160.全権委任


 グリフォーさんが支部長室から出る。あの豪快な人が、驚くほど静かに扉を閉めていた。それが、グリフォーさんの覚悟を如実に表していると思った。

 それでは私もこれで――と受付嬢さんも退出する。


 俺は窓際に立ち、しばらく外を見守る。やがて敷地内の広場をグリフォーさんが歩いて行く姿が見えた。朝の活気溢れる街に消えていく。どうか無事で。目礼で祈りを送る。


「支部長!」


 側近の男性の声で、全身に緊張が走った。

 振り返ると、シグードさんが目を覚ましていた。ゆっくりと瞬きをしている。


「シグード支部長」

「おお……イスト氏。来ていたのか……」


 か細いが、しっかりと聞き取れる声。俺は側近の人とともに大きく息を吐いた。

 シグードさんの顔には隠しきれない疲労が刻まれている。ただ、瞳の輝きは戻っていた。

 今なら話をしても大丈夫かもしれない。酷かと思いつつ、俺は口を開いた。


「支部長。俺から報告があります。大事な話です」


 シグードさんが無言で続きを促す。俺は彼の目をじっと見つめ、語った。

 種のこと。魔王のこと。そしてゴールデンキングとの関係のこと。

 子どもたちのくだりを話したときには、無意識のうちに目元と手に力が入った。


 シグードさんは天井を見上げている。目を細め、眉間に皺を寄せていた。辛そうだ。

 俺は彼の手を両手で握りしめ、訴えた。


「シグード支部長。お願いです。どうか俺に、真相を確かめさせてください。全ての鍵はゴールデンキングが――アガゴが握っているはずなのです」


 部屋の中に緊張をはらんだ静けさが降りる。寝台の上で、シグードさんは大きく深呼吸を繰り返していた。やがて一度瞑目し、一際大きく、長く、息を吐いた。


「……時間は、残されているとは言い難い」

「支部長?」

「実は、私も『視た』のだよ……【夢見展望】で、ゴールデンキングに潜む凶悪な存在を……。イスト氏の確信は、間違っていない……」


 俺は息を呑んだ。今だかつて、『君が正しい』と言われてこれほど背筋が凍ったことはなかった。


 シグードさんは側近を呼んだ。駆け付けた彼といくつか言葉を交わす。すると側近は執務机から、細かい文字が書き連なった上質紙を取り出した。物凄い速さで何かを追記し、ペンとともにシグードさんの元へ上質紙を持っていく。

 支部長はゆっくりと身体を起こすと、震える手で末尾に書き足した。署名だった。


「真相の確認……むしろこちらからお願いしたい。調査に関して、全権を君に委ねよう。イスト氏……この書類があれば、ゴールデンキングとて立ち入りを拒否できない」

「シグードさん!」

「今すぐ……ウィガールース内の各ギルドに号令をかけ……ゴールデンキングを捜索して欲しい。あそこが元凶だ……。だが、くれぐれも気をつけて……【夢見展望】は、禍々しく変貌したこの街の姿を示していた……このままにはしておけない……」

「わかりました。必ず、俺が真相を突き止めます。そして、彼らがこの街に災いを起こそうとしているのなら、必ず止めます」

「力強い言葉だ……イスト氏なら、きっと予知を覆してくれるだろう。あのときのように……」


 シグードさんは再び寝台に身体を横たえた。消耗が激しかったのだろう。「すまないが、少し休ませてくれ」と言って、彼は眠りに就いた。

 眠りを妨げないように掛け布を整え、俺は枕元から立ち上がった。


 それから側近の男性の先導で、俺は別室へと向かう。途中で呼び寄せた受付嬢とともに、鍵のかかった部屋にやってきた。


「ここから各ギルドへ伝令を送ります」


 そう言って、側近が解錠した。

 内部は締め切られていて、外からの光が入りにくくなっている。なのに、明るかった。

 光源は、部屋の中央に鎮座した大きなガラス容器だ。よく見ると、内部にはいくつもの精霊が漂っている。


 ギルド職員時代、話には聞いたことがある。ギルド連合会支部には、特殊な連絡手段があると。


 受付嬢が慌ただしく準備するのを手伝いつつ、側近が教えてくれる。


「これは緊急時の伝令に使う精霊たちです。一度に大量に、素早く指定箇所に伝言を届けることができます。ですが、ひとつひとつの精霊に託せる文量は限られている上、ここのところ精霊たちの活動が鈍っているので、常のような効果が期待できません」


 それに、と側近は顔を曇らせる。


「いかに支部長の全権委任状があったとしても、急なことゆえどれほど人が集まるかわかりません。しかも相手はウィガールースでも五指に入る巨大ギルド。報復を恐れた者たちが、参集を拒む可能性もあります。いかに短時間に人を集められるか……はっきり申し上げて、厳しいと言わざるを得ません」


 手際よく準備を進めつつも、表情は沈んでいる男性。同じく作業をしている受付嬢も、悲壮な眼差しで精霊たちを見つめている。


 俺は精霊たちが漂う容器の前に立った。

 彼らは何かを恐れるように、容器の中央に固まっている。外に出たくても出られない。そんなもどかしさを彼らから感じた。

 ならば、俺にできることを――。


「サンプル発動。ギフテッド・スキル【精霊操者】」


 スキルの光が俺を、容器を、精霊たちを包み込む。

 精霊については勉強を続けてきた。伝令を担う精霊たちについても知識として知っている。


 彼らがより強く、より速く、よりたくましく使命を果たせるように、その背中を後押しするイメージで、力を流し込んでいく。

 精霊たちが、活力を取り戻した。


「おお……!」


 側近と受付嬢の声が重なる。俺は懇願した。


「皆、力を貸してくれ。この街を、子どもたちを災いから守るために」


 精霊たちが一斉に容器を飛び出した。『結集』の言葉を抱いて、虹色の尾を引いた輝きがウィガールースの四方に放たれた。


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