第22話 国王陛下からの課題
数日後の朝、レオポルド様はわざわざ我がツッカーベルク侯爵家まで迎えに来てくれた。
私は朝から純白の手袋に、首まであるゴールドの刺繍が入ったドレスを着て、おめかしをしている。肩から胸にかけてある傷を隠すデザインで、謁見しても失礼のない装いだ。それを見たレオポルド様は少し顔を赤らめながら複雑そうなお顔をなさって、「とても綺麗だよ」とだけおっしゃってくださった。
城まで着くとレオポルド様は私を謁見の間までエスコートしてくれる。
ギィ……と重厚な扉が音を立てて開くと、赤い絨毯の先に、玉座に腰掛けるこの国のトップでありレオポルド様のお父様であるそのお姿が見える。
「第一王子レオポルド、グリーゼル・ツッカーベルク公爵令嬢を伴い、参りました」
レオポルド様の口から私の名が告げられると、謁見の間がざわりと騒ぎ出す。エルガー殿下に婚約破棄され、社交会からはほぼ追放状態の私が、第一王子に伴われて現れれば当然の反応だろう。
「よくぞ連れて参った、レオポルド。グリーゼル嬢、久しいな」
「ご無沙汰しております。この度は謁見のご許可をいただき、恐悦至極でございます」
片膝を曲げて優雅に淑女の礼をする。
その完璧な淑女たる振る舞いに、周りの貴族たちは思わず息を飲んだ。
顔を上げると謁見の間には、エルガー殿下も来ていた。身分の低い男爵令嬢であり、婚約者ですらないナーシャ嬢はいないようだ。
「それで与えた課題はどのような塩梅か、聞かせよ」
陛下の問いに恭しく礼をしたレオポルド様が話し始める。
「はい。辺境伯領は地理的にも外れですし、農耕に向いた土地もあまりないので、食料不足の影響は他より早く出ています。既に民は困窮し始め、食糧庫を開いています。ですがそれも一時的かと」
「……ふむ。それで?」
陛下は値踏みするような目線をレオポルド様に向けて、顎に手をかける。
「他領の物価も調べてみましたが、少しずつ高騰し始めています。全国的に食料不足の傾向が出ていて、特に城下の混乱は著しいです。このままだと冬を越せない民が大勢出るでしょう」
「ほう。ではどうする?」
陛下は身を乗り出して、見定めるようにレオポルド様を見る。
「まず城下の物価の混乱は、弟のエルガーとナーシャ・ペイジ男爵令嬢が食料を買い占めたことが原因です。食料の価格が上がり始めているところに、一気に食料を買い占めるようなことをしたので、物価が高騰して混乱が生じました」
「なっ!? しかしあれは兄上の領の食料問題を解決するために!」
弁解しようとするエルガー殿下に、半目のレオポルド様が冷たく言い放つ。
「頼んでないよ」
「よい。続けよ」
陛下はエルガー殿下を横手で制止し、楽しそうにレオポルド様に続きを促す。
「我が領に届けられたその食料は、再び城下に持っていき、適正価格で市場に卸しました。間もなく混乱は収まるでしょう」
「よくやった……と言いたいところだが、まだ振り出しに戻っただけだな」
陛下はニヤリと不敵な笑顔を浮かべる。
それを見たレオポルド様も、同じ笑みで返す。
「はい。それはここにいるグリーゼル嬢が解決してくれます」
ニコッと笑顔で私に説明するように促してくれる。
手柄を譲ってくださるつもりなんだろう。恐れ多いが、期待に応えなければ。
「よかろう。グリーゼル嬢、発言を許す」
「発言をお許しいただき、ありがとうございます。辺境伯領で発掘されたピトサイト鉱石を使い、平民にも扱える温室を作ろうと思います。今までは多くの魔力と複雑な呪文が必要だった為、温室は貴族しか扱えませんでした。ピトサイト鉱石があれば少しずつ魔力を継続的に使うことができるので、定期的に魔力を補充してやれば、平民でも扱うことができます。これを普及させることができれば、冬に栽培を継続することができますので、冬に飢える民を大幅に減らすことができるかと存じます」
私の後ろに控えていた従者が私のまとめた資料を持って歩み寄ってくると、陛下の側近が降りてきてそれを受け取り陛下に渡す。
陛下は満足そうに頷きながら、資料を眺める。
暫くして、陛下は資料から顔を上げると資料をピシャンッと弾いて、賞賛する。
「見事。私の課題の真意を見抜き、エルガーの尻拭いだけでなく、今後の発展が見込めるような物まで発明するとは、私の予想以上であった。褒美を取らせよう。……で、何が欲しい?」
それを待っていたと言わんばかりに身を乗り出したレオポルド様は、胸に手を当てて必要な物を推し並べる。
「では王城にある温室の見学の許可と、開発物資の融資を」
「分かった。それらに加え、レオポルドは王位継承権を戻し、グリーゼル嬢には金一封とピトサイト鉱石の開発特権を与えよう」
それを聞いていた貴族たちがまた響めき始める。
レオポルド様も目をまんまるにして驚いている。
私はというと……お礼も言えず、立ち尽くしていた。
王族から鼻つまみ者とされていると思っていた自分が、まさかそこまでの栄誉を賜れるなどと思っていなかった。
「お待ちください、陛下! 私は民を思って……」
「黙れ、エルガー!
