第二章

第23話 親子で交わす盃

「こうしてお話しするのは久しぶりですね」


 僕がワイングラスを傾けると、それに当たらない程度にワイングラスを傾けてきたのは、僕の父上であり、この国の国王その人だ。

 フーワをお渡ししたのでそれで話をしてもよかったのだが、滅多にない機会だし直接会って話がしたかった。

 まだ歳若い頃に辺境伯領に移ったから、こうして酒を酌み交わすのは初めてかもしれない。


「お前が十四の時だったか。コンラートのところへ移ったのは」


「はい。まだ未熟だった僕に、叔父上はよくしてくださいました。あんなことになってしまい、残念でなりません」


 コンラート・ツーゼ・フリードウッドは先代の辺境伯で、父上の弟君だ。

 呪いが発現した僕を養って、まるで親子のように接してくださった。

 それが僕の呪いのせいで亡くなってしまうまで、王族として必要な様々なことを、僕に教えてくれた。

 最後には僕を恨んでないことと、呪いは必ず解けると言い遺し、この世を去ってしまった。

 死に際まで、僕が気に病まないように考えてくださって、本当に優しい二人目の父上だ。


「コンラート叔父上は、最期に僕の呪いは必ず解けると言ってくださいました」


「コンラートの予言通りという訳か。それで……風は出てないようだが、呪いは解けたんだな?」


「いえ。完全には解けてはいません。ですがグリーゼルが、次に呪いが発動するまでの期間を、半永久的に伸ばしてくれたのです」


 今日父上とはこれを話すために来た。公の謁見ではグリーゼルのことを全ては伝えられない。


「ほう。またグリーゼル嬢か。こうしてお前と酒を飲めるのも彼女のお陰という訳だな。そう考えるとあれっぽっちの褒賞では足りぬやもしれんな」


 そう言いながら、ワインを一口含む。

 呪いのことは公にされていない。僕は表向きはあくまで、療養の為引きこもっている王子だ。だから例え呪いを解呪したとしても、公には褒称することはできない。しかし呪いを表に出さない形であれば、彼女のために何かすることはできる。


「確か彼女は闇属性の魔力を持っていたな。しかし解呪さえ難しいと言われる呪いを、書き換えるなんて聞いたことがないぞ」


「はい。僕も初めて聞きました。彼女自身が試行錯誤して導き出したようです。グリーゼルの能力は計り知れません」


「ふむ。確かに。呪いを改竄できる上に解呪できるとなれば、命を狙われてもおかしくないな」


 闇属性の魔力を持つ者は貴重で、呪いをかけるために国や貴族が雇うか、管理している場合が多い。しかも今まで解呪できる者は数えるほどしかおらず、そのほとんどがこの国の貴族と契約して厳重に守られている。その上ピトサイト鉱石の発見で、魔道具の開発までできるとなれば、どの権力者も喉から手が出るほど欲しがるだろう。そしてそれが叶わないと分かれば、敵が力を持ちすぎないように排除しようとする。


「そうです。ですから彼女には護衛をつける必要があります。許可をいただけますか?」


「よかろう。我が国に必要な人材であることは間違いない。侯爵には話をつけておこう」


「ありがとうございます、父上」


 ふぅと短く息をついて、僕を見る父上は少し寂しそうだった。


「お前には父親らしいことはほとんどしてやれなかったな。コンラートが羨ましくさえあったよ。しかしお前のところにグリーゼル嬢を送り込んだことだけが、唯一功を奏したようだ」


 初耳だった。

 え、父上がグリーゼルを?と目をまんまるに見開いて聞き返してしまった。

 父上はワインを一口含み、頷きながら続けた。


「あぁ。グリーゼル嬢はエルガーの婚約者として王妃教育は始まっていたし、そもそもツッカーベルク侯爵のご令嬢だ。身分は申し分ない上に闇属性の魔力まで持っている。婚約が叶わなくても、いずれ次期国王か次期王妃のサポートができるような位置に着けるべきと考えてな。お前の補佐になればと顔を合わせたんだ。それにあわよくばレオポルドの呪いを解いてくれたらと期待していたら、予想以上の成果を上げてくれたという訳だ」


 父上……と頭を抱えた。僕のところに来てくれたお陰で呪いが出ないようにしてくれたのはその通りだが、そのせいでグリーゼルは大きな傷跡を作ることになってしまった。


「せめて侍女ではなく客人として来てくれれば、もう少しなんとかできたかもしれなかったというのに」


「ん? 私はグリーゼル嬢には、辺境伯に仕えるように伝えた筈だが? ……補佐として」


 よく分からないというように首を傾げていたが、父上が最後に目を逸らしたのを見逃さなかった。


「陛下、その補佐というのはきちんと伝えましたか?」


 目が泳ぐ父上の職務を追求するように、敢えて「陛下」と呼ぶ。しかし聞かなかったかのようにスルーして、また聞き返してきた。


「まさか侍女として雇ったのか?」


「はい。侍女として来ましたので」


 二人ではぁぁぁと深いため息を吐き、後日ツッカーベルク侯爵とグリーゼルに謝罪する相談をする羽目になった。


「彼女は僕のところにきたせいで、呪いで大きな傷を作ることになってしまいました。今のところ僕に利はあっても、彼女には不幸でしかありません」


「……ふむ。そんなことになっていたのか。少し楽観すぎたな」


「楽観すぎです‼︎」


 父上は苦笑いでお茶を濁して、暫く思案する。


「それでは責任を取って、お前が娶るというのが常道ではないか?」


「父上、彼女は僕の弟であるエルガーに婚約破棄されてるんですよ? その兄である僕との婚約が彼女にとって嬉しいと思ってるんですか? それに僕は呪われています。今そんなこと言っても、罰ゲームにしかなりませんよ。」


「ほう。今はな……。その言い方だと、お前が彼女にまだ相応しくない、と聞こえるが。」


「〜〜っっな!?」


 含ませるつもりはなかった意図をあっさり見破られ、顔が真っ赤に茹で上がる。両手で顔を覆って項垂れるしかなかった。さっきまでこっちのペースだった筈なのに、いつの間にか主導権を握られていた。これがいつまで経っても親には敵わないってやつか……。


「ふははは! 満更でもないということがよく分かったわ! 彼女への謝罪と褒美は私の方で考えよう。お前はどうグリーゼル嬢を口説くかを一番に考えよ」


 楽しそうにワインを飲む父上を前に、僕はもう酔って忘れてしまいたい勢いでワイングラスをあおった。

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