第7章 レベルは運命の境界線 天に見守られた少女の一歩

184.小さなお嬢様がやってくる


 規則正しい足音。

 革靴特有の、コツ、コツという音が、板張り床のわずかな軋みと混ざる。

 そして床下からは、低く、微かな駆動音。


 廊下を、老齢の執事が歩いている。

『主』を起こしに来たのだ。


「お嬢様。起床のお時間です」


 白手袋をはめた手でノックしたのち、告げる。豪奢な扉の向こう側で何かが身じろぎする音がして、やがて静かになった。


 老執事は扉を開けると、窓際のベッドに近づいた。

 天蓋付きだ。

 肌触りの良さそうなシーツが、枕周辺だけこんもりと盛り上がっている。

 二度寝を決め込んだ主に、老執事は言った。


「間もなくウィガールースに到着いたしますよ」

「んむぅ……」


 幼い声とともに、シーツがめくれる。

 亜麻色の髪をした少女が、眠い目をこすりながらベッドから降りた。


 ――小柄な少女だ。


 彼女は今年八歳。その年齢から考えても、少女の身長は他の子よりも低い。

 長い髪を自分でツーサイドアップにまとめようとするが、不器用なせいか上手くいかない。

 見かねた老執事が手伝おうと近づくと、少女はやんわり断った。


「こうして手をうごかすと、目が覚めてちょうどいいですわ」


 自信に溢れた大きなつり目が、老執事を見る。

 前向きなのはお嬢様の大きな美点だ――と老執事は目を細める。


 やがて髪を結い終わった少女は、重厚なカーテンを開けた。


 壁一面が頑丈なガラス窓。

 陽光が眩しい。外は気持ちの良い青空だ。


 隊列を組んだ鳥たちが伸びやかに飛んでいる。――少女の目線と同じ高さで。

 そして手を伸ばせば届きそうな位置にある――雲。


 地面は遙か下だ。

 窓から目を凝らせば、美しい森や湖、街道が見える。


「今日もアルテリア号はじゅんちょうですわね」


 そう。

 少女と老執事は、巨大な飛行船に乗っているのだ。

 目指すは都市ウィガールース。


 少女はくすりと笑った。


「いよいよですわ。もうすぐ会えるのですね。きたいの英雄、六星水晶級ぼうけんしゃ――イスト・リロスに。どんな顔をしているのか、たのしみですわ」


 やや舌足らずの口調で、彼女は嬉しそうにつぶやく。

 少女の瞳はキラキラと輝いていた。


 興奮と。

 緊張で。

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