に次ぐ連戦になる。だから当然、その時間帯に地下十階に降りる
だから、その分というわけでもないが、
安全を確認しない
もっとも、本当の安全地帯でない以上、その部屋にいつまでもいることはできない。一定時間がたてば、部屋に
だから、丹念に捜索するにしても、素早くそれにかかる必要がある。休息を必要としない者全員で。
あの後も戦闘を繰り返していたアーデガルドたちだったが、ヒバリはなぜかあれからそれに参加していない。
その部屋の戦闘が終わった直後も、地図をだし食い入るように見つめるヒバリ。こうなった彼女は、てこでも動くことはない。それを知っているだけに、アーデガルド達は肩をすくめて自分たちの作業に専念することにしていた。
そう、その声が聞こえるまでは――。
何かを理解したヒバリの歓喜の声は、その部屋いっぱいに広がっていた。驚きを隠せず警戒心を引き上げる面々をよそに、ヒバリは大胆な行動をし始める。
「やはり、ここには何かある。さっきの扉は……。やはり壁だな……。あの扉は
嬉々としたその声は、周囲を警戒する仲間たちの注意を瞬時に集める。だが、そんな視線を意に介さず、ヒバリはその壁に向かって歩いていく。
――マスターキーを前に突き出しながら。
壁に向き、その状態で横歩きに歩くヒバリ。その異様な行動をとる姿に、アーデガル達もそこに集まり始めていた。当然、警戒を解くことなしに――。
「あった!」
それはヒバリにだけ感じるものだったに違いない。何もない壁に向かい、マスターキーを持ったヒバリが開いている手で壁をさする。その驚きの声と異様な光景に、警戒し続けていた面々も、ヒバリの行動を見守り始める。
「触った感じ、どう考えても壁だね……。でも――。そうか、ここに差し込むんだね……。ああ、わかるよ……」
まるで誰かと話しているかのように、独り言をつぶやくヒバリ。そんな彼女の様子を、集まっていたアーデガルド達は、その後ろで固唾をのんで見守っている。だが、その事を一切顧みず、ヒバリは何もない壁にマスターキーを突き刺していた。
当然、マスターキーはそれ以上進むことはない。そう考えていたアーデガルド達の目の前で、キーの先端がすっと壁の中に埋まっていく。
皆が驚きの顔を浮かべる中、ヒバリだけは自信に満ちた表情でそれを回し始めていた。
だが、次の瞬間。その場は違う驚きの空気で満たされていく。
さっきまでは何の変哲もない壁と思ったところが、実は隠された扉だったという事より、その扉に突き刺したマスターキーをヒバリが躊躇なく回し、その扉を押し開けたことで――。
「ヒバリ!」
好奇心というものは、時としてその身を亡ぼす刃となる。ステリがあげた警告の声は、確かにヒバリの耳に届いていた。でも、ヒバリはその手を放さずに、
それはほんのわずかな時間だっただろう。だが、そのわずかな時間に発動する数々の事に対応するため、ステリは全ての神経を注ぎ込む。だが、幸いにして何も起きず
、ステリに突き飛ばされたヒバリは床に倒れたのみだった。
さっきまでヒバリがいたその場所に入れ替わるように身構えたステリ。罠が無いことを理解した彼女は、素早く部屋の中を見渡していた。
一瞬にして降りてきた緊張感は、それぞれに自分たちがとるべき行動を思い出させることになる。それぞれが己の役割に沿って臨戦態勢を整えた時になって初めて、唯一取り残されていたヒバリは、自分のうかつさを呪っていた。
「ごめん……」
ただ、ヒバリのその声は聞こえたものの、その時その顔を見た者はいなかった。その瞬間、皆が一様に新しく開いた扉の前で、その部屋の様子をうかがっている。ただ、いきなり何かが来る可能性はないと理解したのだろう。アオイだけが嘆息交じりにヒバリの方に振り向いていた。
「ホンマ、勘弁してほしいわ……。こっちが冷や冷やするで? なあ、お師匠?」
アオイの差し出した手をつかみ、ヒバリはゆっくりと起き上がる。ただ、ヒバリの視線はその顔に向かず、
再び魅入られたかのように――。
「でも、こんな仕掛けがあったんやな、やるな、シュ・ビー。結局、守ってないけど――」
軽口をたたいても反応しないヒバリ。そんな彼女の態度を訝しんだのだろう、アオイはヒバリのその肩をつかんで、強く前後に揺さぶっていた。
「あっ……、ああ……。通常の
「でも、それに罠がない確証はない。さっきのヒバリはヒバリじゃない。むしろアオイ。不用心」
「なっ⁉」
警戒を解きつつ、ヒバリの横に来て話し出すステリ。その顔は心配と不満が同居する、何とも言えない顔だった。その顔に、アオイの抗議は一時停止を余儀なくされていた。
「まっ、今のはどう考えてもヒバリが悪い。『魔術師としての好奇心』か『
メアリの声には非難というより、悲し気な音が混じっていた。その声を聞いたヒバリは、急に我に返ったのだろう、その頭の中にあった何かを振り払うように、頭を激しく振っていた。
「あたし……、また、バカやっちまったよ……。昔の事、忘れたわけじゃないんだけどね……」
「忘れるも何も、新しい弟子とるたびにに扉の罠のこと言うてるやん? 一緒に聞かされる、こっちの身にもなってほしいで?」
「でも、アオイはそれでも忘れる。だから、聞かせてる。じゃあ、わたしは中みてくる」
「二種類の扉! 知ってるちゅうに!」
部屋の中の安全を確認しに行くステリの背中に向かい、アオイはそう文句を告げていた。だが、それを全く聞いていないかのように、ステリは自らの作業に専念する。
「ホンマ、黙ってたらかわいいのに……。いや、これも一種の罠かもな?」
「あたいはそれ、アオイにも言えると思うんだけどね……。でも、まっ、今回は罠が無くて本当によかったよ」
そう、このダンジョンにある部屋の扉は、大きく分けて二種類ある。
罠のある扉と無い扉。
それらを判断するのが、この
それがこの
新しい扉、新しい部屋に入るときは、必ず細心の注意を払ってそれを見極める。開けた途端、戦闘が始まることも珍しくはないため、この
そして、ヒバリとメアリは後方で待機する。その守護者としてゴルドンが付き従うのがアーデガルド達の戦闘陣形。それは罠解除が失敗し、転移陣で強制的に送られたときであっても戦闘できるようにという姿勢から生まれたもの。
だが、今回はそうしなかった。ヒバリは今、ほんの少し前の自分の行動を呪っている。
「今さら何を言っても仕方がないけど、自分でもどうかしてたよ……」
「まあ、それはええわ。でも、ヒバリ。しつこく
「いや、全くその通りだよ……」
まるで夢から覚めたかのように、消え入りそうなほど落ち込むヒバリ。さらに何かを言おうとするアオイだったが、その言葉はアオイの中で消えていた。それまで、臨戦態勢だったアーデガルドが、ヒバリに向き合うことで。
「確かに、ヒバリらしくなかったね。アオイみたいだったよ?」
「全く、その通りだとしか言いようがない……」
「確かにそうだねぇ。さっきのは全くヒバリらしくなかったさ。アオイが乗り移ったんじゃないかって思ったよ」
「ウチって、そんな評価なん!?」
メアリも話に加わり軽口をたたく。軽い衝撃を受けたアオイとそれを囲む笑顔。
それは何もなかったという安堵からくる時間なのだろう。
だが、それもすぐに終わりを告げる。ヒバリを呼ぶ、ステリの緊張した声で。
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