「……も、申し訳ありません……」
そんな真意があったなんて、今初めて聞いた。渡された手紙にはたった一言、「食料問題を解決せよ」としか書かれていなかった。しかし恐らく一つの問題を多角的に捉える視点を持ってもらうために、敢えて足りない言葉を授けたのだと考えて、不敬ながら感心してしまう。
その真意に気づけず、辺境伯領のみと勘違いをしたエルガー殿下は、項垂れるようにして広間を退室した。
そんなエルガー殿下のことは眼中にないとばかりに、レオポルド様はまた口を開く。
「陛下。もう一つ、陛下に献上したい物がございます」
「ほう? 見せてみよ」
まだ興味深そうに見る陛下へ、レオポルド様は自分で使っていたフーワを、恭しく両手で献上する。
えっ!陛下へ献上する物ならもっと相応しいように装飾を凝ったり、機能を盛り込んだりしたのに!と冷や汗が出たがもう遅い。
陛下へも王位継承者となったレオポルド殿下へも無礼に話しかけることもできず、ましてや献上品を差し押さえるなんてできるはずもなく、私は下を向く。
「フーワという離れた相手と会話ができる魔道具でございます。上のボタンを押して、相手を思い浮かべると、話すことができます。陛下が私と話したい時はいつでもフーワをお使いください」
「ほう。親孝行というわけだな。これもグリーゼル嬢が発明したのか?」
フーワのことは仕方ないと諦め、ただ聞かれたことに答える。
「はい。ピトサイト鉱石でできています」
「よし。グリーゼル嬢、これを小型化して身につけられるようにすることはできるか?」
「はい。可能でございます。ただし貯められる魔力が減ってしまうので、使える時間が減ってしまいますが、宜しいですか?」
「よい。では温室の開発後でよいから、小型化して身につけられるようにして持ってきてくれるか」
「かしこまりました」
「ふふ、ではまた話がある時は
陛下が直接私にフーワで話しかけるだなんて、想像もできない。まさかの展開に冷や汗まで出てくる。しかしここで「そんなことはお止めください」なんて言える筈もない。
「はっ、はい!」
何とか返事はしたが、吃ってしまった。
焦って取り繕ったが、陛下は気にしてないように上機嫌だった。
それからまた顎に手を当てて、思案するように呟く。
「このピトサイト鉱石は野放しでは危険だな……。ふむ、法律が決まるまでは国で使用制限をかけ、管理しよう」
すぐさま、宰相が陛下の側により、小声で話し始めてしまった。聞いてはまずそうな話に居づらさを感じていると、レオポルド様がすかさず「それでは陛下、私たちはこれで失礼いたします」と優雅な礼をして、退室させてくれて、正直ホッとした。
*****
謁見が終わり、私はレオポルド殿下の計らいでお茶の席を設けてもらっていた。
エルガー殿下とは何度もお茶はしたし、レオポルド様と食事は一緒にしているが、王城で王子であるレオポルド様とお茶をするのは初めてだ。
いつもの辺境伯でのお茶とは違い、礼儀作法にも人目にも気を使う。
「今回はグリーゼルのお陰で助かったよ」
「いえ、わたくしはまだ何もしていませんわ」
レオポルド様の呪いはまだ解呪できてはいないし、温室だって開発の融資をいただいてしまって、まだ何もできていない。それに
「食料問題の真意に気づいたのも、解決なさったのも、レオポルド様ですもの。私はただ依頼されて魔道具を考えただけですわ」
口元に手を添えてできるだけ上品に微笑むと、レオポルド様も緊張していたのか頬が赤らむ。
「それだけじゃない。僕が呪いを気にせず、ここに来ることができたのも、グリーゼルのお陰だ。陛下から褒賞もあったけど、僕からもプレゼントさせてほしい」
そう言って見せてくれたのは、銀の刺繍が施されたアシンメトリーのストールだった。
ちょうど傷が隠せるように左肩が覆えるようなデザインになっている。
右肩の方でストールを留めているのは、小さな羽根のデザインに翡翠があしらわれたブローチだった。
このデザインなら、首元が空いたドレスに合わせても違和感なく、傷を隠せる。
素敵……と呟きながら銀の刺繍を撫でる。チラッとレオポルド様を見ると、気に入ったかい?と首を傾げていて、同じ色の髪がサラリと肩から落ちた。
……私にレオポルド様の髪の色と同じストールを送ってくださった……?……まさかね……。
ちょっぴり恥ずかしくてなりながら、それでも胸が温かくなるのを感じる。
「ありがとうございます。大事に使わせていただきます。」
こんな素敵な物をプレゼントしていただいたのだ。より一層レオポルド様のお力にならなければ。
「これならもレオポルド様の呪いも国のことも、ずっと一緒に尽力させてくださいませ。」
「もっと」と言おうとしたのに間違えて「ずっと」と言ってしまったけど……まぁいいか。
薔薇のように笑いながら、まるでずっと国の運営も一緒にやっていこうと……プロポーズのように聞こえたレオポルドは、顔を真っ赤にしていた。
嬉しさと、勘違いと分かっているのにこんな反応をしてしまった羞恥から程なくして立ち戻り、レオポルドもなんとか笑顔で返す。
「うん。
そう言ってグリーゼルの手を両手で優しく持ち上げ、その手の甲に親愛のキスをした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます