第20話 いざ、改竄!

 レオポルド様の呪いの発動間隔伸ばすことになった私は、呪いの風が発動したのを確認して、やり方を説明する。

 何をされるのか分からず身を任せるのは、恐ろしいと思うので、ちゃんと説明したい。


「まずレオポルド様の胸の呪文は、一番外側の呪文ということは分かっています。ですから、手を加えることができるんですが、結界も貼ってあります。」


 呪いはいくつもの呪文で構成されている。

 好きなところから解呪していけるわけではなく、呪文をかけた順番とは逆に解呪していかなければならない。

 なぜ先にかけた呪文から消してはいけないのかというと、後にかけた呪文が結界の役割も果たしているからだ。

 先にかけた呪文は、後にかけた呪文ーーつまり結界を解かないと触ることすらできない。

 そうすることで簡単には解呪できないようにしている。


「まずは結界を壊します。呪文は準備できています。次に胸の呪文を改竄します。」


 説明しながら私は目の前の紙に、30 分……とこの世界の文字で書く。

 数字と分の間には1文字分のスペースが空いている。


「この数字と分の間に、数字を増やす仕掛けを追加します。」


 それを見て、レオポルド様は納得したように聞き返す。さすがは賢くていらっしゃる。少しの説明ですぐ察してくれるので、とても説明しやすい。


「ふーん。30分を300分にしたりするって以前話していたね。このスペースじゃあ1文字くらいしか入らないから、一桁しか増やせなさそうだけど、小さく書いたりするの?」


「いいえ、遠い異国の文字を使います。」


 ニコッと笑って、自信ありげに答える。

 この世界の文字は、アラビア数字と同じように桁を増やすには1文字ずつ増やすしかない。

 しかもアラビア数字より複雑なので、小さくするのも難しい。

 でも違う世界の数字であれば、百、千、のように数桁一気に増やすことができる。

 日本語が使えるかどうかや、この世界の数字と日本語を混ぜて使えるかは、何度も試して出来ることが分かっている。


 一通り説明が終わると、レオポルド様は顔を上げる。


「じゃあ早速お願いしてもいいかな?次の呪いまで30分あるけど、早い方がいいよね。」


 立ち上がり、以前のように両手を広げて受け入れるポーズを取る。


「はい。」


 意を決して、レオポルド様に正面から近づく。今度は躊躇わない。レオポルド様の胸に手を置き、「では始めます!」と声をかける。レオポルド様はそれをうんと頷いて承諾する。


 まずは結界を壊す。何度も確認したから呪文はもう頭に入ってる。紙に書いた呪文の設計図を念のため一度確認してから、闇属性の魔力を使って呪文を書いていく。

 結界のみを壊すようにしているが、レオポルド様の心臓に直接かけている。

 失敗すれば何が起こるか分からない。全神経を使って、呪術に集中する。


*****


 廊下の静寂を破るように、ズンズン音を立てて歩いていく金髪が一人。

 その後ろを同じ美しい金髪の女性が追いかける。


「兄上は何を考えておられるのだ!せっかく持参した食料にも礼も言わぬし、あまつさえあの女に解呪を頼むなど!何をされるか分かったものではないのに!」


「わたしのことはいいんです。……でもレオポルド様が心配で。」


 その瞳にはうるうる涙が滲んでいる。

 突然止まったエルガー殿下に、後ろを歩くナーシャがぶつかる形で止まる。殿下はクルッとナーシャに向き直り、その細い両肩を優しく掴む。


「ナーシャ、お前は……兄上が心配なだけ、なんだよな……?」


 エルガー殿下は赤らめた顔で真剣に聞いてくる。これは……レオポルド様に嫉妬している顔ね。エルガー様ルートであったイベントだわ!


「はい。わたしはレオポルド様が心配なんです。」


 心の中のガッツポーズはおくびも出さずに、笑顔で曖昧に答えると、そうか……と安心したようにナーシャを見て、再び歩き出す。


 その向かう先には、レオポルドたちがいる執務室がある。


*****


 僕の胸に手を当てて、今にも抱きしめられる距離にグリーゼルがいる。僕のために頑張ってくれていることが嬉しい。


 グリーゼルは集中していて一言も喋らない。

 もちろん僕もグリーゼルの集中を妨げないように、黙って見ている。

 静寂の中、扉の向こうからドタドタと微かに足音が聞こえてくる。まだ小さいから、距離があるんだろう。

 すぐに風魔法で音を集めて、音の正体を探る。

 足音がこの部屋に近づいてくるのを感じて、扉の手前に音を遮断する風の防壁を作り上げる。ーーそして静かに鍵を閉める。


 やがて扉の前まできたエルガーが、扉が開かないことに気づき怒鳴り始めるが、音を遮断しているので、何も聞こえない。

 一応風魔法で少し話を聞いてみたが、すぐにやめた。


 目前のグリーゼルにだけ目を向ける。

 今は僕のために尽力してくれているグリーゼルだけど、まだエルガーのことが好きなんだろうか。

 胸がツキンッと痛んだが、解呪が失敗したわけではないことは分かっていた。


「結界が取れましたわ。次は発動間隔を伸ばします。」


 顳顬から一筋の汗が滑り落ちる。

 一度きりだ。細心の注意を払って魔力で文字を書き足していくのが見てとれる。

 カチカチ……と時計の針の音だけが聞こえ、やがてグリーゼルが顔を上げる。


「……できましたわ!」


「本当かい!?ありがとう!」


 思わずグリーゼルの腰を掴み、持ち上げてしまった。

 キャッと小さく悲鳴を上げ、恥ずかしそうにしたグリーゼルだったが、すぐに嬉しそうに衝撃の言葉を放つ。


「はい!30億分にしましたので、次の発動は5852年後ですわ!」


 思わずグリーゼルを持ち上げた笑顔のまま固まる。

 なんか単位がおかしくないかい?

 30億??五千年???


「……ごせん……ねん!?」


 目をパチクリして聞き返すご、えぇ!とにっこり返されるだけだった。

 どうやら聞き間違えじゃないようだ。

 僕の女神はとんでもない天才かもそれない。

 グリーゼルを下ろすと、唐突に意味を理解し始める。


 5852年なんて生きる人はいない。

 つまり僕が死ぬまで呪いは発動しない……ということじゃないか……?

 もう防御魔法さえいらない。

 ……もう誰も傷つけないし、死なせなくて済むんだ。


 僕は溢れる涙を隠すようにグリーゼルを抱きしめた。


「そんなの……もう呪いの風は出ないってことじゃないか。……グリーゼル。ありがとう。」


 はい……とグリーゼルも嬉しそうに頷く。

 「これでわたくしもお役御免ですわね。」とグリーゼルが小さく呟いたのを聞き逃さなかった。


*****


 闇の中、緑の炎だけが揺らめいている。

 フードを被った男が炎を見つめながら、小刻みに震えている。

 顔は見えない。


「私がかけた呪いが発動していない……?私がかけた呪文ではない……?いやほとんど同じ……?改竄されている……だと!?」


両手の拳を握りしめて、ブルブルと震えている。


「私の完璧な呪術を歪めるなど……許せん。私より優れた呪術師など……いないのだ!!」


ダンッと振り下ろされた拳は、その手に赤い血を滲ませるが、ただ静かな空間に叩きつけた音が木霊するだけだった。

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