第15話 見せたい景色
辺境伯の客員開発者となった私の生活は一変していた。
一度ツッカーベルク侯爵家の屋敷に戻り、最小限だがドレスなどの荷物を持ってきたら、広めの客室に案内された。
侍女も付けてくれるらしい。
なんと私のお世話をしてくれる侍女は、あのミーナだった。
「グリーゼルがそんなすごい人だとは知らなかったわ!……あ、グリーゼル様……でした。」
くすくす笑って、いつかしたような言葉をまたかける。
「他の人がいなければ、グリーゼルでいいわ。敬語もいらない。」
「グリーゼルゥ!」
泣きながら抱きついてきたと思ったら、そのまま話し始める。
「グリーゼル、レオポルド様のこと、ありがとう。レオポルド様のあんな嬉しそうな顔、本当に久しぶりに見たわ。他の使用人だって、レオポルド様のお世話ができるようになって、皆喜んでるの。グリーゼルのお陰よ。」
「……まだまだこれからよ。今度は本当に呪いを解呪するんだから。」
うん!と元気よく返事をしたら、踵を返す。
「それじゃあ食事の準備をしてくるわ!レオポルド様と食べるんでしょ。」
食事は毎回レオポルド様と一緒に取ることになった。
レオポルド様からのお願いだったが、食事の前後に防御魔法をかけ直すためだ。
食事の前後は防御魔法を貼ったトールキンさんか、いなければ私が風魔法を受ける。
呪いをコントロールできるようになったので、給仕もしてもらえるようになっていた。
ただし万が一もあるので食事を持ってきてもらうのと、片付ける時だけだ。
今まではレオポルド様の身の回りのお世話は私がしていたので、ほとんど使用人の方はレオポルド様に会うことはなかった。
それがこれからは通常通り……とまではいかなくても、お世話ができるようになり、会話もできるようになった。
心なしか使用人の方たちも安堵したような顔でお世話してくれる。
中には涙を流して、私の手を掴んでお礼を言ってくれる人までいた。
旦那様の呪いを解いてくださってありがとうございます、とまで言う人がいたので、それは丁寧に説明して否定した。
まだ何もできていない。
客員開発者となった私は、すぐにいくつかの魔道具を開発し始めている。
小さく加工したピトサイト鉱石に土魔法を入れて、薄黄色になった鉱石を防御魔法が発動するアミュレットにして、試用品を使用人の方々に配ってみた。
それからレオポルド様に頼まれて魔力を感知する魔法具を作ろうとしている。
これがなかなか難しく、私なら魔力を感じることができるが、闇属性の魔力がない人にはどう分かるようにしたらいいのか思いつかない。
あとレオポルド様の呪いの発動間隔を伸ばすための試みも……
「……ゼル?……リーゼル!…………グリーゼル?」
遠くから聞こえるような声がだんだんと頭に染み入るように聞こえるようになる。
ついに声がはっきりと頭に響き、慌てて返事をする。
「……は……はい!」
顔を上げると思ったより、近くにレオポルド様の顔があり、思わず仰け反る。
見ると後ろにトールキンさんもいる。
この執務室に入ってきたのにも、気づかなかったようだ。
「すみません!私のことをお呼びでしたか?」
「また随分と夢中になってたみたいだね。」
どれくらい呼ばれていたのか分からない。
ふふと笑うレオポルド様は全く怒ってない様子だ。
「……はい。夢中になると周りが見えなくなってしまうことがありまして……。」
侯爵令嬢としてはあるまじき、失態だ。
申し訳なさと、恥ずかしさに肩を窄める。
知ってる、と言いながらくくくと笑うレオポルド様は、最近本当によく笑うようになった。
「今日はグリーゼル嬢にお願いがあってきたんだけど、午後時間あるかい?」
「聞かずともお命じくだされば宜しいのに。」
苦笑いで応える。
私はレオポルド様に「ついてこい」と命じられば、他の予定があろうとキャンセルしてお供するべきだろう。
「そんなに緊急の用事でもないからね。」
まるで遊びに行く気安さで、誘ってくださっているようだ。
「領の視察に行きたくて、一緒に来てほしいんだ。」
今までの呪いがあって、視察はなかなか行けなかったんじゃないかしら。
だからそんなに嬉しそうなのね。
「分かりました。」
久しぶりであろう視察のお誘いを快諾する。
そこにトールキンが肩を窄めて、本当に申し訳なさそうに謝罪する。
「私がお供できれば宜しいのですが、私では防御魔法をかけ直すことができませんので……。お手を煩わせてしまい、申し訳ありません。」
「いいえ、これもわたくしのお役目ですわ。」
呪いにまつわる問題の対処は私の仕事だ。
しかしなんだかいつも以上にトールキンさんが申し訳なさそうな顔をしているのは、気のせいだろうか?
それに比べて、レオポルド様はなんだかとっても楽しそう。
嫌な予感を感じたが、レオポルド様は視察が楽しみでトールキンさんはそれが心配なんだろうと、気にしないことにした。
昼食を取り、時間通りに30分置きの呪いが発動した。
防御魔法をかけ直し、レオポルド様と外へ向かう。
てっきり馬車で行くのかと思っていたが、城の入り口まできてもそれらしき物は見当たらない。
それどころかレオポルド様が「高い所は平気?」とか城の先には平野しかない筈なのに聞いてくる。
塔に登ったりするのだろうか?
「それじゃあ行くよ。」
と手を差し出されれば、首を傾げながらその手を取る。
「馬車がまだ……」と言いかけた次の瞬間、ブワッと風が吹いたかと思ったら身体が浮き上がった。
楽しみで舞い上がってるとか、手を繋いで恥ずかしいとか、そういう比喩ではなく物理的に浮いている。
さっきの嫌な予感はこれだったのか!と一人で納得してしまった。
肩にはいつの間にか分厚い外套がかけられて、身体を支えるように腰に手を回されている。
あまりの風の勢いに声を出せない。スカートが捲れないように、足を曲げて裾をお尻に固定する。
近くの山が見下ろせる高さまで上昇してから、勢いは止まった。
「大丈夫?いきなりごめんね。」
「……思ってた視察とは大分違いましたわね、ふふ。」
髪は舞いあがり、頬には冷たい風が叩くように当たってくるが、外套とくっついたレオポルド様の体で寒くはなかった。
というか近い。
もう熱くなる顔を苦笑いで誤魔化すしかない。
「馬車だと30分で帰って来れないからね。外ではなるべく呪いが発動するのを見られたくないし。」
それに……とどこまでも広がる景色を指して
「この景色を君に見せたかったんだ。」
と整った顔で微笑まれれば、何も言えなかった。
いつまでこの笑顔を私に向けてくれるだろうか。
私が呪いをかけていたことを伝えたら、もうこんな風に笑ってはくれないだろうか。
城の周りにある切り立った山の中腹には、平らな広い窪地がある。そこから頂上に向けて雪が積もり、荘厳な佇まいで横たわっている。
山の反対側には広い平原の先に街が見えて、山とは対照的に暖かい空気がそこにあるのだと分かる。
オレンジの屋根や煙突から立ち上る煙が、そこに生活する人々の暮らしを思わせる。
「キレイ……」
どこまでも広がる景色に圧倒されている私を、レオポルド様は満足そうに眺めてから、街の上空をぐるりと飛んでからお城へ帰った。
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