第11話 鍵

 このダンジョンの構造はそれぞれの階によって異なるが、唯一共通するのは部屋の内部構造だろう。


 どの階のどの部屋も同じように、広々とした造りになっている。そして大抵の部屋には何も置かれてはいない。


 そもそも、ダンジョン探索者ヴィジター達は戦う事を想定して部屋に入るのだから、そこに何も置かれていなくても特に何も感じないのだろう。扉を開ければ怪物モンスターがいて、戦闘する。ダンジョンの部屋というのは、そういうものだと認識されている。


 ただ、このダンジョンには、まれに机や椅子といった家具がある部屋もあった。


 そこが『それを必要とする部屋』と認識されているものの、ダンジョン探索者ヴィジター達は誰もその事――一体だれが何のためにということ――を考えることはしていない。


 謎の多いこのダンジョンを探索するといっても、ダンジョン探索者ヴィジター達の興味は別にあるのだから――。


 もっとも、それを使う者達――いるとすれば怪物モンスター――がいたとしても、部屋の中で戦いが起きる事は折り紙付きに違いない。


 それを証明するわけでもないが、そのどれもが壁沿いに置かれている事からして、そう考えるのが筋だろう。だが、それをダンジョン探索者ヴィジター達が問題にして、解決しても『何も得るものがない』のも事実。


 そもそも、ここはダンジョンの中にある部屋であり、戦いに支障が出ないように配慮するのは当然と言えるだろう。


 ただ、アーデガルド達が今いるその部屋は少し『変わった造り』となっていた。


 そこはやけに長く、二つの部屋を合わせたような構造。これまでの階層にはないその構造は、人の認識を別な何かへと導いていく。


 部屋というより、大きめの通路。


 彼女たちはそう感じたに違いない。しかも、怪物モンスターたちの状態も、その考えを誘導するに十分な様子を見せていた。


 アーデガルド達が突入したその時、怪物モンスター達は彼女達に背を向けて歩いていたのだから。


 おそらく、彼らにとっても、アーデガルド達の侵入は予想外の出来事だったのだろう。いち早く反応した犬型魔獣は炎を吐いて応戦していたが、体格のいい筋肉質の人型怪物モンスターは戦闘準備にも入っていなかったのだから。


 それが戦いの趨勢を決めていた。


 最初の驚きはあったとはいえ、アーデガルド達は戦いを想定して入っている。怪物モンスター達はそんなことを意識していない状況。ただそれだけの違いで、戦いの主導権は終始アーデガルド達のものだった。


 しかも、アオイの華々しい剣技とゴルドンの雄叫びがそれに追い打ちをかけていく。つまり、その事で戦闘の主軸は完全にそこに集まっていた。


 すべての視線が集まる場が、その場所に生まれる。当然のように、それ以外は見えていない。


 だから、ステリは完全に気配を消すことに成功する。もっとも、ステリのこの行動を完全に把握する事は、かなり困難と言えるだろう。それほど卓越した技術を有するステリだからこそ、アーデガルド達の信頼は厚い。アオイが一瞥しただけでその結果を予測したのも当然であり、ステリはこれまでもアーデガルド達のピンチをいくつも未然に防いでいた。


 誰からも気取られることなく戦場を移動するステリ。


 電光石火の早業で、体格のいい筋肉質の人型怪物モンスターの背後をとるステリ。一方、体格のいい筋肉質の人型怪物モンスターはその時になってようやく戦闘態勢を整えていた。


 こうなれば、ステリにとっては楽な仕事だったに違いない。自分以外に注意が向いている者の首を落とすことは、彼女にとっては物足りないものだったことだっただろう。


 だが、そんな時でもステリは表情を変えずに仕事をする。与えられた役目と役割を十分認識して行動するステリ。そして、いつものように彼女はその事実を報告していた。


 そう、これがアーデガルド達がとる必勝の戦闘方法。卓越した連携が生み出す勝利の法則がそこにある。


 ただ、かなりの気合を入れて臨んだ分、それはあっけない幕切れだったに違いない。そして、全員が『シュ・ビーは特定の部屋の中にいる』ことを思い出し、改めてここが部屋であることを認識していた。


 その結果、戦闘が終わった瞬間のこの場は、扉を警戒するだけでよい空間となっていた。


「ホンマ、ついてるで。シュ・エーとシュ・ビーがおるなんてな。しかも不意打ち。できすぎやん、これ」

「そうだね。話で聞いているだけだけど、あのシュ・エーの技……。『ケイホウ』だったか? あれは厄介な技だっていうよ? 長引くと、こっちが圧倒的に不利になるみたいだね……。特にこの部屋だと前後から挟み撃ちの危険もあるだろ? 今回は不意打ちまでできて、運がよかったんだろうね。しかも、十五階の『金の鍵』がこんなに早く手に入ったのも幸運だった」

