第24話 旧友との再会

 レオポルドは随分酔っていた。父である国王とひとしきり話したところで、歩けなくなる前に帰らないとまずいなと考え、そろそろ退室することを父に告げる。

 よろっと立ち上がり、ドアノブに手をかけたところで、声をかけられ手が止まる。


「そういえばバートランドが来ておるぞ」


「バートが?」


 懐かしい友の名を聞いて早く会いに行きたくなり、礼をしてから足早に部屋を出る。

 自分の部屋はすぐ下の階だが、さらに階段を降りて、バルコニーまで出た。心地よい夜の風を感じて、フーッと深呼吸。酔いを覚ましてから、予備にと貰っていたフーワを使ってバートの姿ーー燃えるような濃い赤い髪の隣国の王子を思い浮かべる。暫くしてから、ポンっと音が鳴り、バートに繋がったことを知らせてくれる。


「バート、久しいな! 僕だ。レオポルドだよ」


『んあ!? これお前の風魔法か? 久しぶりだな』


「ああ! 父上から君が来ていることを聞いて、フーワでかけたんだ!」


『フーワ? よく分からんが、帰ってきてるなら、今からこっちに来て話すか?』


 もう夜も更けて深夜だ。本来であれば客人の居室に行くなど、男同士であっても失礼にあたる。

 普段なら断るところだったが、久しぶりに旧友の声を聞いた嬉しさと、……あとちょっぴり酔っていたこともあって、「ああ、今行く」とすぐに同意した。


「あ? 珍しいな。まぁいい。オレも話したいと思ってたところだ」


 そもそもバートはそこまで礼儀を気にしない質だった。当然礼儀を必要とする相手であれば王子として対応するが、レオポルドに対してはもうすでに気を許していた。

 それもあってレオポルドを誘ってみたが、言ってからレオポルドならこんな夜更けには断るか?とも思っていた。しかし答えは Yes だった。レオポルドもやっと自分にそこまで気を許してくれたのかと少し嬉しくなりながら、レオポルドが来るのを待つことにする。


 レオポルドはすぐさま風魔法で飛んで、来客用のアパルトメントまで来た。窓から入る方が早いが、それはさすがにせず、階段を上がって扉の前まで行きノックする。

 バートは片手で扉を開けると、すぐさま剣に手をかけて不敵な笑みを浮かべた。その黒い眼光がギラリと光り、大きな輪っかの耳飾りがシャランッと鳴る。


「いつでもいいぞ」


 しかし待てども出るはずの呪いの風は、出現しなかった。

 以前からレオポルドの呪いの風はバートには効かなかった。

 正確にはレオポルドに近づいて風が出現した瞬間、持ち前の瞬発力で躱し、更に剣で風魔法を切り裂き、無力化していた。

 今回もそのつもりですぐ剣を構えたわけだが、想定とは違い風は発生しなかった。


「もう大丈夫だ。風は出ないんだよ」


 涙ぐんで呪いが出ないことを報告してくれた友の肩を、バートはバンバン叩いて一緒に喜ぶ。


「それは……よかったなッ!!」


 痛いよ、と言いながらもレオポルドは本当に嬉しそうだった。

 ひとしきり喜んでから、レオポルドを部屋に招き入れると、レオポルドから少なからず匂う酒の香りに気づく。


「もう飲んできたのか? オレともどうだ?」


 部屋に確保してある酒を選ぼうと、手を伸ばしたところで断られる。


「すまない。父上と飲みすぎてね。お茶をもらえるかな」


「ははは! 呪いが解けたなら、国王陛下とも積もる話もあっただろう!」


 せっかくの誘いを断られたことなど微塵も気にせず、侍女にお茶を頼む。


「ああ、そんなところだ。いつぶりか分からないくらい、ゆっくり話ができたよ」


「それは本当によかったなぁ。国王陛下もかなり気に病んでおられた。オレもお前から初めて風で攻撃された時は、何事かと思ったしな!」


 ははは、と豪快に笑うバートは、当時のことに想いを馳せる。



*****


 バートはこの国フリードウッド王国に来てから、充実した日々を送っていた。十五歳になり体つきもしっかりしてきたところに、隣国で一つ年下のライバルがいたことが充足感の一番の要因かもしれない。

 バートの国マクスタット王国と隣国であるこのフリードウッド王国は防衛協定を結んでいた。そのため交流にきていたバートは、一緒に身体を動かすのが一番の交流だと、今日もレオポルドを剣術に誘いに来ていた。


 案内されてレオポルドの部屋の近くまで来てみると、廊下で何人かの使用人たちが少し恐怖の混じった顔で集まっていた。その少し離れた先には悲しそうに目を伏せている銀髪の少年レオポルドがいる。


「レオポルド殿下、もう手当ても済んでおりますし、大事には至りませんでしたから、お気になさらないでくださいませ」


 そう言って礼をして去っていく使用人の手には真新しい包帯が巻かれていた。

 何かミスでもあって怪我をさせてしまったのかな?と思ったが、話も終わったようなので自分もレオポルドを誘いに近づいた。


「レオポルド! 今日もオレと剣の……」


 次の瞬間、目の前に突然ヒュルルルッと風が巻き起こった。


「バートッ!」


 レオポルドは慌てて距離を取ったが、もう出てしまった風魔法を消すことはできない。


 瞬時に攻撃と判断したバートは、その場から飛び退き1メートル後ろに下がった。まだ追いかけてくる風に向けて、持っていた剣で数回斬りつける。

 そうすると、襲いかかってきた風魔法は跡形もなく霧散した。


 それを見てホッと膝をついたレオポルドだったが、すぐに友人に攻撃魔法を出してしまったことに、泣きそうになりながら訴えてくる。


「……違うんだ。バート、僕は君を攻撃したかったんじゃないんだ。……僕の意思とは関係なく、風魔法が出てしまうんだよ。……すまない」


 床に手をついてふるふると震えながら、謝罪するレオポルドに、外交問題にする意思はないと伝えるため、バートは努めて明るく返す。


「不意打ちを喰らった時の訓練にちょうどいいな! オレ様にかかれば、こんな攻撃いつでも避けられるってことが分かったわけだ」


「怒らないのかい?」


「ちょっとびっくりしただけだ。お前がオレを本気で殺そうとするとは、思わないからな」


 ニカっと笑ったバートに、レオポルドは涙をこぼしながら「ありがとう」とお礼を言った。



*****


「あれから何度か辺境伯領にも来てくれたよね」


「あぁ、ちょうど帰る道だしな」


 そう言っていつも呪いを物ともせず会いに来てくれたことに、レオポルドは少なからず救われていた。王子という立場上頻繁にとはいかないが、レオポルドの様子を心配して会いに来てくれるバートは、すでにレオポルドに取って唯一無二の友になっていた。


「君が僕を訪ねてくれるたび、僕がどれだけ嬉しかったか……」


「よせよ、男同士でそんな話。まぁ、お前のそういうところ嫌いじゃないけどな」


 バートは断りつつも、素直に嬉しかった気持ちを伝えられるレオポルドを好ましく思っていた。だからこそ意思とは関係なく人を傷つけてしまうことに、どれだけレオポルドが苦しい想いをしていたのか想像して心を痛めていた。


「ではまた手合わせしてくれるか?」


「もちろんだよ!」


 呪いが出てからは剣術の手合わせはしていなかった。久しぶりに剣を交えることができることに二人は歓喜していた。

 それでも久しぶりに剣を振るうレオポルドのために、今回は風魔法アリだなとハンデを約束してくれる。


 それからもお茶に次いで結局お酒も持ち出した二人の会話は、話が弾み夜更けまで続いた。

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