第21話 親の心子知らず
呪いの発動間隔を半永久に増やしてくれたあとも、まだエルガーたちを部屋には入れずにいる。
ちなみに風の防壁と鍵がかかってることは、グリーゼルには話してない。
「まだ呪いの調査を続けるんですか?」
「うん。以前に呪いは時間が経つと変化するって言ってたよね? 僕の魔力が干渉して呪文のどこかが変わってしまえば、またいつ出てもおかしくないんじゃないかな。だから念のためだけど、他の呪文も調べてほしいんだ」
「分かりました。そうですね。レオポルド様の魔力は常に溢れるくらい多いですし、まだ油断はできませんわね」
まだ逃してあげないよ。
今はエルガーが好きでも、僕に振り向いてくれるまで離さないからーー。
ニヤリと不敵な笑みを浮かべたが、心の声は到底グリーゼルに聞かせられるものではない。
「ところで作物の栽培を助ける魔道具はどう? できそう?」
「はい。温室のようなものを作ろうかと考えているんです。木魔法単体ですと、広い範囲で使うには木属性の魔力が大量に必要ですし、温室なら少しの火魔法と風魔法があればできます。冬でも栽培できれば、作物がなくなる頃に育てられるかと。でも炎属性と風属性の魔力は私は持っていませんし、物資もそれなりに必要そうでして……」
この世界にも温室は一応ある。
ただ長時間稼働させなければいけないので、大人数で交代で魔法をかけなければいけないし、呪文も複雑なので、高位の貴族専用のものしかない。
しかしピトサイト鉱石があれば、貯めた魔力を少しずつ長時間発動し続けられるので、平民にも使える。
「あぁ、それなら両方僕が魔力を入れよう。」
「……両方……? レオポルド様は何種類の魔力をお持ちなんですか!?」
まるで普通のことのように、爽やかな笑顔で言ってのける。
防御魔法を習得したときもそうだったが、三属性もの魔力を持っている人でも貴族であっても稀だ。
しかしレオポルドは既にグリーゼルの目の前で、風・木・水・土の魔法の四属性を見せている。
「え?五属性だよ。風・木・水・土・火。火は少なめだから、単体で攻撃魔法には向かないけど、空気を温める程度ならできるんじゃないかな。」
あまりの驚きに二の句が出ずにいると、続けて説明してくれる。
「王族にはたまにいるんだよね。祖父も四属性あったって話だし、ご先祖様には火属性の魔力をかなり多く持っていてご活躍された方もいたって聞いたよ。」
そうだ。この方は王族だった。
あまりの気軽さに忘れかけていた。
本来であればもっと礼儀を弁えなければいけない存在。
「さすが、王族ですわね……。でん……」
殿下、と言いかけたところで、遮るように唇に人差し指を押し当てる。
「あっ、『殿下』はダメだよ。今まで通りレオポルドって呼んでくれるかい?」
有無を言わさない笑みで名前を呼ぶのを強要してくる。私が名前で呼ぶしかないということを理解したのを見て、唇に押し当てていた指を離す。
「レオポルド様、わたくしのような者に御名をお呼びすることをお許しくださって、ありがとうございます」
今までの非礼を取り戻すように、淑女の礼をする。
言われた通り、殿下ではなく名前で呼んだけど、すごく不満そうだ。
クゥーンと悲しそうに泣く子犬のたれ耳が見えそうだ。
「今までのようにはしてくれないのかい? グリーゼルなら様もいらないよ。レオでも好きなように呼んでよ」
「さすがにそれは……婚約者でもないのにできません!」
あまりに恐れ多くて青ざめながら手を振って断る。
エルガー殿下だって、愛称呼びなんてしたことはない。いくらなんでも部下のような立場でその呼び方は気安すぎる。
レオポルドは「ちょっと調子に乗りすぎたかな」と呟いて、それ以上要求するのは止めた。
まだグリーゼルにとって婚約者と言えばエルガーのことだ。同時に婚約破棄された嫌な思い出も蘇るだろう。
今「婚約者」を連想させるようなことは、グリーゼルの前で言うべきではなかった、と素直に反省して苦笑いを零しながら話を戻す。
「ところで温室には行ったことあるかい?」
「はい、小さい頃に。今見れるなら詳しく調べてみたいですが、辺境伯領にあるんですか?」
思った通りだ、というにこやかな笑顔で返す。
「じゃあ見学ついでに陛下に物資をせびりに行こうか。」
「っ!?!?」
グリーゼルは今日一番の驚愕、と言った表情で口をパクパクしていた。
まるでご近所に余り物を貰いにいくような気軽さで、この国の国王に謁見する話をする。
そこでグリーゼルには気付かれないように、鍵を開け、風の防壁を消す。
すぐさまガチャッと扉が開いて、エルガー殿下が抗議しにくる。
「……兄上!これはどういう……」
それをしれっと交わして、回れ右するよう促す。
「王城に行くから、準備してくれる?」
「なっ…なんだと!? ナーシャが持参した食料はどうする!? 何も言わず、無礼ではないか!!」
「それは僕の風魔法で送るから、大丈夫だよ」
「じゃあ皆準備で忙しくなるから、これで解散〜」
パンパンッと手を叩いて、侍女を呼び寄せて、女性たちの準備をさせる。
グリーゼルもナーシャも謁見できる用意など当然持参していない。
一度実家に戻って、用意する必要がある。
その間にレオポルドはフーワを使って、王城に連絡を取る。
自身の風魔法でもできることだが、フーワを使うのが楽しいように毎回使う。
