第10話 分岐点

 最初の部屋での戦闘から、連続した四つの部屋で戦闘を重ねたアーデガルド達。ここを最初に攻略した時こそ苦戦した彼女たちだったが、今では危ういところなくその戦闘を終えていた。


「ホンマ、楽になったもんやで。成長してるって実感できるよな!」


 軽く伸びをしながら、独り言のように呟くアオイ。その想いは全員同じだという事を、それぞれの顔が語っている。


「最初、いきなりの沈黙で、パニックになってたからね、アオイは」


 それでも油断しないようにくぎを刺しておきたかったのだろう。アオイのすぐそばにいたアーデガルドが、意地悪そうに肩をつかむ。


「いや、誰だってそうちゃう? 扉明けてすぐの攻撃やで? 視認も何もする暇もなかったやんか」


 その肩の手を振り払うように、アオイは体全体で抗議する。その軽やかな身のこなしは、素早く攻撃できる彼女の長所を物語る。


「でも、来るのは知ってた」

「そうやけど……。でも、聞くのと実際は違うやん? 第一、普通に無効化レジスト出来ると思ってたし……」

「でも、出来ない。未だにできない。それって成長?」

「してるちゅうに!」


 戦利品を整理し終えたステリが近づき、アオイの言葉を揶揄し始める。痛い所を突かれたアオイは必死にそれを主張していた。


「ハイハイ、それまで、それまで。それじゃあ、アーデ。そろそろ、いこうか」

「そうだね。いくよ、みんな」


 メアリが二人の間に割って入り、それをしり目にアーデガルドは四つ目の部屋にある最後の扉を躊躇わず開けていた。その油断ともとれる行動の大胆さは、その先に何があるか知っているからこそできる事だろう。


 扉を開けたその場所は、何の変哲もないダンジョンの通路。


 だが、そこは一方通行の扉ワンウェイドアで囲まれた通路であり、アーデガルド達はこれまでの探索でその事を知っている。しかも、一方通行の扉ワンウェイドアで囲まれた通路は、一種の安全地帯と呼ばれるほど、怪物モンスターとの戦闘は起こりえない。


 そして、全員が扉を潜り抜けると、それは通路の壁と一体化する。一方通行の扉ワンウェイドアと言われる仕組みは、一度通った者を戻さない仕組みだけあって、全員が通路に出るまでその姿扉の状態をとどめている。


「こっからがほんとの一方通行。なぁ、思うんやけど、最初の看板って、書き換えた方がええんちゃう? なんなら、後で書き足しとく?」


 アオイがそう告げたように、それまでの部屋は一方通行の扉ワンウェイドアにはなっていない。だが、最初の部屋の前には、『実力のないものは引き返せ。部屋を出れば引き返すことはできない』と書かれている。


「別に間違ってない。『部屋』は最後の部屋だっただけの事。それに、落書きはダメ」

「落書きって、アンタなぁ……」

「四つの部屋はつながってるしね。確かに、部屋を出て廊下に出る扉は一方通行の扉ワンウェイドアだったからね。別に間違っちゃいないね」

 

 ステリの言葉をメアリが拾う。その話に、妙に納得した感じのアオイがいた。


「要するに、実力を四つの部屋でつけろって意味やな! 開けるたびに怪物モンスターわいとるもんな! ホンマ、この階は修行階やわ!」

「まあ、一応それがセオリーだからね。でも、あたし達の今の目的は別にある。そして、あたしの目的の一つは常に地図化マッピング!」

「誰も買わんって、その情報。だいたい、ここ階を地図化マッピングして何になるん? 道なりに進めばええだけやん? そもそも、『お宝の鍵金の鍵』を手に入れるのが目的やし? いや、うちもそろそろ名刀ほしいやん!」

「あー、これだから、ダメ弟子は――」

「よーし! 今日こそ、鍵を手にいれよう!」


 アオイとヒバリの言い争いを防ぐように、アーデガルドが締めくくる。その意図を察した二人も、それぞれ笑顔で口をつぐんでいた。


 そう、彼女らが話していたように、ダンジョン探索者ヴィジターは、地下十二階を実力を高める場所として利用していた。そして、実力がついた者達は、その奥に向かい、『金の鍵』――アオイのいうお宝の鍵――の入手を目的として探索する。そして、運よくそれを早期に手に入れた探索集団パーティは、そのあと地下十二階を探索せず、迷わず地下十五階を攻略する事だろう。


