212.復活した少女たちを待ち受けていたもの
――三日後。
「あー……久しぶりに動くとふわふわするなあ」
ようやく風邪から復帰したフィロエは、少々おぼつかない足取りで廊下を歩いていた。
窓から差し込む陽光が、室内の暗がりに慣れた目にまぶしい。
彼女の後ろでは、同じように寝起きのぼんやり感に包まれたアルモア、ルマ、パルテが続いている。
エルピーダの誇る冒険者少女たちは、ほぼ同時期に寝たきり生活から抜け出していた。すっかり元気になったものの、長い間横になっていたせいで身体の感覚が
「アルモアさん、アルモアさん。後で模擬戦に付き合ってくれませんか? 身体動かしてすっきりしたいです」
「なんで私……」
「今のアルモアさんなら、私でも勝てるかなって」
「言うようになったわね、あなた……。でも無理はしないの」
半眼で睨む銀髪少女に、「えへへ」と嬉しそうに笑う金髪少女。
一方の双子姉妹もまた、いつも通りのやりとりをしていた。
「肉の落ちた身体では、イスト様を悦ばせることは難しい。体調が戻ったからと言って、悠長に構えている時間はありませんわね」
「さすが姉様。常に努力を怠ら
幾多の苦難をともに乗り越えてきた者同士、
だがしばらくして、彼女らは揃って立ち止まった。
やけに声が響く廊下に、違和感を覚えたのだ。
「なんだか、妙に静かですね」
「そうね。六星館全体が静まり返っている感じ」
「先ほどメイドの方々とすれ違いましたから、まったくの無人というわけではなさそうですわ」
「それでも、いつもはもっと賑やかなような」
顔を見合わせる少女たち。
とにかく居間か食堂に行けば誰かに会えるだろう――と、階下に降りる。
が。
「うーん。誰もいないなあ。皆、どこ行っちゃったんだろう」
「まさか、また何か大きな事件が」
アルモアのつぶやきで、皆に緊張が走る。
そのとき。
「ただいまー!」
「ですの!」
やたらと元気の良い声とともに玄関扉が開く。顔を見るまでもなく、それがノディーテとリオだとわかった。
ふたりとも生き生きとした表情だ。
とにかく事件ではなさそうだとわかり、胸をなで下ろすエルピーダの冒険者たち。
ところが、続いて現れた人々を見てぎょっとする。
「ただいま……」
「イ、イストさん……?」
「おお……、フィロエたちか。もう体調は大丈夫なのか?」
変わらず優しい声をかけてくれるイスト。だが彼の表情は、誰が見ても明らかなほど憔悴していた。
げっそりしているのはイストだけではない。
彼の後に続くミテラ、グリフォーのふたりも、イストと同じかそれ以上に疲れている。
「な、なにがあったんですか?」
フィロエがたずねると、彼らはこの三日間のことを教えてくれた。
イストはリオに付きっきり。目を離すとすぐにいなくなる彼女の手綱を持ちつつ、買い物などの市民生活を細かに教え、様々な社会経験を積ませているのだという。
あのリオに、だ。
並大抵の努力と忍耐ではなし得ないことだとフィロエたちは思った。三日間寝込んでいたと言っても、リオの騒がしさは嫌でも耳に入ってくる。
一方のミテラとグリフォーは、リオとはまた別の理由で忙殺されているという。
アガゴ・ディゴート事件の後始末が本格化し始めたのだ。
事件解決の立役者であるギルド・エルピーダの面々は、後処理でも先頭に立つことになった。
ゴールデンキングの解体、アガゴたちが残した様々な怪しい物品の処分――いくらギルド連合会支部や他のギルドが共に動いてくれているとはいえ、そもそもの業務量が膨大。加えてミテラもグリフォーも、他に追随を許さないほど優秀だ。どうしても、頼りにされてしまう。
そんなわけでこの三日間、イストもミテラもグリフォーも、疲労を溜めに溜めることになってしまったのだった。
せめてもの労いにと水とタオルを持ってくるフィロエたち。
ソファーでひとときの休息を取る彼らに、アルモアがたずねた。
「そういえば、他の子どもたちは? ここまで姿を見ていないのだけど」
「ああ、孤児院の子どもたちなら」
タオルで顔を拭き、大きく息をついてからミテラが答える。
「『家出中』よ」
「いえで――って、ええっ!?」
四人揃って素っ頓狂な声を出す。
「自分たちで頑張りたいんだそうだ」
そう言って、イストが一通の手紙をフィロエに手渡す。
額を突き合わせ、食い入るように文面をのぞきこむ四人。そこには寄せ書きのように子どもたちそれぞれのメッセージが書かれていた。イストが言うように『自分たちで頑張るから心配しないで』という内容だ。
「家ッ、家出って! 大変、大変! どうしよ、捜しに行ったほうがいいかなあ!?」
「だ、大丈、大丈夫よフィロエ。おち、落ち着いて考えましょう。ウィガールースは治安がいいわ。めったなことは起きな――いえ、待って。これまでに二度も魔王の襲撃を受けているのだから……いけない。こうなったら全力全開の【精霊操者】で街中をしらみつぶしに――!」
「ちゃんとご飯食べてるよね? あの子たち」
フィロエ、アルモア、パルテが不安も露わに騒ぎ立てる一方、ルマは冷静にたずねた。
「イスト様や皆様は、思いのほか落ち着いていらっしゃいますね」
「これもひとつの経験だからな」
イストが答えた。
「どうやらあの子たちは、旧バルバを拠点にあちこちのギルドでお手伝いをして回っているようだ。アガゴ・ディゴート事件の余波でどこのギルドも一時的な人手不足になっているから、
ミテラも言葉を継ぐ。
「もちろん、ただ放置というわけじゃないわ。連合会支部経由で、ギルド各所に協力を依頼してる。連合会支部は私たちに無理を頼んだんですもの。このくらいの調整作業は引き受けてもらわないと」
「はあ……」
「ミテラが言ったように、手は打ってある。それに万が一に備えて、クルタスにあの子たちの護衛を頼んでいる。大丈夫だよ」
説明を受けたフィロエたちは顔を見合わせた。
六星館が静かだったのは、こういう理由だったのだ。
理解はしたものの、彼女らは落ち着かない。目の前には疲労困憊した大人たち。街のどこかには騒がしくも可愛らしい子どもたち。
「事情はわかりました。とりあえずイストさん、お休みしましょうよ。私がお世話しますから」
「あらフィロエ様。お世話なら私にお任せくださいな。三日間もイスト様に触れられず、私、うずうずしておりますの」
「じゃあ私、子どもたちの様子を見てくる」
「あたしも」
フィロエとルマがイストへ、アルモアとパルテが館の外へ向かう。
が。
「ねえ」
――というミテラの一言で全員の足が止まった。
ゆっくりと振り返った冒険者少女たちへ、エルピーダの最高権力者は恐ろしい微笑みを向けた。
「あなたたちは私の仕事を手伝ってもらうわね。立派な冒険者として、しっっっっっかり働いてもらうわよ?」
「いや、でも」
「ん?」
「謹んで承ります」
――こうしてエルピーダの冒険者少女たちは、後始末業務に否応なく巻き込まれ、しばらく忙殺されることになるのだった。
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