第一章 別れと出会い

第4話 デーイキー・ンムダの酒場

 パウシュトダンジョンの迷宮地下一階アンダータウン。そこにあるデーイキー・ンムダの酒場は、いつも喧騒に包まれている。


 多くのダンジョン探索者ヴィジターが集まるこの店は、他の街では珍しいダンジョンの地下一階部分という場所に店を構えている。とはいえ、それはこのパウシュトの街では特別珍しい事ではない。なぜなら、迷宮地下一階をアンダータウンと呼ぶように、ダンジョンの地下一階部分が丸ごと街になっており、そこには多くの店があるのだから。


 そう、この地上にある街に匹敵する広さをもつ迷宮地下一階アンダータウンは、もう一つのパウシュトの街。ただ、地上と区別するために、地下にある街は、『裏のパウシュト街』とも呼ばれていた。


 もっとも、『裏のパウシュト街』と言われていても、迷宮地下一階アンダータウンの治安はそれほど悪いものではない。


 色々と『訳ありの者達』が流れてくることで、自然とその名がついているのかもしれないが、ここに住むのは基本的にダンジョン探索者ヴィジター達である。そして、彼ら相手に商売する者達がそこに集っているのだから、ある一定の不文律が存在するのは当たり前の事だろう。


 しかも、不思議な調律が働くようで、『大きな問題を起こす者は、いつの間にかいなくなる』というのが、この街に住む多くの者が持つ認識と言えるだろう。


 そして、不思議な事と言えばもう一つ。

 ダンジョンの地下一階部分であるにもかかわらず、そこを街と呼ぶ最大の理由でもあるその現象。


 それは、迷宮地下一階アンダータウンには空があり、天候も地上のそれと同期するという事だった。


 そこが地面の下である事を忘れるほどに――。


 つまり、地上が雨なら、地下も雨。地上が朝なら、地下も朝。この迷宮地下一階アンダータウンのその仕組みが、どうやって実現しているのか。そこにはまだ知られていない魔法の存在がある。多くの魔術師が調査して、そう結論づけられているものの、未だにその実態は明らかになっていない。


 おそらく、各国の魔術師たちが頻繁に出入りする理由もそこにあるのだろう。そして、その中にはダンジョンに魅了されたのか、調査し続ける者達もいた。だが、彼らも生計を立てなければならない。自然とダンジョン探索者ヴィジターを相手に商売する者達が現れてくる。ただ、それだけでなく、自らダンジョン探索者ヴィジターとなる者もいた。


 そんな街にあるデーイキー・ンムダの酒場は、その中でも街の中央――地上の街では大尖塔がある付近――に店を構える。そして酒場の入り口の正面には、ダンジョン地下二階に続く階段の入り口がその口を大きく開けている。


 そんなデーイキー・ンムダの酒場を、ダンジョン探索者ヴィジター達がもっともよく利用するのは、当然と言えば当然だろう。


 円形の大きなテーブルと、丸太をただ切っただけのような簡素な椅子の組み合わせが所狭しと置かれている店内。簡素で質素な店にもかかわらず、その店から人の声が絶えることはない。もちろん、その店が『一度も閉まったことがない』ということは、言うまでもない事だろう。


 ただ、雑然とした店内だからこそ、言い争う声も絶えることがなかった。もっとも、テーブル間の隙間がほとんどない場所すらあるのだから、それは仕方がないことだと言える。ただ、目当ての場所にたどり着くのも一苦労する店内だからこそ、無駄な争いを起こさないように、ダンジョン探索者ヴィジター達は探索集団パーティごとに、自分たちの座る位置を決めている。


 それは、誰がどうとり決めたわけではない。ただ、彼らは自然と自分たちが集まる場所を決めて、そこに集う。だが、そこには当然序列が存在する。


 店の奥に、レベルの高い探索集団パーティが余裕をもって集う。

 店の入り口付近に、新参者の探索集団パーティが日々その場所に帰ってくることを誓い合って――。


 それは、店の奥に行けば行くほど、テーブルの間に余裕があるというからという理由だけではない。最奥にある一組のテーブルセットがひと際目立ってそこに置いてあるからだろう。


 もっとも、すんなりとそれが決まるものではなかった。


 集まる時間が重なれば、その場所をめぐる争いが起きることは珍しくもない。しかし、その場合は実力のある探索集団パーティに優先権があるのは言うまでもない。


 だから、実際に争いが起きるのは、いつも実力が拮抗する探索集団パーティの場合だけ。


 ただ、ここでの争いは『周囲が迷惑する』ので、互いの探索深度で優劣を決めることが多かった。だから、この酒場の喧騒の中に、互いの探索深度を言い争う声があるのは否めない。


 そして今――。


 その店の比較的奥にある一角で集まる探索集団パーティに、一人の情報屋が軽やかに近づいていく。


 多くの人でごった返す酒場の中を、まるで散歩にでも行くようなその足取り。


 もし、彼の顔をしっかりと見た者がいたのなら、その不気味な笑顔に思わず顔を強張らせたことだろう。


 そして、彼の事を知っているものはこう思う――。彼が向かおうとしている探索集団パーティに、これから災難が降りかかるであろう――と。

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