205.看病――ルマとパルテ


 ルマとパルテは、本人たちの強い希望により同室になっている。

 室内は――何というか、独特の雰囲気だった。


 ふたつある机のうち、整然と物が並べられた方――こちらはルマだろう。ずらりと揃った豪華な装丁の書物は、タイトルからして昔話や神話をまとめた古書だと思う。妙に『愛』とか『欲』といった単語が目立つのが非常に気になるが……。


 もうひとつの机は対照的に、筆記用具と紙が散乱した有様だった。パルテ、何か書き物でもしているのだろうか。


 双子らしからぬ性格の違いを表した机。ふと、隅っこの方に置かれた小さな人形を見て、俺は微笑んだ。

 ルマとパルテを模した、手縫いの人形。仲良く寄り添っている。

 どんなに性格が違っても、ふたりの絆は変わらないんだろうな。


 その他、部屋には調度品が結構な数、置かれている。民芸品なのか、ちょっと一目では用途のわからない品物が多く、さながら博物館のような光景だった。


「気分はどうだ、パルテ」


 俺は手前側にいるパルテへまず声をかけた。

 彼女は無言でうなずく。


「薬草スープを作ってきたんだ。食べられそうか?」


 また無言でうなずく。

 眉根を寄せて、じっとこちらを見上げている。唇がプルプルしていた。


「パルテ?」

「……」

「少し汗をかいているな。顔、拭いてやるからじっとしてろ」

「……!」

「……あー。パルテさん?」

「……っ。……っ」


 ……パルテ、何でそんなに緊張しているんだ?


 俺はテーブルにトレイを置き、タオルを取り替え、額の汗を拭ってやった。指先が肌に触れる。まだ熱い。頭はぼんやりしたままだろうに、やたらと表情が硬い。

 その割には、俺の介抱を嫌がる素振りはなかった。


 よく見ると、口元が小さく動いていた。ブツブツつぶやいている。


「……この場面、本で見たことありゅ……」


 何のことだろう。

 とりあえず拒否されているわけではなさそうなので、介抱を続けた。薬草スープを飲んだパルテは、口元に手を当てた。


「この薬草……」

「前にキエンズさんから譲ってもらったんだ。【完全調合】、役に立ったよ。風邪の特効薬はさすがに無理だが、完璧な調合で美味しいスープを作ることはできるから」


 残念ながら、万病に効く薬をポンと生み出すのは【完全調合】でもできない。それができていたら今頃大騒ぎだ。


「……いつかイストが万能薬を作ってくれたらいいのに……」

「お前で無理なら俺にも無理だよ。今はゆっくり眠ることだ」

「ん……」


 薬草スープを平らげたパルテは、そのまま静かに目を閉じた。

 彼女を起こさないように、隣のベッドへ回り込む。


 ルマは両手を胸の前で握り、まるで祈るような姿勢で目を閉じていた。こんなときでも絵になる少女だ。


「ルマ。起きているか」


 小さく声をかける。すると「起きています」と目を閉じたまま彼女は答えた。

 声にトゲがある。珍しく不機嫌になっているようだ。


「どうした。何を怒ってる?」

わたくしがイスト様に怒るなどあり得ませんわ」


 ――と、完全にご機嫌斜めの口調で言うエルピーダのお姫様。


「私が言っているのは、リベティーオ様のことです」

「リオのこと? どうして」

「あの子は生まれも育ちも純血のお嬢様。私たちの特徴が霞むではありませんか」


 どうやらお嬢様としてライバル意識を持っているらしい。それにしても特徴が霞むって……。


「舞台の配役じゃないんだからさ」

「あの子は私たちの完璧なハーレム環境を乱す存在ですわ。イスト様、どうかあの子から目を離さないでくださいまし」

「おいおい」


 俺は面食らった。

 口調がはっきりしているので元気になったのかと思いきや、タオルを取り替えるときに触った彼女の額は熱かった。むしろパルテより高熱である。

 汗を拭ってやりながら、俺はため息をついた。


「ハーレム環境を乱すって……」

おさなづまはアルモア様だけで十分ですわ」


 頬を膨らませ、わりと酷いことを言うルマ。

 熱のせいか、いつもより遠慮がない気がする。


 話半分に聞いていた俺は、ふと、ルマがこちらを見上げているのに気付く。いつの間にか彼女は表情を改めていた。


「あの子……リベティーオ様は、自分のすることはなんでも上手くいくと思っている節があります。昨日、今日と様子を見聞きする限り、実際にそうなのでしょう。ですが、それが私にはとても危うく見えるのです。その意味で、リベティーオ様から目を離すべきではないと思いますわ」


 真剣な顔で忠告してくるルマ。

 グリフォーさんやクルタスとはまた別の懸念を、彼女は抱いているようだ。

 さすがによく見ている。

 俺は薬草スープに手を伸ばした。


「ギルド連合会支部から、リオを一ヶ月間預かるよう依頼があった。俺が教育係を務める形でね。あの子はしばらく、俺が面倒を見る。だからルマは休んでいてくれ」

「いいえ。イスト様おひとりにすべて押しつけるわけにはいきませんわ。私もしっかりと監視しなければ」


 そしてルマは真顔で要求。


「ですので、一刻も早く復帰できるよう、イスト様に添い寝をして頂きたいと。『ぎゅーっ』としながら『あーん』を所望します。さすれば風邪など一発で快気すること間違いなしですわ」

「……相変わらずのようで安心したよ。あーんだけで我慢しなさい」


 再び頬を膨らませる双子の姉に、俺はスプーンを差し出した。

 

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