162.湧き上がる声援と静まり返る彼の地
大勢の助力を得た俺たちは、ギルド連合会支部を出発した。
鉄馬車レーデリアを先頭に、各ギルドから集まった冒険者が続く。鉄馬車の周囲には、ウィガールースでも古参の冒険者たちが固まっていた。多くはグリフォーさんの知己だった。
「下のことはオレたちに任せろ。お前はお前のやりたいようにやればいい」
そう言ってくれた彼らは、率先して冒険者たちの繋ぎ役になってくれている。おかげで二百を優に超える大所帯は、スムーズに目的地まで進んだ。
午後を迎えた目抜き通り。日常生活や商売に忙しい人々にとって、さぞ迷惑な行動だろう。俺は罵声を浴びることも覚悟していた。
ところが。
「おっ、待ってました!」
「頑張れーっ!」
「悪徳ギルドなんかに負けんな! 俺たちの分までしっかりやってくれ!」
目抜き通りを進む冒険者たちの行列に、街の人たちは拍手と声援を送ったのである。それは途切れることがなかった。
「やあやあ! 我らエルピーダと仲間たちが来ましたよ!」
「うふふ、ありがとうございますー。あらこちらも。ありがとうございますー」
鉄馬車レーデリアの荷台の上では、フィロエとルマが街の人々にアピールを続けている。フィロエは美しい金髪をなびかせ、エネステアの槍を雄々しく掲げて煽り、ルマは荷台の縁に腰かけて、道行く人々に淑やかに手を振っている。
時々大きな歓声が聞こえた。どうやら荷台の上にレーデリアを引っ張り上げて、一緒にアピールをさせているようだ。御者台に座る俺の耳には、さっきから『あわわわ』とうろたえるレーデリアの声が届いている。
「さっき、冒険者の人に聞いた」
俺の左隣に座ったアルモアが言う。彼女にしては珍しく、口元に淡い笑みを浮かべながら沿道の人たちに小さく手を振っている。
「各ギルドが連合会支部に集まる際、街の人々にも話が広まったって。それだけウィガールースのギルドが人々の生活に密着しているのね」
「ま、それも先頭に立つのがあんたじゃなきゃ、こうはならなかっただろうけど」
右隣に座るパルテが話を継ぐ。彼女もまた珍しく、控え目ながらアピールを続けている。
俺はじっと前を見つめながら、二人に言った。
「無理して声援に応えなくてもいいぞ。得意じゃないだろ、こういうの」
「そうね」
「まったくよ」
即座にうなずくアルモアとパルテ。だったら何故と思ったが、答えは本人たちの口からすぐに返ってきた。
「でも、イストは本気なんでしょう。今回のこと、絶対に許さないって思ってる」
「そこまで本気なら、仕方ないから手伝ってあげ
パルテが俺の腕をつつく。
「気付いてる? あんた、今めちゃめちゃ怖い顔してるわよ」
空いた手で自分の顔を撫でた。
なるほど。確かに強ばっている。口の端や眉間なんて、まるで石を彫ったように固い皺ができている。
ふと、同行する冒険者のひとりと目が合った。彼は、畏敬を込めた瞳で俺を見ていた。
アルモアが言った。
「道中、街の人を味方に付け、急造の大部隊を安心させる役割は私たちが担う。あなたはそのまま集中して。イストは私たちの切り札だから」
「わかった」
うなずく。
「必ず、期待に応える」
「ん」
「そうじゃなきゃ困るわ。しっかりやってよね」
――ゴールデンキングの拠点が見えてきた。
隊列は自然と整い、先頭の俺たちエルピーダと、ベテラン冒険者の何人かが門の前に並ぶ。
ここに集まった皆は、大なり小なり危険をくぐり抜けてきた者たちだ。直感が働いたのだろう。
「静かだな」
誰かがそうつぶやいた声が耳に届くほど、部隊の皆は口を閉ざしてゴールデンキングの建物を見つめている。
『マスター』
レーデリアが寄り添った。
『我が御身をお守りします』
「頼む」
レーデリアが目を閉じる。彼女の身体が薄く光に包まれ、人の形から粒子へと変化する。それらは俺の全身に集まり、やがて鎧の形となって収まった。
ベテラン冒険者からかすかにどよめきが漏れた。
レーデリアの全身鎧は黒一色。しかし、それは決して不安を感じさせるような禍々しい黒ではなく、どこか夜空を連想させる透き通った、深い漆黒だった。よく見れば、表面にうっすらと光点の煌めきが浮かんでいる。
「まるで星の鎧ね。六星水晶級のあなたにはおあつらえ向きじゃないかしら」
アルモアが言った。俺は胸元を撫で、心の中でレーデリアに礼を言った。
預かっていた封書を取り出し、中の書類を読み上げる。それは、ギルド連合会の名において、ゴールデンキングの内部捜索を許可する内容だった。堂々と正面から突破するための儀式である。
「行きます」
先頭に立って、正門の柵に手をかける。後ろでは仲間たちがいつでも武器を振るえるように身構えている。
滑らかに、正門は開いた。
しばらく待つ。
想定していた襲撃は、ない。
人影すらも、ない。
ひたすらに豪奢なゴールデンキングの拠点建築が、いつもと変わらず威圧的な輝きを放っている。
すぐさま、探索に長けた冒険者が敷地内部に入り、危険の有無を探る。俺は拠点の建物を目指してまっすぐ歩いた。
だが、数歩もいかず立ち止まる。
正門からは見えなかったが、植木の影に隠れて数人の人影があったのだ。
いや、『人』と言うべきか。
それは怖ろしく精巧に作られた、砂の人形だった。
以前、ゴールデンキングを訪れたときにはなかったものだ。
「どうしてこんなものを」
美術品にしてはモチーフが不可解だ。まるで何かから逃げるような恐怖に染まった表情、着ているものもただの貫頭衣――いや、あれは白衣だろうか。
「坊主……? 坊主じゃねえか」
ふと、砂人形に近づいた初老の冒険者が言った。まじまじと人形の顔を見つめた後、冒険者は強ばった表情で俺を振り返った。
「イストの旦那。間違いありません。こいつは俺様の甥っ子だ。ゴールデンキングに引き抜かれて研究をしてた馬鹿野郎……!」
まさか。
ゴールデンキングの拠点建築を睨む。
老冒険者の悲痛な声が響き渡った。
「こいつは、こいつは生きたまま砂人形に変えられちまったんだ!」
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