171.ギフテッド・スキル【斬神】
「グリフォーさん!」
思わず叫んだ。だが声は届かない。グリフォーさんが気づいた様子はない。
朽ちた肉と骨の塊となった大地の鯨、魂の抜けた操り人形となった魔王の少女。
巨大な力をもった二つの存在に、たったひとりで相対する――いくらグリフォーさんでも自殺行為だ。
「イスト様……これは、あの男が作り出した幻ではありませんか?
ルマが精一杯の冷静さをみせて進言する。
俺は首を横に振った。
「いや。おそらく本物だ」
グリフォーさんの手元を見る。
小さく映っていたのは、黒い靄を閉じ込めた小瓶。俺が【絶対領域】で封じ込め、グリフォーさんに託したものだ。
アガゴが俺たちを
なによりこの映像が――作り物の幻であるより、今まさに起こっている事実である方が、俺たちにとって何倍も重い。
「一刻も早く救援にいかなければ……」
だが、そのためにはまずアガゴを無力化しなければならない。
「この扉、ブチ破りますッ!」
フィロエが動いた。全身のバネを使って、エネステアの槍を突き出す。
「ギフテッド・スキル【閃突】!」
まばゆい光刃を伴って、あらゆるものを貫く一閃が結界に襲いかかる。
しかし――。
彼女渾身の一撃は扉の結界に阻まれ、弾かれる。
よろめいた少女を支える。
「大丈夫か、フィロエ」
「ううう……! 悔しいです……! イストさんの槍でも貫けないものがあるなんて」
歯がみしている。
【閃突】すら弾く結界。おそらく――魔王ディゴートの力だ。
いまだ姿を見せない謎の魔王が、アガゴと手を組んでいる。俺たちが乗り越えなければならない巨大な敵だ。
映像は変わらず、グリフォーさんたちを映し続けている。状況は膠着状態に見えた。
俺は、手にしていた槍を床に突き刺した。
レーデリア、と心の中で呼びかける。
(剣を)
『仰せのままに、マスター』
レーデリアの【雫の釜】により、俺の手に一振りの剣が現れる。シンプルな両刃。控えめなレーデリアらしいデザインだった。だが、強度は十分である。
「クルタスさん」
俺が呼ぶと、忠義の剣士が短く応える。
「見ていてください。これが、あなたの新しい力です」
「星上……?」
集中する。
俺が何をしようとしているか察した少女たちが、一歩、下がる。
「サンプル、発動」
カチリ、と頭の奥で音がした。
周囲の音が遠ざかる。
視界に、扉の結界だけが浮かび上がる。
時間が止まった景色の中に、一筋、光が差す。雲の合間から降り注ぐ陽光のように、まっすぐな。
身体が自然に動く。剣を構える。
「ギフテッド・スキル」
呼吸を忘れた。
頭の中がシンプルに、クリアに、深くなる。
極限まで研ぎ澄まされた集中力とともに。
「――【斬神】」
剣を、光の筋に沿って、振るった。
手応えは怖いくらいに皆無だった。
何かを斬ったというより、相手が剣筋に恐れおののいて逃げ去っていった感覚。
――結界は、扉ごと両断されていた。
【槍真術】と【閃突】でも突破できなかった結界が、あっけなく霧散する。
【剣真術】がなくてもこの威力。ならば、真の達人がスキルを使ったならば、どれほどのことが可能なのか。
俺はクルタスさんを振り返った。言葉を失って目を丸くしている彼に、力強く言う。
「あなたの剣は、すべてを振り払う最強の刃です。その証が、このスキル」
「しかし……今の一閃は」
「俺の力はすべて借り物。見本でしかない。本当の、本物の力はクルタスさんの手にある」
率先して室内に向かう。
「後は、あなた自身が鎖を断ち切るんだ。新しい夜明けを告げる剣、黎明はそのためにあなたに託した」
「星上……あなたという方は……」
クルタスさんの声が震えた。だがすぐに、力強く一歩を踏み出す。彼に続き、フィロエたちも支部長室に踏み込んだ。
そして――言葉を失う。
表の世界の支部長室とレイアウトは同じ。だが、室内に充満する薄黒と金色の靄で目に映るものすべてが異質に見えた。
アガゴは、執務机に座っていた。
いや――正確には、アガゴだったものがそこに居た。
「うっ……」
フィロエが口元を押さえる。クルタスさんが「アガゴ殿……」とつぶやいた。
見たままを言葉にするなら。
アガゴの顔を剥がして天辺に貼り付けた、軟体生物の集合体――で、あった。
「ワタシは生まれ変わるのだ」
俺たちの姿が見えているのかいないのか、アガゴはボコボコと泡立つ喉で言った。
結界が打ち破られたことに動揺は見られない。
もしかしたら――そんな心すら失ってしまったのかもしれない。
「ギルド連合会のトップなどまだ生ぬるい。この世界のすべてを作り替え、より高位の、気高く美しい存在へと生まれ変わるのだ。ワタシの糧になることを光栄に思え」
「そのために」
俺は静かに尋ねた。自分がここに来た意味を、決意を確かめるように。
「罪もない人々を、純粋な子どもたちを犠牲にしたのか。お前に忠義を尽くそうとした人にむごい仕打ちをしたのか」
沈黙が降りた。
二秒、三秒。時間が経つごとに、俺は手に持った武器をゆっくりと構えていった。
アガゴの顔は、天井を見上げていた。
不意に、目だけがギョロリと俺に向いた。
「当然だ。醜い餌ども」
憎悪と。
軽蔑と。
怒りと。
全部混ざって赤く血走った目だった。
敵に対して豪胆なフィロエも、その視線に射すくめられて顔を青くし、後ずさる。
俺は彼女たちをかばうように一歩前に出る。
アガゴの目つきがさらに険しさを増した。
「この世界の美しい者たちと比べ、貴様らときたら……クソほどの醜さだ。怖気が走る」
異形と化した男が言い放つ。
「ワタシの糧になることを受け入れぬ生物に存在価値などない。世界を汚す貴様らこそ害悪。排除されるべき
「……」
「もう一度言ってやろう。貴様らは餌だ。餌となって当然の罪深いゴミだ! 存在することすら許しがたい害悪どもが、せめてワタシの糧になれること、涙して喜ぶが良い! すべての元凶は貴様らだ! ワタシではない、貴様らが悪なのだ‼」
「――アガゴッ!」
激昂した。頭に血が上った。自分でもそれがわかった。
この男は、俺たちの存在を、俺たちの生きる世界を、その生き方を、全否定しやがった。
そればかりか、真の被害者は自分だと堂々とのたまったのだ。
一歩踏み出す俺を、長身の背中が遮る。
「星上」
クルタスさんが背を向けたまま言った。
「ここは、自分にお任せを。どうか」
静かだが毅然とした口調に、俺は悟った。
鎖を解き放つそのときが来た、と。
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