 なぜなら、奥に行けばそれなりの戦利品が得られるこの階層地下十二階であっても、レアアイテムの宝庫だという地下十五階に比べると格段に見劣りするから。


 だから、この階層のどこかの部屋に出現する怪物モンスターが持つと言われている金の鍵地下十五階の最初の鍵が手に入れば、苦労だけが多いこの地下十二階を好んで探索する必要はないと考えるのは自然な事と言えるだろう。

 

 当然、それが済めばほとんどのダンジョン探索者ヴィジターここ地下十二階を訪れないのは言うまでもない。


 だが、幾度かの探索を経ても、何故かアーデガルド達はその鍵を入手できていなかった。


 今、アーデガルド達がいるのは四つ目の部屋を出た通路の端。そこに待つ二つの扉。それこそが地下十二階にあって数少ない分岐点の一つ。いや、最初の分岐点と言っていいだろう。


「左はもう全て攻略済み、今日からは正面の扉に行くからね」

「いや、今日でこの階とおさらばしたいんやけど?」


 アーデガルドの宣言をアオイがすかさず訂正する。そのいつもの様子であり、全員の肩の力が自然と抜ける。だが、ヒバリだけはアーデガルドの言葉に深くうなずいていた。


「前はなかったけど、今回は階段があるんだろうね。もっとも、十一階の階段が一方通行の扉ワンウェイドアで隠されてるんだ。いや、あたいは興味ないんだよ?」


 それは何気なく言った言葉なのだろう。だが、ヒバリの目が鋭く光った感じがしたのだろう、メアリはその話題を急に否定し始めていた。


「それって、ここ地下十二階から帰り道として利用するだけやん。途中離脱できるんて、『自動回廊地下十二階』にしては案外親切設計ちゃう?」


 だが、メアリの呟きをアオイが何気に拾う。それはごく自然に会話を受ける、アオイならではの事だろう。


 ただ、それをアオイはすぐに後悔する。自ら描いている地図が見えるように、魔法の明かりを強くして、ヒバリがその先を話し始めたことによって。


「メアリ姉さんの推測通り、地下十一階はアタシらは中央部分が地図化マッピングできてないんだ。情報はあるにはあるらしいけど……。正直、行けばわかるし。ここを埋めるだけに使うのもね……。それに、今いる位置も昇降機エレベーターの位置と前回のルートから考えると『ここ中央からやや右下』だから、『このあたりに地図の中央』に階段があるのは間違いないはず……。となると、ここに転移の仕掛けがある可能性は少ないか……。やっぱり、このあたり地図の左下の大部分に行くにはあの部屋に入らないとわからない……、か……?」


 自らが作成した地図をパンパンと叩きながら、ヒバリは腑に落ちない顔をする。それが頃合いと思ったのだろう、アオイが小さく手を打っていた。


「まっ、とりあえず進まへん? ホンマ、ヒバリの地図化マッピングにかける情熱には頭が下がるわ。アーデの目的以上の執念感じるで? でもな、今日こそ目当ての物金の鍵を手に入れんとなぁ。地図化マッピングよりも、鍵が大事やんなぁ? それに、今日も手に入らんかったら、次も来なあかんのやし? 地図化マッピングその時でもええんちゃう? まあ、どうしても完成したいちゅうなら、考えてもええで? そうやな、とりあえず、『お願いします、アオイさん』ってうたら考えるたるわ!」


 ヒバリの返答を待たずに扉の前に行こうとするアオイを牽制し、すっと前に出たステリが『罠を探る』という態度を見せる。両手あげて、ばつの悪そうな顔をするアオイの肩を、笑顔のヒバリが強く鷲掴みにしていた。その手に、乾いた笑顔を向けるアオイ。だが、それ以上無駄な話ができない事を、二人はその雰囲気で察していた。