「メアリ姉さん。その幸運もいいけど、『金の鍵』以外の、この三つの鍵の幸運もだよ。おそらくこれはマスターキーだよ。シュ・ビーが稀に持っているって言われてるけど、これについては情報が少なすぎるんだ」


 ステリから鍵束を最初に受け取ったメアリが、暫くそれを見た後にヒバリに渡す。その残念そうな顔は鑑定できないものがあった事を告げているのだろう。だが、受け取ったヒバリは『金の鍵』をアーデガルドに渡すと、マスターキーと思われる鍵を様々な角度で見回していた。とても興味深そうに。


「へぇ、ヒバリも知らないんだ……」

「おい、アーデ。魔術師が何でも知ってるとは限らないよ。第一、オマエはアタシを何だと思ってるんだ?」

「――情報……、収集家?」

「アーデ……。一応言っておくが、情報もただじゃない。弟への仕送りと、その将来に備えて蓄財するのもいいけど、必要なものを必要なだけそろえるのも重要なんだ。大体、アーデとアオイ、それにステリも、情報を軽視しすぎだ。ほぼアタシに丸投げじゃないか? アーデの弟と一緒さ。自分の目的のためには、自分の出来る事をする。情報も買うだけでなく、それをしっかりとだな――」


 説教顔になるヒバリの言葉を、笑顔のアオイがすかさず遮る。そのあまりに素早い対応に、アーデガルドも苦笑いを隠しきれない。


「まあ、そのへんにしときーな。アーデにも色々と事情があるの知ってるやろ? それに、説教は帰ってからにしときや。それより、今はそれや。いったい、どうするん?」

「ああ、その時はアオイも一緒だというのを忘れずにな。特にオマエ達は情報というのをわかっちゃいない」

「とばっちり!?」


 アーデガルドとアオイに嘆息交じりに告げるヒバリ。もう一人のステリは、その間ひっそりと存在を消すことに成功する。


 ローブの内側から、一つの巻物を取り出すヒバリ。中にある魔法を行使するために、彼女は意識を集中する。


「鑑定」


 ヒバリが短くそう告げると、巻物はヒバリの手の中で青い炎を出して燃え上がる。その炎を鍵に近づけると、炎は鍵に移って瞬時に消えていた。


「『地下十二階のあらゆる扉を開く鍵』か……。やはり、マスターキーみたいだね……。でも、地下十二階限定か……」


 若干肩を落とすヒバリの気持ちを、アオイが代わりに言葉で吐き出す。憤まん遣る方無い事を体全体で表現しながら。 


「なんやそれ!? ここにそんな扉あるんかいな? いらんわ! そんなん! もー! これ、ただ働きやんか! シュ・ビーのアホ! 落とすんやったら、違う階のマスターキー落とさんかい! 首つなげて、もっかい取ってこいっちゅーねん!」

「それは無茶だよ、アオイ……」


 アオイの言葉にアーデガルドがあきれ顔でそう答える。ただ、当のヒバリは小さな笑みで返すのみだった。だが、何かを思い出したかのように、ヒバリは自分の作っていた地図を広げていた。


「いや、まて……。ひょっとすると、ここに行く手段があって……。もしかして、ここはこのマスターキーがないと入れないのか……?」


 どんどん輝きを増していくヒバリの目は、その地図の左下に注がれていた。だが、他の場所と違って、そこに書かれているものは何もない。しかし、それでは物足りないと感じだのだろう。そこには破線で書かれた、『予測されるダンジョン外郭に囲まれた空白地帯』が生まれていた。


 予想通りの外郭があると仮定すれば、確かにそこは広さも大きさも他の部屋とは比べようもない空間がそこに広がっていることになる。

 

 ヒバリの地図では特にそうだと言えるが、それを実際に確かめる情報は何も無いようだった。


 ただ、そこに書かれているのは、もう一つ――。


 何も書かれていないという事がかえって目立ってしまうその場所から伸びる矢印は、地図外の注釈へと視線を誘う。


 そこにあるのは『未知』と『特別な何か』。


 おそらく、それはヒバリの気持ちを代弁しているものに違いない。その文字は、何重にも『マル』で囲まれ、強調されているのだから。

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