186.衝撃の出逢い


「わあ、すごい。変な形の風船が飛んでる。お兄、あれ何かな?」


 ノディーテが服の裾を引きながら尋ねてくる。


「あんなでっかくて空飛ぶやつ、レーちゃんでも創れないんじゃない?」

『もっちろんです!! 我のようなゴミ箱に、あんな代物はたとえ天地がひっくり返ったとしても生み出せないでしょう!』


 自信満々に否定するレーデリア。この子らしい。

 俺は手でひさしを作って、目を凝らした。

 瓜のような楕円体。下部にカゴのような細長い構造物が付いている。楕円体の後部には何枚かの羽根があって、クルクルと回転している。


 ギルド職員時代に得た知識を引っ張り出す。


「あれは、『飛行船』かもしれない。人が作った、空飛ぶ乗り物だよ」

「へぇー! あれに人間が乗ってるんだ。さすがお兄。物知りじゃん」


 暢気のんきに褒めてくれるノディーテ。

 だが、俺は浮かれた気持ちにはなれなかった。


 ――飛行船なんてウィガールースはもちろん、近隣の都市にもないはずだ。あれを所持しているのは、俺が知る限り『聖王国』だけ……。


「もし本当に飛行船なら、なぜウィガールースに現れたのかわからない。ただ事じゃないぞ、これは」

『あのぅ。マスター』


 人型レーデリアが、おずおずと手を上げる。


『ひこうせん? ……から、何か落ちてきているような……』

「何だって?」


 改めて空を見上げる。


 確かに、何かが――。

 小さな、人影のようなものが、どんどんこちらに近づいてきているような。


「――って、あれ人じゃないか!? 墜落してくるぞ!」


 俺はゴーレムから飛び出した。

 人影は、まっすぐ俺たちのところに落下してきている。かなりの速度だ。

 激しく服がはためいている。衝撃から身を守る装備は見当たらない。スキルや魔法で対処する様子も一切ない。


 俺は咄嗟に叫んでいた。


「『サンプル』発動! ギフテッド・スキル【重力反抗】!」


 任意の対象を重力無視で持ち上げるスキル。

 俺は落下する人物に向かって【重力反抗】を発動した。


 あれだけ激しくはためいていた服が、ふわりと揺れる。

 まるで空気の抜けた風船がゆっくりと地上に降りてくるように、落下速度が落ちる。


 落下地点に走った俺は、両手でその人物を受け止めた。

 その瞬間に感じたのは、「軽い」ということだった。


「女の子……?」


 亜麻色あまいろの長い髪をツーサイドアップにまとめた髪形は、あれだけ風の暴力を受けながらもふわりとまとまっている。

 レースやフリルをふんだんにつかった子供服。よく見れば宝石もあしらわれていて、一目で豪奢な作りだとわかる。

 小柄な身体は、まるで人形のよう。たぶん、身長はミティよりも少し大きいくらい。


 空から降ってきた少女は、その大きな目を見開いて、じっと俺のことを見つめていた。


 違和感を、覚えた。

 あの高さから落下するのは相当な恐怖だったはず。

 しかも、【重力反抗】がなければ確実に墜落死していた。

 数秒後に待っていた不可避の『死』を、この少女は微塵も恐れていないように見えたのだ。


 まるで――自分は絶対に助かると確信していたように。


 少女が右手を動かす。

 小さな手がゆっくりと掲げられて。

 ビシッ――と堂々とした仕草で指を突きつけた。俺に。


「みつけましたわ、イスト・リロス!」

「……は?」


 彼女の仕草とセリフに面食らう。

 第一声がそれ?

 というか、何で俺の顔と名前を知っているんだ?

 俺はこの子のことを知らないのに。


「むふふふ……」

「えっと、君は」

「みましたわ、みましたわよこの目で! おちてくるのをふわりと受けとめる力。これこそまさに、ギフテッド・スキルにちがいないですわ!」


 やや舌足らずな口調でまくしたてる少女。

 俺の腕の中で両手を握りしめ、目をキラキラさせている。わかりやすく興奮している。

 ミティが大好きなキノコを見つけたときに、ちょうどこんな顔になる。

 年相応の表情を目の当たりにして、俺はかえって混乱してしまう。


 そのとき、ノディーテが隣に立って、少女の顔を覗き込んだ。


 にぱっ、と笑う。

 すると少女の方も、にぱっ、と笑い返した。


 この一瞬で、何かが通じ合ったようだ。すごいことだけど俺には何が何だかわからない。


「ね、ね。君はお兄の【重力反抗】で浮いてたよね。どんな感じだった?」

「さいこうの気分でしたわ! ふわふわで、どんな枕よりも気持ちよかったですの」

「あー、いいなあ。いいなあ」


 謎の少女と盛り上がる元魔王。

 ノディーテが身を乗り出す。ツーサイドアップの少女そっくりの、キラキラした瞳だ。


「お兄! ウチにも【重力反抗】かけて。空飛びたい!」

「あ、ずるいですわ。わたくしも、もういっかい!」


 困った。

 俺は思わずレーデリアを振り返る。


『あわわわ……どうしよう、どうしよう。マスターが困っていらっしゃる……でも我にできることなど……と、とりあえずゴミ箱らしく周囲の景色に溶け込んで……我は無害、我は無害……』


 ガタガタ震えながら全力で後ろ向きになる黒髪ポニーテール姿のレーデリア。

 すまん、俺が悪かった。


 深呼吸をひとつ。


「『サンプル』発動。ギフテッド・スキル【重力反抗】」


 俺は再度、スキルを発動した。

 少女とノディーテの身体が、空中に浮き上がる。

 高さは二メートルから三メートルほど。

 手足を動かしながら、黄色い声を上げて喜ぶふたり。


 俺はため息をついた。


「なんでこうなったんだろうなあ」

『あ、あの。マスター』


 相変わらず怯えた様子でレーデリアが声をかけてくる。


『その、大丈夫ですか? 立て続けに、同じギフテッド・スキルを使っても……』

「ああ、心配ない」


 俺は答えた。


「実はな。『サンプル』の使用回数制限、もうなくなったんだ。二ヶ月前の戦いでね」

『そ、それでは! もうマスターは数多のギフテッド・スキルを無限に使いこなせるのですね……! すごいです!』

「さすがに体力の限界はあるさ」


 ――魔王ディゴートの撃退。魔王ノディーテの解放。

 これらを成し遂げたことにより、俺の【覚醒鑑定】はさらに進化した。


 これまで『サンプル』――コピーしたギフテッド・スキルの発動――には回数制限があった。その制限が取り払われたのだ。

 これからは体力の続く限り、ギフテッド・スキルを使用できる。


 だからこそ、忘れてはいけない。

 本当に凄いのは、フィロエたちギフテッド・スキル所持者であること。

 彼女たちがいなければ、俺は今も無力であったことを――。


 亜麻色の髪の少女が、満面の笑みで言う。


「この力! さすがすたーくおーつ級の勇者ですわ!」

「俺は勇者をやっているつもりはないよ」


 本当に楽しそうな少女に答えながら、「俺の冒険者ランクのことも知っているのか」と思う。


 空から落ちてきた、恐怖を見せない女の子。

 彼女はいったい、何者なのだろう。


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