第5話 情報屋(前編)
「よう、メアリ姉さん。景気はどうだい? 何かいい情報があったら買うぜ?」
元はどこかの盗賊団に属していた。そう言われてもおかしくない風貌のドントは、下品な作り笑いを浮かべながら、迷わず司祭衣を着たメアリに声をかけていた。
そのテーブルを囲っているのは、六人の
だが、彼はそれが当たり前だという顔をして、彼女に話しかけていた。
「無いよ。あっても用はない。他をあたんな」
そんな彼を見ようともせず、メアリは片手でドントを追い払う。ゆったりとした司祭衣の上からでもわかる豊満な胸を凝視するドントを、その視界に微塵も入れようとせずに。
しかし、ドントもそのままでは引き下がらない。むしろ、ねっとりと絡みつくような視線を送るドント。その口元にうかぶ卑猥な笑みは、さらにいやらしさを増していた。
「つれないぜ、メアリ姉さん。同郷のよしみってもんがあってもいいだろ? 何ならアンタ自身の情報でもいいぜ? この俺が高く買い取ってやるよ。それとも、俺が教えてやってもいいんだぜ? へへっ、アンタも知らない、本当のアンタってのを――」
「おい!」
その瞬間、その言葉をかき消すような大きな音が酒場中に響き渡る。テーブルを破壊する勢いのような衝撃は、あたりに酒を盛大にぶちまけつつ周囲の視線を集めていた。ただ、酒場がそれで静まり返ったのもつかの間、そこはすぐに元の喧騒を取り戻していく。
この酒場にあってはそれが日常――。
何事かと思いはするけど、
しかし、メアリの隣に座るゴルドンだけは、相変わらずドントを威圧するように睨み続ける。もっとも、屈強なドワーフ――ドワーフにしてはかなり長身――である彼の威圧をまともに受けているにもかかわらず、ドントは物おじせずに薄ら笑いを浮かべていた。
「へへっ、ゴルドンよ。ドワーフが酒を無駄にしたらダメなんじゃねぇか? お前、酒の神の罰が当たるぜ?」
ドントの指が示すその先。そこには、さっきぶちまけた酒がたまり落ちている。もっとも、すでにゴルドンがもつ容器自体は壊れている以上、徐々にそれは少なくなっている。
いずれにせよ、普段物静かなゴルドンには珍しい激高ぶりは、仲間も一瞬驚いていた。
「おいおい、そんな怖い顔して睨むんじゃないぜ、ゴルドンよ。それに、夫婦とはいってもドワーフのお前には関係ないぜ。これはノーム同士の挨拶みたいなもんだ。まあ、同族にしかわかんねぇだろうけどよ?」
そんな態度に臆することなく、ドントはにやけた顔をゴルドンに向ける。そんな態度も気に入らなかったのだろう。屈強なドワーフ特有の気配を全開にしたゴルドンは、今にもドントにとびかかりそうになっていた。
「ゴルもドントもいい加減にしな。毎回、毎回……。いいかい、ゴル? そいつの言う事を一々真に受けるんじゃないよ……。――で? ドントの用事ってのは、何だい? 言っとくけど、あたいらはあんたら『黄金の夜明け』の騒動に、一切関わるつもりはないからね。聞いといて何だけど、話はこれで終わりだよ。わかったんなら、さっさとよそに行きな」
話題の中心にいるメアリは、相変わらずドントを見ていなかった。ただ、顔にかかっていた金色の長い髪を無造作に払いつつ、最後に赤い瞳を一度だけドントに向ける。『それ以上話すとわかっているね?』と言わんばかりの殺気と共に。
「その様子だと、話はもう知ってるみたいだな。さすが、メアリ姉さん。話が早くて助かるぜ、へへっ」
しかし、ドントはその気配を軽くかわして話を続けようとしていた。その小さな体のどこにどれほどの胆力があるのかわからないが、刺すような視線をその体に浴びてもなお、彼はそこから立ち退く気配を見せなかった。
「アンタ、アホなん? メアリ姉さんは『関わらへん』って言ったばっかやん。ちょっと一回、死んでくれば? そ・れ・と・も、今、ここで、死んどく?」
ゴルドンの隣に座っていたアオイが、そう言ってドントを睨みつける。それまでの黒髪の華奢な少女の仮面を取り去り、熟練の女剣士の雰囲気をまとうアオイ。その茶色い瞳に宿る殺気を浴びては、並の人間ならひとたまりもないだろう。
ただ、ドントに殺気を叩きつけながらも、アオイは給仕の者を呼んでいた。その者がアオイのそばに来るやいなや、ゴルドンの壊れた容器を奪って渡し、新たな酒を頼んでいた。弁償代として、その手に銀貨を握らせながら――。
「おいおい、アオイ。勘弁だぜ。
一変して凍てつく空気を感じたのだろう。ドントはそれまでの口調を一瞬で変えていた。さっきまで見せていたおどけた雰囲気も無くなって、本気で焦っている様子が伝わってくる。一方のアオイは暗い目をドントに向けたまま、静かに刀を抜こうとする。
「それに、アンタら
自分の調子を取り戻すかのように、再びおどけた調子で一歩下がる
互いに譲る気がない空気が、そこに堂々と居座り始める。だが、それを打ち払うかのように、アーデガルドがそれまでの沈黙を破って話始めていた。
「もういいよ、アオイ。どうせ、この男はただの使いだしね……。で? 何かしら? 『黄金の夜明け』の筆頭
金色の長い髪と青い瞳をもつアーデガルドの表情は、その話の間も全く変化がなく淡々としたものだった。これ以上の話は時間の無駄だという事を雄弁に物語るように、冷たく彼を見つめている。
これ以上、その場にとどまるべきではない。誰が見てもそう判断するに違いない。
もっとも、この
だが、ドントは彼女たちの想像の上を行く。
再びアーデガルドの姿を嘗め回すように見つめた後、ドントはそれまで以上に仰々しい態度と共に、その頭を下げていた。
「いやはや、ゾクゾクしてきますな。さすが、アーデガルド・コーデリア・フォン・マリル・エッセンブルト姫様。世が世なら、女王様になられたお方。ぜひ、そのお側にお仕えしたいと――」
「キモイ。アーデはアーデ。さっさと『さよなら』言って、さっさと去る。でないと死ぬ。むしろ死ぬ?」
感情のこもっていないその声を、ドントはその耳元で聞くことになる。首筋にすっと短剣が当てられている感覚と共に――。
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