213.ギルドでの実習
フィロエたちが体調を取り戻してから、一週間。
「じゃあ行ってくるよ。レーデリア、ノディーテ」
「いってきますですの」
六星館の玄関先で、俺とリオは手を振る。見送りに出たふたりの元魔王は、なんとなく覇気のない顔で手を振り返していた。
しばらくお留守番が続いているので、暇をしているらしい。
家出した子どもたちはまだ戻っていないし、フィロエたちエルピーダの冒険者もギルドの仕事にかり出されて、てんやわんやな状況だ。
構ってくれる人が少なく、あんな顔になっているようだ。
俺としては、レーデリアとノディーテがいつでも動ける状態でいてくれるのは安心材料。フィロエたちが自由に動けない以上、孤児院の子どもたちを含めた皆を守れるのは彼女たちである。
そんな俺の考えは彼女らに伝えてある。納得もしてもらった。だがやはり、退屈なのは辛いのだろう。
もうしばらく我慢してくれ。すまん。
――俺はリオと手をつないで、六星館を出た。
今日の目的地はギルド・アリャガ。以前、アガゴ・ディゴート事件の折に世話になったところだ。
リオの教育の一環である。
俺は彼女への教育方針をいくつか定めている。
一般的な生活態度を身につけること。
市井の暮らしぶりを知ること。
そして、自らのやりたいことを見つけること。
この方針に沿って、俺はここしばらく、リオを連れて様々なギルドを渡り歩くことにしていた。何事も経験が大事――というより、リオには「あーしろ、こーしろ」と口だけで説明しても効果が薄いと思ったからだ。
こういうとき、人脈があるのはありがたい。シグード支部長の後ろ盾もあって、ギルドの受け入れ交渉はスムーズに進んでいた。
今日のギルド・アリャガでは、雑用手伝いをすることになっている。
リオを見る。
いつものようにツーサイドアップにまとめた亜麻色髪は、彼女の歩調に合わせて機嫌良さそうに揺れていた。
時折、顔見知りとすれ違うと、リオは元気に挨拶をする。
露店が目に入るとすぐ興味がそっちにいってしまうのは相変わらずだが、突然姿が消えることはなくなっていた。
少しずつ変わりつつあるのだろう。
彼女の置かれた特殊な状況を考えると、必ずしもプラスとは限らないかもしれない。だが俺は、ウィガールースで過ごした時間、見聞きしたこと、学んだことが、リベティーオ・グロリアの将来に良い影響を与えてくれると信じたい。
――目的地のギルド・アリャガが見えてきた。
建物の中に入る。ギルドマスターのミウトさんが、すぐに出迎えてくれた。
俺の両手を握りしめ、ブンブンと振る。熱烈歓迎に少し戸惑う。
他にも、ギルド所属の冒険者たちが俺に向けて礼をしていた。正直居心地は悪いが、彼らの敬意を無駄にはできない。できるだけ笑顔で応じる。
「イスト・リロスは、貴族としてデビューしないんですの?」
不思議そうにたずねてくるリオに、俺は「やめてくれ」と答える。
カウンターの奥、ミウトさんの妻に抱きかかえられた幼い子どもたちが、俺に手を振っていた。よかった、元気そうだ――あの子たちの姿を見て、ようやく俺はリラックスできた。
それから、ミウトさんの指示で書類運びや受付業務を手伝う。できるだけリオにやらせて、俺は後ろから見守った。
まあ……さすがに数日かそこらで全部上手になるわけはなく。
時々、世間知らずゆえのキツイ一言に慌ててフォローに入ったり、疲労で突然ダウンするのを介抱したりと、俺としては気が休まる時間はあまりない。
「リオ。さっきのお客さん、順番を飛ばして案内しちゃったな」
「ふえ? 飛ばしてた、ですの?」
「次は目に入った人からじゃなくて、並んでいる人から声をかけていくんだ」
リオは落ち着きがない。すぐ意識が別のところに飛んでしまう。
その都度叱る作業は、ミテラが実践済み。だが効果は
だから声かけも、いろいろ工夫した。
ここ数日で学んでいるのはリオだけじゃない。俺自身も、試行錯誤をする中で学ばせてもらっている。
リオは確かに失敗が多い。けれど、課せられた仕事自体は真面目に、積極的にこなしている。
その姿勢は前向きに受け止めたい。だからこそ、こちらも工夫する。できることをする。
どうやら、リオは俺の気持ちを汲んでくれたようだ。言動の端々で、俺を信用してくれていると感じるようになった。
――日中。額にわずかな汗を浮かべながら、俺とリオは外で作業する。ギルド・アリャガの外壁補修で、塗料と補修材を塗る仕事だ。
「こういうかつどうができるのは、とても新鮮でたのしいですわ」
ハケで塗料を塗り広げながら、リオが言った。
彼女の実家――グロリア家は貴族。その娘となれば、許される活動の幅も狭まってくる。
新鮮で、楽しい。偽らざる気持ちだろうなと俺は思った。
そのとき。
一台の荷馬車がアリャガの前を通る。
その拍子に車輪が石を跳ね上げた。
「リオ、危ない!」
俺はとっさにリオをかばう。
跳ね上げられた石は、リオにはぶつからなかった。代わりに、彼女が持っていたバケツを直撃し、中身の補修材が盛大にぶちまけられる。
荷馬車は、アリャガを少し通り過ぎたところで止まった。
「大丈夫か、リオ」
「ええ。ぜんぜん、へいきですわ」
言葉通り、怪我ひとつないリオ。
俺たちはギルドの壁面を見た。
ぶちまけられた補修材は、どういう偶然か、補修範囲にぴったり収まる形で壁に広がっていた。
俺はほっとする。だが同時に、言いようのない不安――哀しさ、と表現してもいいかもしれない――に襲われた。
「リオ。君は本当に、平気なのか?」
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