第15話 天才と呼ばれた少年

 ポリタテック帝国に、かつて天才と呼ばれた魔術師の少年がいた。


 弱冠十二歳で最難関の帝国魔術学院を卒業し、偉大な両親と共に魔術研究を大きく発展させる事を期待されていた若き才能。事実、彼は在学期間から新しい魔術を次々と考案し、その才能をいかんなく発揮し、魔術の歴史を大きく前進させることとなっていた。


 だが、その両親が大規模魔術実験に失敗してから、彼の人生は一変して転落する。


 広範囲にわたり、不毛の地と化したその実験場。多数の優秀な魔術師が命を落とすこととなったその魔術実験。彼はその実験の正規メンバーではないが、その日たまたま実験場に来ており、そして彼だけが唯一の生存者となっていた。


 ――その日、何が起きたのか?

 

 関係者は彼にその事を繰り返し尋ねている。帝国も査問会を開いて、彼をその場に呼びつけている。


 ――その事が、様々な憶測を呼ぶことになる。


 実験の失敗は、『勇んだ彼が招いたものでり、両親はその犠牲になった』と言われるようになっていた。


 そして、少年は姿を消す。


 その一年後にダンジョン探索者ヴィジターとして姿を見せた彼は、子供ながらに小さなダンジョンをいくつか攻略していく。その度に違う仲間と共に、ダンジョン探索者ヴィジターとしての少年の知名度は上がるが、同時に過去の事件も彼にはついて回っていた。


 そして、少年はまた別のダンジョンを攻略する。その繰り返しを少年は何度も何度も続けていく。


 各地のダンジョンを渡り歩く彼の目的はわからない。中には攻略前に姿を消したこともあるようだった。しかも、彼は一定の探索集団パーティに所属せず、その時々に参加するスタイルをとっていたため、その真意については誰も知らない事が多かった。


 当然、そんな彼の事を快く思わない者も存在する。


 特に、彼は自分を重視する者達セルフィーだから、それはなおさらのことだろう。もともと、それ以外の性質のものからすると煙たがられるその存在。しかも、彼の場合はその実力と実績も相まって、妬みの対象にもなりやすかった。その上、彼の場合はその時々で仲間を変えることもあって、良いうわさよりも悪い噂の方ができやすかった。中には、仲間を食いつぶすという噂もある。


 そんな彼が十八歳になって訪れたパウシュトダンジョン。そこで『黄金の夜明け』と共に行動を始めて、一気にその名を高めていく。どう見ても十代前半の子供にしか見えないその容姿と共に。


 その彼が、今アーデガルド達の目の前にいる。だが、その事をいったい誰がわかるというのか――。


「シオン君や!」


 しかし、アオイは瞬時にその言葉を口に出していた。確かに光の中から現れたのは、魔術師風の人物、しかもどう見ても大人ではない。だが、シオンは今現在行方不明となっている『黄金の夜明け』の一員。その生死もわからない状況にもかかわらず――。


「アーデ、彼を探索集団パーティに! シオン君! お願いや!」


 転移魔法陣から現れたのがシオンだという事。それに気が付いたのは、おそらくアオイだけだったに違いない。また、転移してきた当のシオンにしても『この場所で戦闘が行われている』とは思っていなかったに違いない。


 だが、今が切羽詰まった状態であることは、シオンは瞬時に理解していた。


「『浄化の炎』」


 アーデからの加入申請を待たずに、シオンは道化リーストーラーに魔法をかける。転移直後の光の中にいるにもかかわらず、彼の魔法は効果を見せる。


 それは不死属性に対して絶大な効果をもつ最上級魔法。


 しかも、通常の炎とはけた違いの威力を見せる青き炎が、一瞬で道化リーストーラーの体を包み込んでいた。


 今まさに、アオイに向けられていた死の宣告首切りの攻撃を覆して。

 苦悶の声が部屋いっぱいに広がり、のちに怨嗟の声に変化する。


「オマエ!? なんてこと!? こんなこと……して……。ただですむと思うなよ!」


 先ほどまでとは全く違う口調になり激怒する道化リーストーラー。しかし、炎が消えたその場所には、道化リーストーラーの姿はなかった。ただ、そこには小さくぬめぬめとした生物が、床の上に這いずっていた。


