155.双子が見た夢


 集合住宅の四階にある部屋が、ミウトさんたち家族の自宅だった。

 玄関から入るとすぐに厨房兼居間があって、そこでミウトさんの妻が内職をしていた。


「ただいま」

「ああ、おかえり――って、えっ⁉」


 何気ない様子で挨拶を返したミウトさんの妻が、俺の顔を見て目を丸くした。「お邪魔します」と俺は頭を下げる。

 しばらく呆然としていた奥さんは、我に返るなりミウトさんに食ってかかる。


「ちょっとあんた、イストさんがいらっしゃるなら何で先に言わないのさ!」

「仕方ないだろ。さっきギルドでお会いして、子どもたちの様子が見たいと仰ったんだから」

「え? うちの子たちを、わざわざイストさんが?」


 半信半疑の表情で俺を見る奥さん。俺は改めて会釈した。


「突然押しかけてしまって申し訳ありません。お子さんたちの様子が気になって、ミウトさんに無理を言ったのは私の方です。あれからお子さんたちに変わりはないですか?」

「え、ええ。イストさんのおかげで、もうすっかり元通りに。――ほら、あんたたち。そんなところに隠れていないで、出ておいで」


 奥の部屋に声をかけると、しばらくして双子がおずおずと出てきた。互いに手を繋ぎ、突然の来訪者に警戒している様子だったが、顔色は良く、足取りもしっかりしていた。良かった。体調は無事に戻ったみたいだ。


「こんばんは。二人とも元気になって良かった」


 ホッとした気持ちのまま、双子に声をかける。だが逆に驚かせてしまったのか、子どもたちは母親の背中に隠れてしまう。


「こ、こらあんたたち。助けてくれた恩人に何て態度だい」

「いや、いいんです。お二人が快復したことがわかっただけで、十分嬉しいですから」


 当惑する奥さん。ミウトさんが呆れている。双子はまだしっかりと母親の服を掴んだままだ。

 俺は一呼吸置き、本題に入った。


「今日、こちらにお邪魔したのは、奥さんにお伺いしたいことがあったためです。アリャガでの一件からこのときまで、何かお子さんに変わったことはありませんでしたか?」

「変わったこと、ですか」

「ええ。例えば、身体に異物が付着していた、とか」


 ああそれなら――と奥さんはあっさりとうなずいた。少しだけ嫌悪の表情を浮かべる。


「熱が下がった後、この子たちの身体を拭いているときに、ひび割れた変な欠片がぽろりと落ちたんです。てっきり虫の死骸でも引っ付けたと思って、そのまま暖炉で燃やしてしまいました」

「そのとき、奥さんは何ともありませんでしたか?」

「え、ええ。特にこれといって」

「その暖炉、見せてください」


 俺の真剣な声に押され、奥さんが居間の片隅にある暖炉を指差す。消えかかってはいるが、火はまだ薄らと灯っている。

 奥さんが控え目に言った。


「あの。これから薪をくべようと思っていたので、火が点いてて危ないですよ」

「大丈夫です」


 俺は暖炉の前にひざまずいた。煤がたっぷり付いた石造りの暖炉だ。手をかざすと、わずかにチリチリと痛んだ。

 ひとつ深呼吸する。


「サンプル発動。ギフテッド・スキル【神位白魔法】」


 スキルの効果による癒しの魔法を暖炉に向けて放つ。ミティのときも、この方法で種の力を可視化できた。柔らかな光に、ミウトさんたち一家が揃って「あっ」とつぶやく。

 慎重に、暖炉の隅々まで力を広げていた俺は、小さな反応を二つ捉えた。


「サンプル発動。ギフテッド・スキル【障壁】」


 片方の手にスキルで防御膜を張り、そのまま暖炉の中に突っ込む。ミウトさんたちが「あああっ⁉」と狼狽えた。

 目的のものを拾い上げると、ミティが飲み干した回復薬の空瓶にそれらを入れる。瓶越しに、ほんのわずかだが発光している種の欠片が見えた。


 ――間違いない。魔王ディゴートの種だ。


 どうやらこちらの種はほとんど力を失っているらしい。【絶対領域】で魔力の糸を遮断した効果は出ていたのだ。もしかしたら、こちらの種の方はミティを苦しめたものよりも品質が下なのかもしれない。

