第8話 聖騎士アーデガルドと仲間たち


「さあ、貴女あなたで最後です、ウケツケージョー!」


 アーデガルドの向けた剣先。そこには人型の怪物モンスターが一人、荒い息で立っていた。見るものを魅了する魔力を帯びている艶めかしい肢体は、所々流れる血でその効果を失っている。しかし、その瞳にはまだ力があり、何かをする気配が漂っていた。


 ただ、両者の周囲をあらためて見ると、すでにその決着は明らかだろう。それでも最初から今まで、その人型の怪物モンスターは戦う姿勢を崩していなかった。


 目の前にある、死してなお防塁と化している動物系怪物モンスターの存在も、彼女ウケツケージョーにとって大きいのかもしれない。


「毎回思うんやけどな、迷宮玄関エントランスホールって、ウチらにとっては楽勝でも、他のとこ探索集団はそれなりに苦労するんちゃう? ウチはゴルのおっさん一人目隠ししとけばええんやけど、他のとこ探索集団って、どうしてるんやろな?」


 明らかに不用心な状態でアーデガルドの隣に進むアオイ。自らはすでに戦う意思がない事を示すように、愛刀の峰を自分の肩に軽く打ち付けていた。


「アオイ!? 油断しすぎ! まだ終わってないよ!」


 アーデガルドがあげる緊張の声は、一応アオイに届いている。だが、それにこたえる気がないように、アオイは肩をすくめていた。


「いや、でも、もうステリが倒してるやん? それにやで、あれってペット動物系怪物倒せば終わりちゃう? こっちから何もせんかったら、どうせ逃げるんやし。でも、まあ、ステリもホンマ物好きやわ。あんなん、適当に相手しといて、あとは放っておけばええのにな。さっきのあのやる気っぽいのも、結局は見せかけやん? まぁ、たまに最後までやるのもおるけどな……。見てる分には綺麗やけど、ホンマ、あれ、ようわからんわ」


 愛刀を鞘に戻し、アオイは再び肩をすくめてそう答える。その意味を理解したアーデガルドもまた、自らの剣を鞘に納めていた。


「少しの油断が死につながる。ここダンジョンはそういう場所でしょ?」

「ハイ、ハイ。アーデ先生が正しいわ。でも、あれはウケツケジョーやで? 基本的に、力を示せば『はいどうぞ』やで? しらんの?」

「それって、ほんと!?」


 驚きの目をアオイに向けるアーデガルド。その視線を正面から受け止めたアオイの顔は、とても自信に満ち溢れていた。


「ウケツケジョーじゃなく、ウケツケージョー。アーデはアオイの軽口は信じない方がいい。あと、倒さないといいもの戦利品出ない」


 アーデガルドとアオイのたわいもない会話に、ステリが上機嫌で参加する。


「えっ⁉ さっきのは嘘? でも、そんな感じ、しなかった……」

「嘘ちゃうよ? ウチの願望やから、真実やん」

「それって、結局、嘘だよね⁉」

「ダンジョンって宿屋の受付みたいなもんやん? いや、看板娘かもしれんなぁ? 代金の代わりが戦闘って感じやけど?」


 頭の後ろに手を回し、軽く口笛を吹くアオイ。その態度にため息をつきながら、アーデガルドはアオイに思いを告げていた。

 

「そんな宿屋、いやだよ……。でも、これから私はアオイの何を信じればいいのかな?」

「ウチは全てさらけ出してるで? それに、アンタの場合は『嘘を見抜く特別な目』ってのが有るんやろ? 大丈夫や! ウチはアーデの味方やから!」

「不思議アーデ。解明したい」

「そんなのじゃないよ……」


 手にした戦利品を握りしめ、ステリは好奇心にあふれた輝く瞳をアーデに向ける。それを目にしたアオイの口元は微笑みながらも、少し悲しげな瞳でアーデガルドを見つめていた。


「はい! じゃあ、それまで! でも、ホンマ、好きやな。アンタ、それ」


 両手を打ち鳴らしてその場の空気を払うアオイ。その言葉に、アーデガルドとステリはアオイに従い話題を変える。


「うん」

「そういえば、ステリはそれ集めているけど、鑑定で何か出るの? 回収しないと死体と共に無くなるみたいだけど」

「いや、いや、なーんも。収集家コレクターも相手にせーへん。知ってるやろ? 出るわけないやん? 他の階でももっとる奴おるやんか? でも、ステリにはなんか意味あるんちゃう? しらんけど」