 しかも、必死に逃げようとしているのだろう。その姿はシオンから遠ざかるように動いている。


「『浄化の炎』」


 再び告げる断罪の声に、断末魔の叫びをあげるその生物。ただ、怨嗟に満ちたその声は、最後に召喚陣を一つ描き出していた。


「もう……。どうでも……。オマエ……。道連れに……」


 その言葉を最後に、やがて力尽きて燃え上がる道化リーストーラーの本来の姿。ただ、彼の残した召喚陣は、最後に信じられないものを呼び出していた。


「オーツ・ボーネ!? クソ! 厄介なものを!」


 まだ、頭の先くらいしか出現していないにもかかわらず、シオンはその名を告げていた。その言葉に、アーデガルドはもとより全員の危機感が最大値を超えていく。


「こいつは、やばいね。シオン、あんたも『命が一番大事』でいいかい?」

「ああ」


 メアリの言葉に即答するシオン。その迷いのない言葉に、メアリは深く頷いていた。


「アンタ、いいね。気に入ったよ、坊や。アーデ、早く坊やを探索集団パーティのゲストに。あと、みんな。装備の事は先に謝っておくからね!」

「まあ、しゃあないか。シオン君に助けられたこの体は大切にせんとなぁ。あっ、ヒバリの体はウチが持つわ」


 メアリのすることが分かったのだろう。アオイがヒバリの遺体を急いで背負いながらそう答える。


 その間に、上位悪魔オーツ・ボーネはすでにその顔を魔法陣から出現させていた。


 その頭上にいくつも巨大な氷の槍を浮かべて――。


「アーデ! 急いで!」


 そのままその姿を完全に表す上位悪魔オーツ・ボーネ。ただ、アーデガルドはまだシオンを見つめて動かなかった。


 ふてぶてしいまでの威圧感を周囲にまき散らすその姿は、まさにこのダンジョンを支配しているような錯覚さえ受けるだろう。ただ、その視線の先にあるアーデガルド達はそれに動じてはいなかった。ダンジョンの仕組みとは無関係な彼女らにとって、その脅威は別のところに存在する。


「アーデ!」


 再び上げたアオイの声に、アーデガルドはシオンを探索集団パーティのゲストに招待する。その申し出を受けるシオン。その瞬間、シオンはアーデガルド達と同じ光で包まれていた。


 そのまま呪文を唱えるメアリを守るように、アーデガルド達は円陣を組む。


 その姿をまるでゴミを見るかのように見つめる上位悪魔オーツ・ボーネ。支配者然としたその姿は、何が起きても『自分は害されることはない』という絶対の自信があるのだろう。


 攻撃の前に、ニヤリと笑う上位悪魔オーツ・ボーネの顔は、何故かシオンに向けられていた。当然のように、それを笑みで返すシオン。


 その狭間で魔法が紡がれ、オーツ・ボーネが魔法を完成させていた。


 一気にその力を解き放たれた白銀の世界。何者も彼女の許しなく動くことができないような凍てつく世界が、その部屋を一瞬で覆いつくす。


 上位悪魔オーツ・ボーネが使う最上級の氷結魔法。


 それは他の生物の時を止める絶対領域。上位悪魔オーツ・ボーネが好んで使う事で有名だが、人が使う事が出来ない魔法としてもダンジョン探索者ヴィジター達に知られている。


 ただ、そのあとに残るものは広く知れ渡っている。そこは煌めく光で満ち溢れる、純白の空間。荘厳にして清らかなその白銀の世界を、死から生還した者が語ることで。


 それまでの装いをがらりと変え、真っ白に染め上がったその部屋で、彼女は笑い続けている。


 そう、他の生きるもの組み伏せる、過酷な環境となった中心で――。

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