数日後の謁見の予定を伝え、おのおの慌ただしく準備を始めることになった。
レオポルドはというと、帰ってきたトールキンの報告を聞いていた。
「……そうか。やはり他の領も」
「はい。特に城下は厳しい状況で、物価の変動に民も困窮し始めているようでした」
「分かった。全て解決しに行こう。まずはツッカーベルク侯爵家へ行く」
「……それはもしや……」
トールキンは意味深な顔で言いかけたが、すぐに否定されてる。
「違う。今回は謝罪だ。僕はグリーゼルに傷を付けてしまったから、ツッカーベルク侯爵に殴られるくらいは覚悟しておくよ」
これまで30分起きに呪いが発動していたから、例え謝罪や公務に必要な用事であっても人と会うことは避けていた。
その代わりトールキンに代理をお願いしていたが、もう気兼ねする必要はない。
呪いは半永久的に発動しないのだから。
*****
「ようこそお越しくださいました。レオポルド殿下。グリーゼルもおかえり」
ツッカーベルク侯爵は自身の屋敷の玄関で、レオポルド第一王子と愛娘を出迎えた。
従者や侍女が並び、客人を持てなす。
「世話になるよ」
「……お父様……? やはりご存知だったのですわね!?」
グリーゼルはすごい剣幕で父に詰め寄る。
一応レオポルド王子が辺境伯領にいることは極秘事項だし、口止めもされていた。
レオポルド殿下が王子であることを黙っていたことは必然なのだが、皆まで言えず視線を彷徨わせる。
「ま、まぁ、立ち話もなんだ。私は殿下と話があるから。グリーゼルは謁見の準備があるだろう。侍女には伝えてあるから、部屋に行きなさい」
事前に聞いていた予定を持って、娘からの追撃からそそくさと逃げきった。
苦笑いを浮かべるレオポルド殿下と、応接間へ入ると、侍女がお茶を用意してくれる。
予め内密な話があると伺っていたため、パタンッと扉を閉めると、手を後ろに振って部屋から侍女たちを下がらせる。この部屋には私と殿下しかいなくなる。
そこで突然レオポルド殿下が頭を下げた。
「で……殿下。頭をお上げください。こんなところを見られたら……」
人払いしたのは自分だが、流石に王族に頭を下げられるというのは肝が冷える。
「ツッカーベルク侯爵、申し訳ない。僕は貴方のお嬢様に傷を付けてしまった」
「それは……」
思わず眉間に皺が寄る。
まさか無理やり手込めに……という話ではないだろうな、とギロリと目つきが鋭くなる。
「経緯を説明してくださるかな?」
「グリーゼル嬢が我が城に来た当日、彼女が僕の呪いの魔力の気配に気づいて、僕に近づいてしまったんだ。そこで僕の呪いが発動して、左肩から胸にかけてかなり大きな傷跡が今もある。両腕にも」
レオポルド殿下は淡々と説明する。
大きな傷……嫁入り前だというのに。エルガー殿下に婚約破棄された上に、傷だと!?王族はどこまで娘を蔑ろにしてくれるのだ……!
しかしいくら相手に非があるとは言え、頭を下げてくれる王族にこの湧き上がるような怒りをぶつけるわけにもいかない。
フーッと気持ちをなんとか落ち着け、とりあえず一番大事なことを聞いてみる。
「今傷は……?」
「僕が治したから、傷は塞がっているし、その後に後遺症などがないことは確認している」
後遺症がないことはなによりだが、それでもまだ問題はある。エルガー殿下に婚約破棄された上、大きな傷があるとなれば、嫁の貰い手を見つけるのは至難の業だろう。
直球で聞いてみることにした。
「……それで、責任は取ってくださるのですか?」
貴族が女性の身体に傷を付けて責任を取ると言えば、傷がついて嫁に行けない娘をもらう……つまり結婚することを意味する。
「すまないが、それはできない」
てっきり承諾してくれると思っていたから、この返答には面食らった。というより内密に頭を下げて終わりにしようということか……!
思わず怒気のようなものが表情に出る。
「いや違うんだ。グリーゼル嬢は僕の呪いを発動しないようにしてくれた。自分が傷つくのを分かっていて、僕に呪いの解呪を申し出てくれたんだ」
どうやら殿下は娘に恩を感じてくれているようだ。
ならなぜ……
「グリーゼルはこれからも求められるべき女性だ。グリーゼルほどの女性であれば、まだ女性としての価値も計り知れない。それに彼女が思う人が現れたら……」
そこでレオポルド殿下は言い淀んだ。
だがどうやら娘の気持ちを大事にしてくれるということだろう。
レオポルド殿下であれば王族であるし、ここまで娘のことを大事に思ってくれるのであれば、申し分ないのだが……。
「いや、僕はまだ呪いの王子だ。……彼女には相応しくない。」
レオポルド殿下は悔しそうに顔を歪めている。
……これはもしや。
「だがきっと相応しい男になってみせる。その時に改めて結婚の申し入れをさせていただきたい。」
私もこの国で政治に関わって長い。
多くの人の顔を見てきたし、相手が嘘をついているかどうかは大体分かる。
このレオポルド殿下のお顔は嘘をついている顔ではない。
……少し未来が楽しみになった。
「……分かりました。いいでしょう。ですがそのお言葉を違えた時は、分かっていますね?」
「……あぁ、もちろんだ。」
私たちは熱く握手を交わした。
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