第25話 異国からの贈り物
僕は先日の謁見で許可を取り付けた温室に、グリーゼルを伴って来ていた。
今日の目的は温室の見学であってデートじゃないが、せっかくなのでグリーゼルをエスコートしてまずはゆっくり奥まで花を見て回ることにした。
決して先日父上からグリーゼルを口説けと言われたことを気にしてる訳じゃない。
時間だってたっぷりとあるし、ただ花を見て楽しむグリーゼルも見てみたいなと、思っただけで。
それなのに…………なぜ彼らが一緒なんだ‼︎
楽しそうに花を見て回るグリーゼルの近くには、ナーシャ嬢とエルガーもいる。城門から温室までエスコートしている途中で二人に会い、「わたしも是非見せていただきたいですっ!」というナーシャ嬢とその願いを叶えたいエルガーが、半ば強引に着いてきてしまった。グリーゼルは反射的に同意してしまっていたが、嫌じゃないんだろうか……。
「キレイ! この花なんて見たことありませんわ」
グリーゼルは、上品な青紫色をした法螺貝のような花を見て珍しそうに微笑んだ。色とりどりの小さい花がいくつも付いている花の前で、嬉しそうにその花をエルガーに見せようとしているのは、ナーシャ嬢。
まぁ、グリーゼルが思ったより楽しんでくれているみたいだからいいか、と滅多に見ないグリーゼルのはしゃぐ姿に思わず口元が緩む。しかしそんな穏やかな気持ちに水を差すように、後ろからの声が割って入る。
「その法螺貝みたいな花はアコーニタムと言って、我が国でもとても珍しい花なんだ。その隣の小さな花がいっぱい付いてる方はアガパンサスと言って、愛の花と言われているよ。プロポーズの時に送ったりするな。我が国ではどちらも元々白い花なんだけどね。美しい君たちにとてもよく似合う」
「まぁ、素敵ですわ。白い花もきっと清楚でキレイでしょうね」
花のように微笑んでそう言ったグリーゼルは、振り向いた瞬間なぜかピタリと止まった。
振り向いてみると、説明をした声の主はエルガーではなく、バートだった。
「バート……」
「麗しい令嬢たちを連れて花
バートの国は情熱的な人が多い。バートもご多分に洩れず情熱的……と言えば聞こえはいいが、女好きだ。
バートが軽口を叩きつつ、スタスタとナーシャ嬢とグリーゼルに近づいていくので、二人に紹介する。
「彼はバートランド・ヴァン・メイヤー。隣国マクスタット王国の王子だ。我が国とは頻繁に交流もあるから、昔馴染みなんだ」
バートとは幼い頃に何度も互いの国を行き来して、その度に剣術の手合わせをして遊んでいたから、それなりに気安い言葉でも許される間柄になっていた。
隣国はこの国ほど魔力が高くない国だが、山岳地帯に囲まれた軍事大国だ。幼い頃から剣術の腕に磨きをかけて、弱ければ恥とされる風習がある。
隣国で鍛え上げられたバートには、剣だけで太刀打ちできる者は騎士数人と僕たち兄弟くらいだった。それでも勝てたことは数えるほどしかなく、時には風魔法アリで手合わせさせてもらったが、そうするとさすがに僕の圧勝だった。
ナーシャ嬢の近くにいたエルガーも後ろを振り返り、懐かしい旧友の姿に破顔する。
「あぁ、バート! 久しぶりだな」
エルガーはバートと握手を交わして、再会を喜ぶ。
その様子を見ていた令嬢たちはというと、ナーシャ嬢は胸の前で手を合わせて目をキラキラさせて、グリーゼルは無言でジーッとバートを観察して考え込んでいるようだった。
*****
私が見たことのない色とりどりの花を見ていると、後ろから花の説明をしてくれる声が聞こえ、振り向いて驚く。
そこにいた人はまだ会ったことはない筈だが、知っている人物だったからだ。
乙女ゲーム『王子たちと奏でる夢』の攻略対象キャラで、パッケージにも描かれていたバートランド王子。私自身はレベル上げする時間がなくて攻略していなかったが、プレイする前に SNS で熱狂的なファンの人のネタバレをうっかり見てしまった。確か女好きだけど騎士のように強くて、最後はヒロインに一途になる、とかそんな感じだった気がする。
確かに少し開けたシャツの胸元からは、筋肉である胸板がチラリと見えて、色香を放っていた。花を見る横顔も整っていて絵画のよう。それに加えて、あの甘い言葉だ。ゲームをプレイした乙女たちがメロメロになるのも無理はない。
「我が国から送った花の様子が気になってね。よく見にくるんだ」
レオポルドに紹介された彼はどんどんこちらへ近づいてきた。高い背を屈めてナーシャ嬢の手を取り、その甲に口付ける。
「また貴方のような可愛らしい女性にお会いできるとは嬉しいよ、ナーシャ嬢」
「お久しぶりです。わたしもバートランド様に会えて嬉しいです!」
何やら隣から小さい声で「キャー! リアルスチルいただきました。」とか聞こえたが、聞かなかったことにした。ああほら、バートランド殿下も不思議そうにしてるじゃない。もしかしてここにバートランド殿下のイベントがあることが分かっていて、強引に付いてきたのかしら?と思ったが敢えて口に出すことはしない。その後ろでエルガー殿下が何か言いたそうな顔をしていた。
「ナーシャ嬢には会ったことあるのかい?」
「あぁ、以前森に出かけた時に獣に襲われてるところを助けたことがあってな。それから何度か一緒に出かけたんだ」
『王子たちと奏でる夢』は乙女ゲームには珍しく戦闘システムがある。と言っても RPG のような本格的なものではなく、「戦う」「逃げる」の選択肢しかない簡易的なシステムだ。それを攻略対象者と一緒に戦うことでも好感度を上げる。バートランド殿下はその戦闘システムでイベントが発生することが多く、レベル上げが必要なキャラだった。たまの休みにしかやっていない前世では、そのレベル上げをする時間がなく、攻略していないし、当然今の私は戦闘なんてしたことがない。ナーシャ嬢はその戦闘イベントでバートランド殿下と会っていたんだろう。レベル上げしたようなことも言っていたし。
「レオポルド、こちらのご令嬢を紹介してくれるか?」
そう言ってバートランド殿下は指先を私に向けた。身分が上のバートランド殿下に対して、私が自ら名乗ることは失礼にあたりできないので、大人しく紹介していただくのを待つ。
「こちらはグリーゼル・ツッカーベルク侯爵令嬢だよ。僕の城に客人としてお招きしているんだ」
バートランド殿下がクルッと私の方に向き直ったので挨拶する。
「初めまして、バートランド殿下。わたくしはグリーゼル・ツッカーベルクでございます。お会いできて光栄ですわ」
片膝を曲げて淑女らしく挨拶をすると、バートランド殿下は私の手も取る。
「気品溢れる貴方には美しい花が似合うね。お気に召した花があったら、我が国から取り寄せましょう」
そう言って手の甲に口付け……されなかった。
レオポルド様が遮るように間に入ってきたからだ。
「僕の呪いが出ないようにしてくれたのが彼女なんだ」
にこやかに誤魔化すレオポルド様だが、バートランド殿下の笑顔は引き攣っている。
「レオポルドォ……」
それと睨み合うようにしてレオポルド様も引かない。
「まぁ、風魔法が出ても……」
ーー!? 風魔法がまた出たの!?
出ない筈の風魔法ーーつまり呪いが出たのであれば大事だ。
「まさかまた呪いが!?」と私は慌ててレオポルド様の胸を触る。そこにすかさずエルガー殿下から「不敬だぞ!」と抗議が入り、ナーシャ嬢からは「やっぱり攻略するつもりなんですね!」とか言われるが、今はそれどころではない。
調べてみても呪文は変わってなさそうだし、発動もしていなさそうで、おかしいと思ってレオポルド様を見ると顔を真っ赤にしていた。
「すまない。風魔法が出てもバートなら無効化できるから……と言おうとしただけで……」
と最後は消え入るような声で、片手で顔を覆ってしまった。
勘違いと分かった私も、パッと離れすみません!!と俯いて謝罪した。勘違いでなんて不敬なことをしてしまったんだろう。冷や汗が止まらない……。
程なくしてエルガー殿下はバートランド殿下から引き離すようにナーシャ嬢を連れて、他の花を見に行ってしまった。
レオポルド様は……まだバートランド殿下と言い合っているようだけど、本気での言い争いをしているというより、仲のいい兄弟と戯れているように見えて、なんだか可愛いなとさえ思ってしまう。
仕方がないので、私は隣国の花アコーニタムの向こうまで行き、温室を先に調べることにした。今日一番の目的だし、どんな魔法が使われているのか、わくわくする。
温室の調査に熱中するあまり、周りに徐々に広がってくるそれに気付けないでいた。
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