172.クルタス・ウスバの決着
クルタスさんは自分の力で決着をつけるだろう。
俺にできるのは、その支えになるだけ。
「クルタスさん」
背中に声をかける。振り返ろうとする彼に「そのまま」と告げ、その鍛え上げられた背中に手を当てる。
「サンプル発動。ギフテッド・スキル【不滅の士気】」
スキルの光がクルタスさんの全身を覆う。わずかに彼の肩が、ぶるりと震えたのがわかった。
俺は確信を持って、彼を送り出す。
「あなたに任せます。大丈夫。あなたなら大丈夫だ、クルタスさん」
「そのお言葉、万の援軍より心強く思います」
異形と化したアガゴの前に立つクルタスさん。
「アガゴ殿」
静かに語りかける。アガゴは「おお、貴様かクルタス」と言った。まるで今、彼の存在に気づいたように。
そしてこの期に及んでも、アガゴはクルタスさんに高圧的な命令を下す。
「貴様はこんなところで何をしている? 邪魔者を消して死ねと言ったはずだな。それこそが貴様の存在意義、貫くべき忠義。忠義を尽くして尽くして、ボロボロになってもまだワタシの敷物になる気概を見せなければならない。それ以外は認めない」
「アガゴ殿。あなたは哀れな方だ」
クルタスさんの口調は変わらなかった。
「あまりにも大きな存在に身も心も捕らえられ、これまでの苦痛と苦悩を抱え込んだまま、なお、破滅の道を進むしかない……あまりにも哀れだ」
水が音もなく流れるように、彼は構える。
「どこかであなたの転落を止められていれば……こうはならなかったかもしれませぬ。力ない自分をお許しくだされ」
黎明の柄に、手を触れる。
アガゴが再びわめき始めた。聞くに堪えない罵声の嵐。
クルタスさんの言葉は、届かなかったのだ。
それに対する剣士の答えは――。
「せめて、この手で終わらせて差し上げよう」
クルタスさんの集中力が一段、引き上げられる。
俺は感じた。今、クルタスさんの視界には『斬る』べきものが見えている。
異形の肉体。
暴走したアガゴの心。
そして、その向こうにある過去の鎖。
「ギフテッド・スキル」
見逃すな、その一瞬を。
クルタス・ウスバが、自らの忠義を証明する瞬間を。
――黎明が、光を、放つ。
「【斬神】」
光の筋が見えた。窓から差し込んだ朝日のような、まっすぐで、力強く、どこか柔らかい光。
同じスキルを使った俺だからわかる。俺よりも速く、俺よりも鮮やかで、俺よりも静かな心で放たれた一撃だ。
「見事」
俺は無意識につぶやいていた。
――アガゴは。
ぶよぶよの肉体を揺らしていた。
やがて、その動きが緩慢になる。
斜め一直線に筋が入る。
「す……」
アガゴは天井に向かって何かをつぶやいた。
直後。
軟体生物の塊だったアガゴの身体が、ボロボロと崩れ始めた。
床や机に散った塊は、間を置かず黒い霧と化して消えていく。
ガタン、と大きな音がした。不気味な肉の塊がすべて切り離され、アガゴの身体が最後に残ったのだ。音は、椅子から転げ落ちたときのものだった。
俺は倒れたアガゴに近づいた。横倒しになっている彼の様子を確認する。
「……息はある。気絶しているだけだな」
クルタスさんを振り返る。彼は鞘に収めた黎明を床に置き、その場に膝を突いていた。
「星上。申し訳ありません」
「なぜ謝るんです」
彼は口を閉ざした。けれど、言おうとしたことはわかる。
アガゴは首をはねられて当然のことをした、なのに自分は命までは取れなかった――と。
俺はアガゴの顔を見た。
こんな言い方はおかしいが……初めて見るような、安らかな寝顔だった。
俺は微笑んだ。クルタスさんの前にしゃがんで、いまだ視線を下げたままの彼の肩に手を置く。
「これが、あなたにとってのけじめなら、俺から言うことはひとつです。ご苦労様でした」
「……はっ」
クルタスさんはひざまずいたままだった。
――忠義の士、ここにあり……か。
アガゴの表情を見るに、クルタスさんのギフテッド・スキルが斬ったのは異形の肉体だけではない。あの男の心に暗く淀んでいた感情、鬱屈とした情念をも斬ったのだ。
凝り固まった悪しき心を、斬る。
結界を切り裂くだけだった俺よりも、遙か先を行く絶技。
さすが、の一言だ。
これでアガゴは、償いの時間を与えられた。
「イストさん!」
フィロエが声を上げる。
「部屋の中が……!」
彼女の言うとおり、不気味な黒と金の靄に覆われていた室内が晴れていく。同時に、肌に感じていた不快な圧迫感も薄れていた。
どうやらアガゴが倒れたことで、この異世界も緩やかに消えようとしているようだ。
「星上」
ふと、クルタスさんが言った。明るさを取り戻しつつある室内で、まだ、うつむいている。
「自分は、直前までアガゴ殿の命を奪うか迷っていました」
ぐっ、と黎明を握る。
「下賜された黎明、そして【斬神】……これらが自分の本心を汲んでくれました。感謝します、星上」
俺は少し目を見開いた。フィロエたちエルピーダの少女たちは口元や目元を押さえていた。
――クルタスさんは、肩を震わせ、涙ながらに言った。
「ありがとう、ございました……ッ」
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