161.響け決意の声


 精霊たちがいなくなり、部屋は暗闇に包まれる。側近の男性が窓を開け放つと、すでに高く登っていた太陽の光が入り込み、部屋の暗さを鋭く切り裂いた。

 彼の隣に立ち、窓の外を見る。


 ギルド連合会支部の上階からは街の様子がよく見えた。建物と空との境を、虹色の輝きが尾を引いて飛んで行く。

 どのくらい、その光景を見つめていただろう。


「さすがです。イスト様」


 側近の男性が言う。


「この調子なら、いつもよりも速く伝言は届けられるでしょう」


 美しい光景を目の当たりにしても、側近は眉間の皺を緩めない。


「連合会が所有する精霊による伝言。ギルドにとっては非常事態です。無論、ゴールデンキングとそのギルドマスター、アガゴの目にも入っているはず」


 街を見つめていると、次第に朝の喧噪とは違うざわめきが聞こえてきた。


「呼びかけに応じてくれたギルドから十分な人員が集まるのが先か、ゴールデンキングが何らかの妨害活動を始めるのが先か。予断を許さない状況です」


 希望よりも不安を色濃く滲ませて、側近は言った。シグード支部長のもとで大都市ウィガールースのギルドを束ねてきた人だ。ゴールデンキングの影響力を十分に理解しているのだろう。希望的観測はできないということだ。


 だが、俺だって引けない。

 少しでも準備を整えようと踵を返したところへ、側近から声がかかった。


「お待ちください。今から皆さんの元へ戻られては後れを取ってしまいます」

「しかし」

「こちらへ。こんなこともあろうかと、ギルド連合会支部には様々な備えがあるのです」


 側近の男性に再び先導され、今度は階下へ向かう。正面玄関ホールに来ると、すでに職員の人たちが慌ただしく駆け回っていた。


「イスト様」


 手招きされ、さらに地下へと続く階段を小走りに降りていく。

 石畳の通路。思ったよりもずっと広い。

 通路沿いに大きな鉄扉があった。常備しているのか、持っていた鍵で側近が鉄扉を開ける。ひんやりとした空気が流れてきた。薄暗い室内には、武器、防具の類が所狭しと並べられていた。


「こちらの在庫をお使いください。参集した方々にも配布する準備をしましょう」

「こんなに……ありがとうございます」

「何を仰いますか。あなたは支部長から直々に全権を委任された方。いわば今回の任務の総責任者なのです。我々もできるだけ支援をするのは当然のこと。さあ、どうぞお選びください。私はその間、必要数を運び出す手配を――」


 そのとき、階上から誰かが慌ただしく降りてくる足音がした。甲高く靴音を鳴らして駆けてきたのは受付嬢だった。


「イスト様、皆さんがお越しです! どうか前庭へ!」


 息を切らす彼女を見て、俺は急いで地下を出た。

 職員が慌ただしく行き交う玄関ホールに戻ると、見慣れた顔が出迎えてくれた。


「イストさん!」

「フィロエ! それにお前たちも」


 そこにはフィロエを初めとしたエルピーダの冒険者少女たちが揃っていた。

 先頭に立つ金髪少女が、エネステアの槍を掲げて雄々しく言う。


「ギルド・エルピーダの前線メンバー。全員集合です。いつでも行けます!」

「あの精霊たち、イストがサポートしたんでしょ? すぐにわかった。どれだけ切羽詰まっているかも、ね」


 アルモアが言葉を継ぐ。普段は皆の宥め役な彼女だが、今このときは瞳に闘志を宿していた。他の少女たち――ルマ、パルテ、レーデリアも、皆、それぞれの決意を顔に浮かべていた。

 頼もしい子たちに頬が緩みかける。だがすぐに、楽観できる状況じゃないと気持ちを切り換える。


「圧倒的に人手が足りない。厳しい任務になるだろうが、少しでも備えをしておこう。地下にギルド連合会支部の備蓄倉庫があるから――」

「そんなの必要ないですよ」


 ふいに、フィロエが不敵に笑う。

 眉をひそめた俺の手を引き、彼女は玄関ホールを出た。他の少女たちも付いてくる。

 ギルド連合会支部の前庭に出た俺は、思わずその場に立ち止まった。


 広いスペースを埋め尽くすほどの冒険者たちが、それぞれ完全武装して待機していたのだ。まるで、あの魔王クドス討伐時のように。


「お、総大将のお出ましだ」

「イスト殿、待ちくたびれましたぞ!」

「さあ、あたしたちは何をすればいい? あんたの言うとおりにするさね!」


 俺の姿に気付いた彼らが、次々と喚声を上げる。


「てっきり私たちが一番乗りだと思ったんですがねー」


 フィロエが隣に立ち、得意げに言う。


「こっちに来る途中からどんどん人が集まってきて、もう凄いんですよ。ホラ、今も入りきらない人たちが入口の外で待ってます。これもイストさんの人徳ですね。えへん」

「俺の人徳って……」

「イスト殿ー!」


 聞き覚えのある声に視線を巡らせると、ギルド・アリャガのギルドマスター、ミウトさんが息を切らして駆け寄ってきた。


「お待たせしました! 方々に声をかけ、集められるだけ集めてきましたぞ!」

「ミウトさん、まさかこれはすべてあなたが?」

「いやいや、そんなことはありません。私が声をかけられたのは十数人そこそこです。ですが、普段ギルド連合会支部と接点がない連中を引っ張ってきましたからな。これで上積みが期待できるでしょう! それにしてもさすがですな、イスト殿は! あなたがひと声かけるだけでこんなにも人が集まる! いやはや、これは人徳という他ないですな! はっはっは!」


 興奮でまくしたてるミウトさん。汗だくになりながらも、初めて見るような充実した顔付きをしていた。

 フィロエがドヤ顔で俺の裾を引く。


「ね? 私だけじゃないんですよ、そう感じたのは」

「むう……」

「イスト様」


 今度はルマが淑やかに進言する。


「機は熟しました。ここに集まった者たちに、どうかご下知を」


 フィロエ、アルモア、パルテ、レーデリアの視線が集まる。前庭に詰めかけた冒険者たちもまた、俺をジッと見ていた。


 不思議だった。

 気後れよりも、腹の底から湧く活力を感じる。きっと、『俺は一人じゃない』と思えたからだ。


 俺は一度瞑目し、グリフォーさんの後ろ姿を思い出す。彼なら、こういうとき何と言うだろう。

 目を開けた。覚悟を決める。


「六星水晶級イスト・リロスだ! 皆、よく集まってくれた!」


 敢えて冒険者として名乗った。ここに集った彼らに対する礼儀だと思った。


「今! 俺たちの愛するウィガールースに危機が訪れようとしている! 何の罪もない子どもたちを巻き込んだ危機だ! 俺は断じて容認しない! この危機の元凶を明らかにするため、皆の力を貸して欲しい!」


 俺は右手を高々と掲げた。


「サンプル発動。ギフテッド・スキル【不滅の士気】!」


 魔王クドスがもたらす恐怖すら振り払った、味方を鼓舞し高めるスキル。冒険者たちの瞳の輝きがさらに強さを増す。

 視界を埋め尽くす猛者たちの高揚感に負けじと、腹の底から声を張り上げた。


「目標、ゴールデンキング! 今こそ彼らの悪事を暴く! 出撃ッ!」


 大地と建物を揺るがす大音声が返ってきた。


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