第9話 パウシュトダンジョン地下十二階
だが、地下四階から地下十二階までの昇降移動は、文字通り一瞬というわけではなかった。
特に階を下る
ただ、無機質な音が奏でる調べは、時として
だから、
そこにいる間だけは安全で、
ただ、ダンジョンで死にかけて、命からがら
そして、今。
「さっ、今から四連戦。いくよ!」
「そうだよ。ここからは何が起きるかわからないんだ。しっかり、気を引き締めて行こうじゃないか!」
「なあ、今日は早めに帰ろうぜ?」
「あれ? アイツ等は? おらんやん、ここ。
再び気合を入れるためにあげたアーデの声。それにいち早く応えたメアリ。
だが、ゴルドンはすでに帰る気分になっており、アオイにいたっては周囲を見渡し誰かを探している始末。
そんな様子にアーデガルドはアオイを睨み、メアリはゴルドンに火を噴いていた。
「あぁ⁉ ゴルゥ!? あんたの頭はそれしかないのかい? 昨日さんざん言っただろ? あんたの欲しがってる『彫刻刀+1』が、この地下十二階で出るかもって」
気合の入らないゴルドンに対し、鎖帷子の首元をつかんですごむメアリ。
その迫力に気圧されて目を泳がせるゴルドンの口は、まるで無音の魔法をかけられたようになっていた。
ただ、メアリにとって誤算だったのは、すぐそばにアオイがいたことだろう。
「何その
そのやり取りを聞いていたアオイが、目を輝かせて食いついてきた。さっきまでの捜索は完全に打ち切って。
「あー。うん。レア……、アイテム……? かな? あたいもよく知らないんだよ。ただ、情報屋の……。そう、ウ・サンクー・サイから仕入れた情報さ、うん」
「ん? 誰だい? そんな奴、アタシ聞いたことないよ? どこの奴だい? ソイツ? なぁ、メアリ姉さん?」
「あっ、えっとだね……。あっ、あれだよ。司祭としか情報交換しない奴……、じゃなかったかもしれないね? だから、ヒバリが知らなくて当然さ、うん」
「なんか、それ。めっちゃ胡散臭いんやけど……」
いつの間にかヒバリも加わり、メアリは珍しくしどろもどろになっていた。その姿に全てを察したアオイは、ため息交じりにアーデガルドに同意を求める。だが、そのアーデガルドは、会話に参加していない事を表明するかのように、耳を塞いで背を向けて関係しない意思を示していた。
だが、その一部始終を黙ってみていたステリが、メアリに助け舟を出していた。
「わたし、知ってる。『煌めく虚偽の真実の一粒』って呼ばれてる奴。たぶん」
一瞬、何を言ってるかわからない感じのメアリ。一方のゴルドンは、驚きの目でステリを見ている。だが、アオイとヒバリは、ステリの顔を見て何かを感じたのだろう。パンと両手を打ち付けたアオイの行動を皮切りに、メアリはその話を終わらせにかかっていた。
「そうそう、そんな奴。だから、ゴルは今さらホームシックにならない! それに、あんた男だろ? とことん付き合う。ねぇ、ヒバリ?」
「……、そうだね……。ステリはもう少し言葉を考えた方がいいね……。その情報はともかくさ、ゴルドンもメアリ姉さんの旦那なんだから、もう少しやる気を出してほしいものだね」
「今さら言うのもなんやけど、ほんま、ゴルドンはメアリ姉さんとよく夫婦になれたと思うで? ウチやったらお断りやわ。こんな出不精の旦那、主夫でもいらんわ。第一、でかい。ドワーフなんやから、もう少しちっちゃなりーな!」
いきなりまくしたてられるように責められるゴルドン。だが、何も言い返せない彼は、黙って首を縦に振る。
「ふふっ、アオイらしいね。でも、この階の攻略もたぶんもうすぐだから……。お願いね、ゴルドン」
繰り返されたこれまでの探索で、アーデガルド達はこの階をほぼ地図化できている。
「ほら、うちのお姫様がそう言うんだ。これ以上、グダグダ言わない。ゴルも男を見せなよ」
「ああ……」
「あんたはまた……。気合はいつもお留守番かい!?」
「まぁ、まぁ。メアリ姉さん。戦いが始まったら大丈夫――、でしょ?」
先ほどの緊張はすでに霧散している一行。だが、それはここが安全地帯だからという事でもある。でなければ、アーデガルド達はここまで生きていなかったに違いない。
そして、彼女達はよく知っている。
アーデガルドの前にある扉を開けると、すぐに戦いの連続となることを。ここから始まる地下十二階の探索は、気合の有無に関係しない。すべて気の抜けない戦いがこの後起きる。繰り返される。それを十分に知るほど、彼女たちはここを訪れていた。
そう、今から入るその部屋は広く、奥には扉が一つあるだけの戦いの部屋。
その扉が、次の部屋へとつながる唯一の扉。
まるで、『四つの戦闘が出来る実力がなければ、この階を攻略する資格がない』と、ダンジョンに告げられているように――。そして、それを無視して行動し、実力が足らなかった者達は間違いなくこの階で躯をさらしていた。
「じゃ、いくよ? 一応確認するけど、準備はいいよね?」
アーデガルドの問いかけに、それぞれ今までと変わった顔つきで答える。ただ、ステリだけは無言で前に出て、扉の前に陣取っていた。
「任せて」
一切振り返ることなく、ステリは背中でそう告げる。ただ、その言葉が終わるや否や、ステリの右にアオイが並び、軽く笑みを見せていた。
「せやな。ここはウチとステリが先行して――。でもな、いきなりあの魔法封じは勘弁やわ、ホンマ……、慣れへん……」
それはステリに向けた自嘲の笑み。だが、その話は別のところから帰ってきた。
「アオイは魔法の修練が足りないね。あたしは
「本職の魔法使いのヒバリと同じにせんといて。ウチは魔法戦士。
後ろを振り返ることなく、アオイは誰もいない右側に愛刀をふるう。切り裂かれた空気があげる小さな悲鳴を、アオイは満足そうに聞いていた。
「まっ、それでも出来ることを増やすのは大事なこと。アタシが死んだらアタシの代わりをアオイがするんだからね」
「それ、縁起でもないで? それに、前衛で戦うウチに『魔法も使え』って……。鬼ちゃうん? 誰が『優しいお師匠』なんやろ? ウチも含めて、いったい何人騙されてんの? ホンマ、堪忍やわ」
「大丈夫。私がみんなを守るよ」
ヒバリとアオイの言葉に、アーデガルドが静かにその強い意志を示していた。その雰囲気が全員に、軽い高揚感を与えている。
「――大丈夫」
再び小さくつぶやくアーデガルド。それは誰に聞かせるわけでもなく、自らに向けた言葉だったのだろう。ただ、ステリが開いた扉の音に、アーデガルドの言葉は飲み込まれていた。
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