「大丈夫。でも……。何かいる? 気がする……」


 一通り調べ終えて、ステリは振り返ってそう告げる。ステリにしては珍しく歯切れの悪いその言葉に応えるように、アーデガルドがステリとその位置を入れ替わっていた。


「じゃあ、行くよ」


 勢いよく扉を開け、盾を前に突き出したアーデガルドは部屋の中へ突入していく。

 間髪入れずにゴルドンも盾を構えて突入していく。そして、そのわずかな合間を縫うように、ステリとアオイがそれぞれ素早く突入していた。


 後ろから魔法の光を飛ばしたヒバリとメアリが最後に部屋に入り、アーデガルド達は一瞬で戦闘態勢を整える。歴戦の探索集団パーティだけができる先制攻撃の状態をアーデガルド達はいともたやすく行っていく。


 明るくなったその部屋は、アーデガルド達にその存在とそれに打ち勝つ困難さを明らかにする。


 複数の犬型魔獣を引き連れた、体格の良い人型怪物モンスター。それこそが、今回アーデ達が求めていた相手。いち早くそれを見つけたアオイが、誰よりも先に喜びの声を上げていた。そう、その隣にいたもう一つの存在も見つけて。


「やったで! シュ・エーだけやない! シュ・ビーもおるやん! 大当たりや!」

「アオイ、行って! 早く倒さないと、呼ばれる!」


 アオイがあげた歓喜の声をかき消すように、連続して炎の息を吐きだす犬型魔獣。放射状に広がるその炎がアーデガルド達に届こうとした瞬間、不可視の盾が炎を弱めていた。


 だが、弱められたとはいえ、炎は猛き姿でその場を包み込んでいく。


「やってくれたな! お返しや!」

 

 焦げた臭いと燻りが、余計に痛みを感じさせる。だが、それらを振り払うように、アオイはそのまま分厚い炎の壁を駆け抜けていく。


 ただ、炎がアオイの体を痛めつくそうとしたその瞬間、アオイの体を淡い金色の光が優しく包む。メアリの優しい旋律と共に届けられた金色の光は、その他の者の体を癒していく。


 ほころぶ口元を引き締めて、それを受けたアオイはさらに加速する。

 一方、炎の息を吐き終わった犬型魔獣もすぐに駆け出し、その距離を詰めていた。


 互いに相手の命を奪う鋭い刃と鋭い牙。


 その間にあるもの全てが、急いでそこから逃げ出したかのように、一瞬でその結末を迎えていた。


 刃と牙の会合の末に、物言わぬ塊となった犬型魔獣。刀に付いた血を振り払い、アオイは瞬時に状況を見る。自分の次の獲物と決めていた相手をすでに標的に入れているその姿に口元をほころばせ、アオイはもう一つの戦いに意識を向ける。


「ゴルドン! 行ったで!」


 その時アオイが発したその警告。それは、瞬時に切り捨てた二匹とは別に、四匹がその横を駆け抜けた事を告げていた。ただ、目に入ったものに襲い掛かるはずの犬型魔獣は、ゴルドンではなく、まっすぐにメアリを見据えて突進していく。その凶悪な目で――。


 だが、ゴルドンのあげた雄叫びを聞いた犬型魔獣は、その進路を急に変えていた。そこに仇敵がいた事を発見したかのように、激情をむき出しにして。


「全部持っていったのね。さすが、ゴルドン」


 ヒバリとメアリの前に立ち、向かってくる犬型魔獣を阻止しようとしていたアーデガルド。その結果に小さな笑みを浮かべつつ、周囲にさらなる警戒を広げていく。どのような攻撃が来ようとも、詠唱時の無防備な二人を守るために。


 ただ、それ以外に脅威はなく、自然とその視線はゴルドンに向かう犬型魔獣に向けていた。


 今まさに、ゴルドンを襲い掛かろうとする四匹の犬型魔獣。そのうちの三匹の動きが鈍りだし、ついに眠りについていく。


「嘘!? 犬のくせに? 全部眠らない!?」


 ゴルドンに向かう犬型魔獣に向けて、ヒバリが驚きの声を上げていた。彼女はその全てを眠らせるつもりだったのだろう。憤まん遣る方無い様子で、残った犬型魔獣を睨みつける。だが、それを気にした様子もなく、ゴルドンは無造作に犬型魔獣の頭をたたき割っていた。


 その間に、眠った犬型魔獣の首を落とすアオイ。


「さっ、あとはステリの――」

「終わってる。キモかった」


 アオイが全てを語る前に、ステリが鍵束をもって帰ってくる。その後ろには、首と胴が離れて横たわる躯が二体、無残な姿で放置されていた。

 

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