206.嬉しい説教
フィロエたちの介抱を終え、俺は空になった器を持って一階まで下りた。
途中、子どもたちの声が止んでいるのに気付く。
玄関ホールまで行くと、扉は閉まっていた。
念のため、玄関扉を開けて外をうかがう。しばらく前まで子どもたちが車座になって騒いでいたはずだが、もう姿が見当たらない。レーデリアやノディーテもいなかった。
……お昼も過ぎたし、いったん解散したのかな。
そう思いながら、玄関扉を閉める。
それから台所で洗い物をするため、いったん食堂に入った。
「……あれ?」
俺は首を傾げた。
食堂の広いテーブルに、ぽつんとひとり、リオが座っていたからだ。
彼女は俺に気付くと、手を振って笑いかけてきた。
「まっていましたわ。さあ、イスト・リロス。いっしょに食事をしましょう」
「食事って、まだ食べてなかったのかい?」
「それはイスト・リロスもでしょう?」
無邪気にたずねてくるリオ。
確かに、フィロエたちの介抱を優先したためまだ昼食を摂ってない。昼食の時間は少し過ぎているから、俺が下りてくるまで律儀に待っていたのだろうか。そんなことをしなくても、エルピーダの皆と一緒に昼食を食べていてもよかったのに。
そう思っていると、ギールトーさんが食事の皿を運んできた。きっちりふたり分を、リオとその対面の席に配膳する。
俺と目が合った彼は、当然のように「私のことはお気になさらず」と言ってきた。配膳を終えると、そのまま壁際に立つ。
――ってことは、リオの対面の食事は俺用か。
タイミングの良さはシグード支部長並みだなと思いつつ、俺は言った。
「わかったよ。それじゃあ先にこの食器、洗ってくるから」
「……? なにを言っているのです? あらいものはメイドたちにまかせておけばいいのではないですか?」
リオは素で首を傾げていた。
俺は彼女の目を見ながら言った。
「メイドさんだって忙しい。特に今日は、フィロエたちが体調を崩しているからな。できることはやるようにしたんだ」
それじゃあ、洗ってくるから先に食べていてくれ――そう続けて、さっさと台所へ向かう。
背後でリオが何やら騒いでいたが、ここは無視を貫いた。
――洗い物を終えて、食堂に戻る。
リオは静かになっていた。テーブルの上の食事も手つかずである。癇癪を起こした様子はなかった。
リオの対面に座る。
彼女は半泣きの状態でうつむいていた。
……一応、大人しく待ってはくれてたんだな。
「それじゃ、食べようか」
俺が声をかけると、リオはハッとしたように顔を上げた。そしてゴシゴシと袖で目を擦ると、背筋を伸ばす。両手を合わせ、小さく祈りの言葉を捧げ始めた。
彼女の祈りが終わるのを待ってから、俺は食器を手に取る。
「食前の祈り、熱心なんだな」
「神様への感謝をささげるのはとうぜんのことですわ」
ぱく、とサラダを口に入れるリオ。半眼で俺を睨んでいた。
「あと、イスト・リロスにちょっとしたてんばつが下るように、と」
「嫌な祈り方をしないでくれ」
俺もサラダを食べる。
「リオ。さっきも言ったが、六星館ではそれぞれができることを自分でやるようにしている。エルピーダの子どもたちもそうだ。メイドさんにすべて任せればいい……そんな考え方はしないでくれ。少なくとも、ここにいる間は」
「そうすれば、神様はおよろこびになる?」
「どうかな。確かなのは、そうしてくれると俺が嬉しい。皆も助かる」
「イスト・リロスが嬉しい。皆も助かる……そうなのですね」
リオは視線を落とした。
肉料理が乗った皿をしばらく見つめ、やがて上品な仕草で切り分け、口に運び始める。
俺は目を
「嬉しそうだな」
きょとんと顔を上げたリオは、自分の頬を触った。微笑みで緩んでいるのにそこで気付いたのか、目を丸くし――そして今度こそ、声に出して笑った。
「イスト・リロスの言葉、胸にきざみますわ」
嬉しそうに、そう言った。
少々――意外だった。
これまでの言動を考えると、リオなら癇癪を起こしかねないと思っていたからだ。
俺の言葉が届いたのなら、それは俺も嬉しく思う。
――皿の上があらかたなくなってきた頃、俺はふとたずねた。
「そういえば、エルピーダの皆はどうした? グロッザたちとは一緒にならなかったのか?」
「わたくしが話しかけたら、どこかへいってしまいましたわ」
リオが答える。口元を布で拭きながら、不思議そうな表情だ。
眉をひそめていると、ギールトーさんが隣にやってきて俺に耳打ちした。
「落ち込んでいらっしゃったグロッザ様に、お嬢様が少々厳しいお言葉をかけられたのです。それで皆様、お気を悪くされてしまったようで」
……気付いていたならそこで止めて欲しかったです。
周りに聞こえないように小さくため息をついてから、俺はリオに言った。
「リオ。君は今日から一ヶ月間、エルピーダで預かることになった。その間、皆と一緒に暮らしていく術をここで学んでもらおうと思う。わかったね?」
「のぞむところですわ」
「よし。それじゃあ食事が終わったらさっそく実習だ」
再びきょとんとするリオに、きっぱりと告げる。
「俺と一緒に皿洗い。その後はエルピーダの皆に謝りにいくぞ」
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