 ステリの手にある小物アクセサリーをのぞき込み、アーデガルドはほんの少し興味を見せる。だが、ステリの代わりに答えたアオイの言葉が、その興味を一刀両断にしていた。


「――これは……。きっとこのダンジョンの秘密を解き明かす鍵!」


 憮然とした表情を瞬時に変え、勝ち誇った顔を赤頭巾の奥からのぞかせるステリ。


「でた。迷探偵ステリ」


 だが、それをも一蹴するアオイの笑顔に、ステリはその小さな頬を精一杯膨らましていた。そんな二人を見守るアーデガルドを中心に、和やかな空気が広がっていく。

 

 ただ、そんな空気を知ってか知らずか、場違いなほど間抜けな野太い声が、三人の元に届けられた。


「そろそろいいだろ? 目隠し……。それに、もう俺、耐性ついてるだろ……」

「浮気男の言葉は信用できないね。ウケツケージョーの死体が消えるまでは、そのままさ。まさかと思うけど、死体にまで魅了されたら、あたいも生きちゃいけないよ」

「何⁉ 死ぬな! メアリ! お前が死んだら俺も死ぬ!」

「ハイハイ、わかったよ」


 手を引かれながらの不安さが同居しているその声を、メアリの茨の声が一蹴する。そんなやり取りも加わって、一行を包む空気はさらになごみを増していた。


「さあ、さあ、遊びはここまで。そろそろ、気を引き締めて行こうか。――で、アーデ。結局、どの階層にする? この場合、何を優先にするかだけど?」


 地下五階から地下十階の間で、望みの階に行ける昇降機エレベーター

 地下十階から地下十五階の間で、望みの階に行ける昇降機エレベーター


 そのどちらかを稼働させる装置の前で、ヒバリは手を打ち鳴らしてアーデガルドに答えを求める。ただ、それを聞くのはあくまで確認だと言わんばかりに、地下十五階まで降りることのできる昇降機エレベーターが、すでに起動されていた。


「以前と同じ十二階。今日こそあの階の鍵を手に入れましょう。あと、私たちの攻略のついでに、私たちが出来る事も……」

「うんうん、一応、あれも依頼やったし。嫌な奴らでも、とりあえず人助けっちゅうことで――。でも、これって噂のシオン君にも会えるかもってことやんな? ウチ、会った事ないねん。うわ! めっちゃ楽しみやわ! 弱ってるシオン君をウチが――、ムフフ……」

「アオイのそれは病気だよね? でも、『シオン君』って言っても、アオイの好きな『小さな男の子』じゃないよね?」


 隣を歩くアオイの言葉で、軽くため息をつくアーデガルド。そんなアーデガルドの態度を気にもせず、アオイは小さく握りこぶしを固めていた。


「見た目はまだ子供らしいで? しかも、結構クールな感じらしいわ。そのギャップがミステリアス!」

「――子供は苦手。アオイの言う『可愛いは正義』は意味不明」

「そんなステリもウチは好きやで? ステリは間違いなく『小さくて』、『可愛い』やん! まぁ、ウチは同姓の方は興味ないけどな」


 いつの間にか隣に来ていたステリに、アオイは片目を瞑って笑顔で応える。そんなアオイの表情に、ステリは半歩下がって距離を置く。


「まあ、子供はみんな『可愛い』もんさ。でも、ゴルだけは例外。たぶん……。いや、間違いなく、子供の時も『可愛い』とは無縁な存在だっただろうね」

「子供じゃないし……」

「その膨らんだほっぺ。それ、可愛いわ、ステリ。でも、メアリ姉さん等からしたらそうかもな? アーデとウチと――、ステリは間違いなく子供みたいなもんか? いや、アーデは色々育ってるから、ウチらとは違うな!」

「ははっ! そりゃ、言えてる! 戦士系でその育ち具合は普通じゃない」

「さすが師匠! よくわかってるやん! 無駄に歳――」

「アー、オー、イー!?」

「もう! アオイはどこ見て言ってるの⁉ ヒバリまで悪乗りして!」


 目隠しされたままのゴルの手を放し、皆と合流したメアリはアオイたちの会話に参加する。五人の女が語らう緊張感のないひと時が、昇降機エレベーターの出す無機質な音が響く中で過ぎていく。


 だが、それはすぐに終わりを告げる。昇降機エレベーターの到着を告げる音と共に――。


「もう! 行くよ!」


 アーデガルドの憮然とした声に導かれ、一行は昇降機エレベーターの扉をくぐる。それまでの和やかな空気は一掃され、その場に少し緊張感が戻ってくる。


 そして、全員が乗った時――。


 皆の視線に無言で頷き、アーデガルドは地下十二階を示すボタンをゆっくりと押していた。

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