第14話 一番に届けたい声
「遂にできましたわね!」
僕が風魔法を付与して、それをグリーゼル嬢が闇魔法で呪文にして、鉱石にかける。
何度もテストして、調整して、最後は鉱石の形を使いやすいように職人に加工してもらって、やっと作ることができた。
彼女の手には、そのピトサイト鉱石を手のひらサイズに加工して突起がふたつ付けられた物がある。
僕とグリーゼル嬢は苦節の末たどり着いたそれを見て、満足感で満たされていた。
「本当にできたんだね。さすがだよ。グリーゼル嬢!」
「レオポルド様のおかげですわ。」
ふわりと微笑むグリーゼル嬢に心が暖かくなるのを感じて、レオポルドも笑顔になる。
「いや、それは君の功績だよ。」
「いえ、風魔法はレオポルド様の物ですし、鉱石の加工の手配もお願いしましたし、本当にわたくしだけでは作れませんでしたわ。」
まだ続く遠慮の姿勢に、ふっと笑みをこぼし、グリーゼル嬢の髪を優しく撫でる。これ以上遠慮の応酬を続けても仕方がないので、次の話題に移ることにした。
「ところで早速使ってみていいかな?」
えぇ、と加工したピトサイト鉱石を手渡してくれる。
顔の前で鉱石を観察しながら何を話すか考えて、上のボタンを押す。グリーゼル嬢の顔を思い浮かべると、すぐにポンッと可愛い音がなった。会話ができる合図だ。
グリーゼル嬢はうまく行くか緊張の面持ちで見守っている。
「……グリーゼル嬢、聞こえる?」
すぐ目の前で発せられた声が普通に耳に届くのと、一拍遅れて耳元で囁かれたような声が聞こえて、グリーゼルはビクッと肩を震わせる。
まさか目の前の自分に話しかけられるとは思っていなかった。思わず耳を押さえそうになったが、やめて胸を押さえて心を静める。
「レレレオポルド様!わたくしは目の前におりますので、こっここで話されても……トールキンさんに話してみては!?」
全く静まってなかった心で、顔を真っ赤にして声が上擦る。
それを気にせず、また囁くような声で続ける。
「グリーゼル嬢、君がこの城に来てくれてよかった。来てくれていなかったら、まだ僕は孤独のまま人を傷つけることに怯えていた。僕が皆と……君と触れ合えるのも、君のおかげだよ。感謝してる。」
「……はい。少しでもレオポルド様のお力になれたなら、わたくしも嬉しいですわ。」
レオポルド様はにっこり笑いながら、鉱石を顔から離し、下のボタンを押して話し終える。
「聞こえたみたいだね。一番最初はどうしてもグリーゼル嬢に話したかったんだ。それに目の前にいた方が聞こえているかすぐに確認できるだろう?」
また上のボタンを押して、今度はトールキンの顔を思い浮かべる。すると、すぐにポンッと音がする。
「トールキン、念願の話ができる風魔道具ができたぞ!手が空いたらすぐに来い。」
嬉しそうにはしゃぐ子どものようにトールキンを呼び出すと、また下のボタンで話を終えた。
「ところでこれの名前はある?名前がないと呼びにくいと思うんだけど。」
……名前?なんて全く考えていなかった。
見た目はお年寄りが使う簡単スマホが近い。
でもモニタもタッチパネルもないのに、スマホと言えるのかあやしい。
昔の電話を思い浮かべるが、電気は使ってないので電話でもない。
じゃあ……
「風話……でしょうか。」
「フーワ?いいね!グリーゼル嬢、ありがとう。トールキンもきっと喜ぶよ。」
「いえ……ところで今更ですが、レオポルド様はわたくしをグリーゼル嬢とお呼びになるんですのね。」
先程耳元で聞こえた言葉を思い出して若干顔が熱くなるが、首を振って頭を切り替える。他の侍女もトールキンも呼び捨てで呼ばれていた。私は侯爵令嬢だったので、あまり呼び捨てされることはなかったけど、よく考えれば私もトールキンやミーナと同じ使用人だ。今更ではあるが、このままでは良くないのではないか、と尋ねてみた。
「あぁ、君はツッカーベルク侯爵のご令嬢だろう?失礼はな呼び方はできないよ。」
名前しか名乗っていないのに、家の爵位まで知っていたことに驚き、ご存知でしたのね……と零す。
「それでもわたくしはレオポルド様の侍女ですので、使用人です。そこまで礼を尽くすに値しません。ただグリーゼルとお呼びくださいませ。」
レオポルド様がただの辺境伯でなさそうなことはお父様がおっしゃっていたし、辺境伯が侯爵より身分が低いとか言うつもりもない。
それに例え身分を知っていなくても、今は使用人だ。
きっぱりと呼び捨てにするようお願いする。
レオポルド様はうーん、と考えてから口の中でグリーゼル嬢、グリーゼル、とつぶやいている。
暫くしてから、納得したように同意した。
「うん。ではグリーゼルと呼ばせてもらおうかな。」
そこにノックの音がして、トールキンが入ってくる。
「レオポルド様!魔道具ができたとは本当でございますか!?」
慌てて入ってきた白髪の老人に、あぁと笑って頷き、手元のそれを差し出しながら、使い方を説明する。
「ほぉ!このフーワがあれば訪問者とのやりとりもスムーズに進みますぞ。ありがとうございます。グリーゼル様」
「いえ、私は何も。それに様をつけていただくような身分ではありません。」
侍女であるグリーゼルはトールキンの部下にあたる。
部下に様をつけるなんて聞いたことがない。
目の前で手を振って、レオポルドのそれより恐れ多い呼び方を遠慮する。
「それなんだけど、グリーゼルには僕付きの侍女ではなくて、呪いの解呪と魔道具開発のための客人としてうちの領に正式にお招きしたい。すでにツッカーベルク侯爵には話を通してあるよ。」
今ちょうどトールキンが持ってきたであろう封書を開いて見せてくる。
そこには見覚えのある父の字があった。
予想外の事態に思わず固まる。
「……はい?」
我が家の身分を知っていただけではなく、お父様とお知り合い?
いや私が侍女としてきているんだから、それは当然か。
いやそれでも話を通してある?
私が客人!?
いつそんな話になったんだろう。
トールキンがグリーゼル様と呼んだのは、この話を知っていたからかしら?
それに侍女ではなく、客人ならグリーゼル嬢でもよかったのでは……。
とか最終的にどうでもいいことにまで思考が流れ着く。
「うん。つまり使用人としてではなくて、親しみを込めてグリーゼルと呼ばせてもらうね。」
何が何だかわからないグリーゼルを他所に、レオポルドとトールキンは部屋はどこの客室にするか、とか荷物はいつ、とか執務室は……などと事務的な話が進んでいった。
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