 念のため、小瓶に【障壁】をかけて防御してから懐にしまう。これをキエンズさんに届ければ、また何か新しいことがわかるかもしれない。


「あ、あの!」


 ミウトさんの妻が恐る恐る尋ねてくる。


「手は……手は、大丈夫なのですか? 火傷とか。思いっきり暖炉の火に触れていたような」

「ええ、平気です。スキルで防御しましたから。それより奥さん、これが子どもたちの身体に付いていたことについて、何か心当たりはありますか?」

「いえ、特には……あ!」

「何か、あったのですね?」

「あの、それが原因かはわかりませんが、アリャガを辞めた元ゴールデンキングの研究者さんと少し前に偶然会って、嫌な思いをしたことがあって。子どもたちをやたらと触ってきたんです。嫌がってるから止めてくださいと言ったのになかなか聞いてくれなくて。そのときは、夫があの人を辞めさせたことに腹を立てて嫌がらせをしてきたのだと」


 ――可能性は高いな。

 しかし、ここでもゴールデンキング絡みとは。


 子どもたちの手前、この話を蒸し返すのは良くないだろうと思った俺は、矛先を変えた。


「ところで奥さん。暖炉に薪、これからくべるんですよね」


 許可を得たとは言え、他人の家の暖炉を漁ったままなのは寝覚めが悪い。

 俺はミウトさんたちにひと声かけてから、暖炉の傍らに置いてあった薪をくべた。このままでは種火が弱いので、火を育てる必要がある。夕方のこの時間。火を熾す時間はできるだけ短い方がいいだろう。


「サンプル発動。ギフテッド・スキル【精霊操者】」


 暖炉周辺にくすぶっていた火の精霊たちを呼び出す。威力を調整しながら、精霊の助力で無事、十分な火を熾すことができた。


「奥さん。このくらい火があれば、大丈夫ですか」

「え……ええ、それはもう。十分なくらいで、はい」

「よかった。暖炉を貸してもらったお礼です」


 立ち上がる。

 すると、さっきまで母親の後ろに隠れていた双子が俺のところに駆け寄ってきた。


「すごーい!」

「まほーだ! すきるだー!」

「ねーねー! さっきの、どうやったの?」

「すごいすごい! もっかいやって! もっかい!」


 一転、きゃいきゃいはしゃぎながら俺の裾を掴んでせがむ。俺は苦笑した。うん、元気になったのを体感できて嬉しいよ。

 奥さんが慌てて二人を引き剥がそうとするが、今度は俺から離れてくれなかった。


「ねー、おじちゃん! きいて!」


 双子の片方が俺を見上げて言う。おじちゃん……まあいいか。


「あたしね、きのうね、すっごいゆめをみたの。きらきらひかって、こーんなおっきくて、なんかばしゃーってしてるの」


 昨日と言えば、双子が種の作用で体調を崩していたときだろうか。だが表現が抽象的すぎて、さすがに何を伝えようとしているのかわからない。ただ、二人の息の合った話しぶりを聞いていると、どうやら『知らない場所で怖かった夢』を見てしまったらしい。


「おじちゃんなら、ばばーってできる?」

「うーん。どうだろうなあ」

「できるよおじちゃんなら! だってすごかったもの! おじちゃんなら、きっとくじらさんだってよんでくれるよ!」


 くじらさん?


「ゆめにね、すっごくおおきなくじらさんがでてきたの。ぷくーってふくらんでて、おっきくて、やさしそうで、そんで!」

「うんうん! まるでえほんにでてくるくじらさんみたいだった! あいたい!」


 大きくて、優しそうで、絵本に出てくるような、空飛ぶ鯨。

 心当たりがある。実際に俺はその鯨を目にしているのだ。


 大精霊『大地の鯨』。


 だが、もしそうだとして、どうしてこの子たちの夢に大地の鯨が出てくるのだろう。種が、何らか影響を与えたせいなのだろうか。それとも単なる偶然?


 母親に抱えられて「やー!」とか「ぶー!」とか言ってる双子に目尻を緩めながらも、俺はしばらく顎に手を当て考え込むのだった。


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