第19話 呪いを解くのは
レオポルド様と目を腫らした私が一緒に執務室へ戻ると、ナーシャ嬢だけが待っていた。
ズキリと胸が痛み、口がカラカラに乾く。
きっと先日言っていたアレを伝えるんだろう、とすぐに察した。
乙女ゲームで呪いを消し去れることが分かっているのであれば、それが一番いいはずだ。
きっとレオポルド様も喜んで受けて、ナーシャ嬢との距離を縮めるに違いない。そして私は今度こそ……。
暗くなる気持ちに蓋をして、レオポルド様の呪いが解けるならその方がいい、と言い聞かせる。
ナーシャ嬢は目を腫らした私を見て首を傾げたが、見なかったことにするらしい。自分の話をし始めた。
「グリーゼル様がここにいらっしゃるのは、呪いの調査と言っていましたよね?どなたか呪われてるんですか?」
どうやらナーシャ嬢は知らないフリをしているらしい。
でもレオポルド様は呪いのことはあまり他人に知られないようにしていたし、いやナーシャ嬢は既に知ってるんだけど、私が勝手にペラペラ話すのもどうかしら。
チラッとレオポルド様を見ると、自ら説明してくれる。
「僕に呪いがかけられていてね。一定時間ごとに風の攻撃魔法が発動してしまうんだよ。それで傷を負わないように、防御魔法をかけてもらってるのさ。」
「……まぁ、お可哀想。わたしの光魔法でしたら、そんな呪い消すことができますよ。」
うるうると涙を浮かべたと思えば、強気な笑顔で胸に手を当てていた。乙女ゲームのヒロインって、表情豊かなのね。
「いや、結構だよ。」
「……え!?」
ナーシャ嬢は笑顔のまま固まっている。
私もレオポルド様の方を凝視したまま、放たれた言葉が信じられずにいた。
断ったわけじゃないわよね……?呪いが消えるのよ?あれだけ切望していたのに……そんなまさか。やって結構ってこと?
「断る、と言ったんだよ。」
「え……?呪いが解けるんですよ!?なぜ断るんですか?わたしはレオポルド様が心配で……。」
「光魔法で無理やり解くと、魔力操作に障害が残ることがあるんだよ。そうなると溢れる魔力を制御出来なくなって、今度こそ魔力が暴走してしまうかもしれない。僕の魔力は普通の人より多いからね。本当に暴走したら、手がつけられないよ。」
そういえばあの解呪の禁書にもそんなことが書いてあった。
あの本を貸してくださったのは、レオポルド様だ。読んでいて当然だ。
「そんなっ、障害なんてありませんよ。絶対解けます!」
乙女ゲームで呪いを消せることが分かってるので、確信を持って障害なんてないと言えるだろう。
しかしレオポルド様はそれを知らない。説明する術もない。
「その根拠は?君は呪いを解いたことはあるの?」
「それは……ありませんけど、光魔法を何度も使ってきたから分かるんですっ。」
ナーシャ嬢はぷくっと膨れるが、レオポルド様は納得しない。
レオポルド様はフゥとため息をついて、話にならないとばかりに首を振る。
「それじゃあ根拠になってないよ。僕はそんなリスクを犯すことはできない。」
珍しいレオポルド様の冷たい態度に、ナーシャ嬢はたじろぐ。が、私に向き直り、抗議し始める。
「グリーゼル様!あなたが余計なことを言ったんですか?それでレオ様が苦しむとは思わないんですか!?」
……レオ様!?
レオポルド様のことだろうか。
まだあって数日でそんな呼び方なんて、失礼……いえ不敬だわ。
私が何か吹き込んだんだろうと予想するのは当然だけど、本当に何もしてないし。障害は本に書いてあった知識だし。
と考えていると、レオポルド様は先ほどより更にブリザード吹き荒れる冷徹な眼差しで、ナーシャ嬢を見据える。
「グリーゼルに失礼なことを言わないでくれるかい?それに親しくもないのに、愛称で呼ぶのはやめてくれ。」
ヒィッと小さく悲鳴を上げたナーシャ嬢は、「し、失礼しました!」と逃げるように執務室を出ていった。
それを見送ったレオポルド様は私の方に向き直る。もう冷めたお顔はされておらず、いつもの優しい笑顔を向けてくれる。
「僕の呪いはグリーゼルに解いてもらいたいんだ。グリーゼルならこれまでだって僕の呪いに気づいてくれた。調べたいと言ってくれた。……グリーゼルになら、任せられる。」
レオポルド様の言葉に胸がじんわりと暖かくなる。
私を信頼してくださったことが、素直に嬉しい。
私もレオポルド様の信頼に報いたい。
レオポルド様がもう傷つかないようにしてさしあげたい。
……今ならできるかもしれない。
もう研究は終わっている。
「レオポルド様。どうか私にあなたの呪いを改竄させていただけないでしょうか。」
「改竄?解呪じゃなくて?」
「はい。申し訳ありません。まだレオポルド様にかけられた呪文はひとつしか解析できていないので、解呪することはできません。……でも発動間隔を伸ばすことができます。……実際に人の呪文にやるのは初めてなんですけど。」
実績はない。やらせてもらえるかも、本当にできるかも分からない。
それでも何度も手近なものを使って、研究してきた。同じようにやれば……きっとできるはずだ!
「うん。お願いできるかい。」
快諾だった。先ほどのナーシャ嬢への冷徹な顔が嘘のように、すんなり受け入れてくださる。
レオポルド様はそれほどまで私のことを信頼してくださっているのかしら。
じんわり涙が滲むのを感じ、引き受ける。
「はい。お任せください!」
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