185.ゴーレム内のかくれんぼ


「……えっくし!」

「お兄、風邪?」

「いや、大丈夫だ」


 こちらを見上げてくるノディーテに、俺は手を振って応えた。


 ……顔が近い。

 俺とノディーテは今、密閉空間の中で身を寄せ合っていた。


「それにしても、何でこんなことに」

「サイコーの隠れ場所じゃん? お兄。ウチ、ワクワクするよ!」


 言葉通り瞳をキラキラさせ、遠慮なくくっついてくるノディーテ。俺は軽くため息を吐いた。


 ――俺たちは今、館の敷地内でレーデリアが創ったゴーレムの中に隠れていた。

 理由は単純。

 エルピーダ孤児院の子どもたちに付き合って、かくれんぼをしているのだ。


 ゴーレムは、ノディーテが口車に乗せて創らせた。

 一応、外の光は取り込めるようになっているので、真っ暗ではない。

 ただ、もともと人を乗せるようにはできていないためか、ゴーレム内部に座席の類はなく、まるで鉄の空箱の中に身を潜める感覚だ。

 否が応でも互いの距離は近くなる。


 上機嫌で身体を揺らすノディーテをちらりと見た。

 本当に人間になったんだな、と思う。


 ――魔王ディゴートとの戦いは、もう二ヶ月前のことになる。


 あのとき、【覚醒鑑定】の追加効果『リブート』によって、ノディーテは生まれ変わった。

 燃えるように赤かった髪は、俺と同じ黒髪に。

『魔王』ノディーテの象徴だった右腕の巨大なガントレットは消失し、今は細くてしなやかな腕があるだけ。


 何より一番の変化は、彼女の耳に運命の雫が現れたことだ。

 運命の雫を持っているのは、人間だけ。

 ノディーテは、『魔王』から『人間』に生まれ変わったのだ。


「ん? どしたの、お兄。ウチの顔に、何かついてる?」

「いや、何でもないよ」


 この『お兄』という呼び名――ノディーテが言うには、俺とは『血を分けた人間だから』だそうだ。

 生まれ変わりの際、俺の血を混ぜた回復薬を彼女は飲んだ。だから俺の血が通っている――という理屈らしい。


 たぶん生きている年数ではノディーテの方が長いのだろうが、彼女は俺の妹でいることにこだわった。その真意は……よくわからない。


 とにかく、明るく元気で、超が付くほどポジティブ思考の女の子が、エルピーダに新しく加わった。

 この二ヶ月、色々あったが……とりあえず、上手く馴染んでくれたようだ。


 ――二ヶ月、か。


 アガゴ・ディゴート事件は、様々な爪痕を残した。

 ギルド・ゴールデンキングは解体されたが、残された施設やら曰く付きの品々の処理は、まだまだこれからだ。


 それに。

 事件から間もなく、地下収容施設からアガゴの姿が忽然と消えて、当時大騒ぎになった。

 奴の身柄は、まだ確保されていない。


 アガゴ、そして魔王ディゴートとの戦いは、まだ本当の意味で終わっていないのかもしれないと、俺は思う。


「ねえお兄。お兄ってば」


 考え事に耽っていた俺は、ノディーテに裾を引かれて我に返る。


「どうした」

「外。皆がここにやってきたみたい」


 ノディーテに倣い、耳を澄ませる。

 すると確かに、外から数人の子どもたちの声が聞こえてきた。

 皆、聞き覚えのある声だ。エルピーダ孤児院の子どもたち。


 舌で唇を濡らしながら、両手を擦り合わせるノディーテ。


「レーちゃん。頼むよー。うまく誤魔化してねー」


 そういえばゴーレムを創ってもらった後、レーデリアに見張りをさせていたな、ノディーテの奴。

 だがなあ……。


『こここっ、ここには何も何もないですよっ。ぜったい、ぜったい何もないですからあわわ……!』

「あっやしいなー。先生たちを隠してるんじゃないのー?」

『ひぃっ!? こんな、こんな見張りひとつこなせないなんて我は何というゴミ箱ッ!』

「さあ、観念しなさい!」

『ひいいいぃぃっ!?』


 いや、まあね。こうなるだろうと思ってたよ。

 ごめんな、レーデリア。

 この期に及んで「レーちゃんっ。ファイトだよ!」とワクワクした表情を崩さないノディーテに、俺は軽く拳骨を入れた。


 直後、ゴーレムの胴体が開き、視界が明るくなる。


「いた! イストせんせー、ノディーテおねえちゃん、みっけ!」

「ああっ、見つかっちゃったぁっ! めっちゃ良い隠れ場所だと思ったのになあ! くやしーぃ!」


 得意げなミティ。大げさに悔しがるノディーテ。

 俺は苦笑しながら両手を挙げて降参した。もともとこれはお遊び。本気でどうこうしようというつもりはない。


 ただ――。


「よーし。じゃあせんせーたちはここにいてね。ミティたち、他のおねえちゃんを見つけなきゃ!」

「次はアルモアさんかー。超手強そう。グロッザ、行くよ!」

「うん。わかった」


 踵を返し、走っていく子どもたち。ミティ、ステイ、そしてグロッザの三人だ。

 最後尾のグロッザを見て、俺は少し安心した。


 実はこのかくれんぼ。グロッザの気分転換のために始めたものだった。

 エルピーダ孤児院の陰のリーダーであり、料理上手のグロッザ。彼は少し前、とある料理大会で散々な結果になってしまい、しばらく落ち込んでいたのだ。

 ああやって皆と一緒に遊べているなら、良い気分転換になったはずだ。


 まあ、グロッザのことだから、心配かけないように元気なフリをしているかもしれないけど、な。

 何事も経験というやつだ。


 ゴーレムの身体に背を預ける。

 まだ午前中。気持ちの良い風にしばらく目を細める。


 ふと、隣がとても静かになっていることが気になった。

 いつの間にか、ノディーテは空をじっと見上げていた。レーデリアもだ。


 彼女らの視線の先を追う。


「……え?」


 上空に、巨大な風船のような細長い物体が浮かんでいた。


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