169.アガゴの野望、ディゴートの目的


 クルタスさんという心強い味方を得た俺たちは、ギルド連合会支部へ踏み込んだ。

 正面扉を開く。

 そこに広がっていた光景に、思わず眉根を寄せる。


 広々とした玄関ホールが、すべて金色で塗りつぶされていたのだ。

 絨毯も、階段も、受付窓口もすべて金。


 人の姿は皆無だった。モンスターもいない。


せいじょう


 クルタスさんが俺を呼ぶ。星上。六星の上に立つ勇者――俺には不釣り合いな呼び名に振り返ると、クルタスさんは階上をじっと見据えていた。


「お気をつけください。ギルドマスター・アガゴが支部長室にいます」

「やはりそうか」


 階段の上を見る。目に見えない冷気が這い降りてきているように感じた。

 これは――無理矢理集められた精霊たちだ。ミニーゲルで魔王クドスの欠片に閉じ込められたときと同じ現象。

 ふとクルタスさんが言った。


「今までにない気配を感じます。殺気……とは違う。不思議な感覚です」

「精霊の存在を感じているのね」


 アルモアが言った。クルタスさんは片眉を上げる。


「しかし、自分は精霊術師ではありません」

「それはきっと黎明を持っているせいだよ。イストが【精霊操者】で精霊力を込めた剣。本来気付かないはずの精霊を感じられたってことは、それだけ規格外の力が黎明にはあるのよ。正直言って神話級の武器」


 いやそれは言い過ぎ。

 俺はただできることをしただけ。クルタスさんに新しい人生を切り拓いて欲しい一心で剣を創ったのだ。

 ――と、言おうとしたが、アルモアもクルタスさんも真剣なので俺は口をつぐんだ。


 普段なら声を大にして騒ぎそうなフィロエは、エネステアの槍を両手で握りしめたままじっと俺を見上げていた。

 今がどういう状況か、しっかり理解しているのだ。

 俺は気持ちを切り換えた。


 クルタスさんの情報で、推測は事実に変わった。アガゴはこの上だ。

 目的の支部長室には、主だったメンバーのみで向かうことにした。エルピーダの少女たち、そしてクルタスさんだ。残りの仲間たちには玄関ホール周辺の警戒に当たってもらう。

 この静けさ、不気味さ。何が起こっても不思議ではない。


「もし不測の事態になったら、まず自分たちの命を優先して欲しい。俺たちのことは気にしなくて構わない」


 居並ぶ冒険者たちに俺が語りかけると、彼らは笑って胸を叩いた。


「あんたを置いて逃げ帰るなんてできねえよ。最後まで付き合いますぜ」

「全部終わったら、パーッと飲みましょうや旦那。そのためなら、命を懸けても惜しくないさ」

「あなたのおかげで、もう一生かかっても見られないようなものを見られた。今度はアタシらがあなたに返す番よ」


 ――ここは任せろ。安心して行ってきてくれ。

 彼らは声を揃えた。


 うなずき、階段の下に立つ。フィロエたち、そしてクルタスさんが後ろに並ぶ。


「行こう」

「はい」


 階段に、足を乗せる。一段、一段、慎重に上っていく。

 手すりから、踊り場から、全部金色に染め上げられた階段に、フィロエがうんざりとつぶやく。


「いったい、何があったらこんなことを思いつくのかしら……?」

「アガゴ殿が今回の計画を進めたきっかけは、ディゴートと名乗る人物が現れたからです」


 クルタスさんが道中、教えてくれる。


「謎の多い男でした。自分も何度か正体を確かめようとしましたが、まるで掴みどころがありませんでした。彼から供与される魔法技術の内容から、ただ者ではないと思っていましたが……」


 俺は奥歯を噛んだ。


「クルタスさん。そいつは――魔王です」


 クルタスさんが目を丸くする。だがすぐに得心したのか、表情を引き締めた。


 俺はふーっと息を吐いた。集中するためだ。

 魔王ディゴート。【天眼】が教えてくれたとおりだ。やはり奴が黒幕だったのだ。

 だが、そうなると魔王の目的がわからない。

 いくらウィガールースで五指に入る大ギルドのマスターとはいえ、ひとりの人間に魔王が力を貸すのか。その意図はなんなのか。


 俺の脳裏に、赤い髪の少女が浮かぶ。

 魔王ノディーテ。レーデリア救出に力を貸してくれた、奇特な魔王。

 彼女もまた、俺には理解しきれない考え方の持ち主だった。


 ならばディゴートは?

 アガゴのような自尊心が高く、他者を道具としか考えず、自らの権威付けのために美しく強い者を好んで囲うような人間に近づく、その意図は?


 もし――もし、だ。

 魔王ディゴートがアガゴのような、人を人とも思わない思考の持ち主だったとしたら。

 背筋が、凍った。


 俺が何を考え込んでいるのか察したクルタスさんが、静かに進言する。


「星上。これは自分の推測なのですが」


 そう前置きする。俺はうなずき、先を促した。常にアガゴの側に控えていたクルタスさんだ。説得力がある。


「アガゴ殿は『この世は間違っている』と常々口にしていました。この世はことごとく不合理で、醜いと」

「あの男が言いそうなことだな……。それで?」

「……自分はつい最近まで、アガゴ殿が目指すのはウィガールースすべてのギルドのトップに君臨することだと考えていました。しかし、自分の認識は甘かったと言わざるを得ません。ディゴートと繋がりを持つようになってから、アガゴ殿の執着ぶりは尋常ではなかった」


 クルタスさんは顔を上げ、目を細めた。過去を悔いるように。


「アガゴ殿は文字通り、ウィガールースを丸ごと作り替えたかったのだと思われます。今、我々が目にしている黒と金の異世界と入れ替える形で。我々には理解できかねることですが……おそらく、この異世界はアガゴ殿にとって真の楽園なのです。もしくは――楽園と信じ込まされているか」

「どういうことです?」

「アガゴ殿の目指す世界は、ディゴートの望む世界像とも一致する――以前、そのような話を彼らがしているところを目にしました。力を貸すのはそのためだと。ならば、アガゴ殿は――」


 クルタスさんはそこで口をつぐむ。


 世界の作り替え。そのためにアガゴを利用する――十分に魔王らしい考えだ。

 俺はクルタスさんの表情がさらに硬くなっていることに気がついた。彼の背中を軽く叩く。


「ありがとうございます、クルタスさん。……よく話してくれました」


 礼を言う。

 忠義と信念を持つ彼にとって、アガゴの所業を見続けるのは身を引き裂かれるような苦悩があったことだろう。きっと何度もかんげんしたに違いない。その記憶を思い出し、言葉にすることは、相当辛いことのはずだ。クルタスさんの表情が、それを物語っている。


「もったいないお言葉です」


 彼は静かに頭を下げた。再び顔を上げたとき、彼の瞳には強い光が宿っていた。


「しかし、まだ終わったわけではありません。星上、はどうか、我が剣でけじめをつけさせていただきたい。どうか」


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