150.ファンクラブ後の衝撃
ドタバタと騒がしい入浴を終え、俺は食堂に向かう。
「まったく。お前たちはいつもいつも」
じろりと後ろを振り返って睨むと、フィロエとルマが愛想笑いしていた。
混浴は断固として阻止したものの、入口から顔半分覗かせて観察してくるものだから、まったく落ち着かなかった。精一杯好意的に考えて、もしかしたら俺と入れ替わりに湯に浸かるつもりなのかと思ったが、なんのことはない、湯上がりの俺の後を何食わぬ顔で付いてくる始末である。
お前ら、それ覗きだからな。
ま、フィロエたちのことは脇に置いておくとして、大きな浴場で手足を伸ばすのは気持ちが良かった。徹夜の疲れも溶け出すようだ。
食堂に入ると、アルモアとパルテが席に座っていた。どうやら、俺が来るのを待ってくれていたらしい。申し訳ないことをした。
エルピーダの冒険者少女たちの分も含め、メイドさんたちがすぐに朝食を運んでくれる。
「いつもすみません。ありがとう」
「こうして皆さんにお仕えできるのは名誉なことですから」
ティララと仲が良いメイドさんが微笑みながら言った。
俺たちが少し遅い朝食を摂っていると、食堂の入口から元気の良い声が聞こえてきた。
「せんせー! いってきまーす!」
「おう。気をつけてな、皆」
俺は軽く手を上げて応えた。声の主――ミティの他にも、スノーク、グロッザ、ティララなどの顔がある。エーリは徹夜の作業が堪えたのか、お休み中らしい。
今日の孤児院メンバーは、バルバの改装作業に精を出す予定だと聞いた。最近では彼らもそこそこ顔が売れたらしく、手を差し伸べてくれる街の人も増えてきたとか。子どもたちのことを住人の皆さんが支えてくれるのであれば、これほど心強いことはない。
溌剌とした様子で出かけていく子どもたちを見送る。彼らの背中を見ていると、こちらまで元気が出る。
「よし」
朝食を食べ終わり、俺は立ち上がる。
「孤児院の子どもたちには負けられない。今日も街の平穏を守るため、頑張るぞ!」
「おー!」
気合いの声。冒険者少女たちの手の挙げ方に四者四色の違いがあって、面白かった。
――それから準備を済ませた俺たちは、レーデリアの鉄馬車に乗り込んだ。街の各所を周回すべく、グリフォー邸の外へ向かう。
敷地の出入口で、筋骨隆々の男たちとすれ違った。資材や建築道具を積んだ荷車を引いている。職人集団だ。
もしかして、子どもたちの協力者の方々だろうか?
「おおっ!」
先頭の男が俺を見つけて破顔一笑した。
「これはこれは、総代表殿ではありませんか!」
「おはようございます……って、総代表?」
今まで院長とかギルドマスター殿とかは言われたことはあるけれど、総代表とは初耳の呼び名だ。
すると男は、太い腕に巻いた一本の黒い鎖を指差した。先端に一箇所、小さな箱が付けられている。よく見ると、職人集団の中で他にも数人、同じようなアクセサリーをしている人がいた。
彼は興奮気味にまくしたてる。
「我ら、レーデリア嬢ファンクラブ、『黒箱ちゃんの会』職人街支部です!」
「レーデリアのファンクラブ⁉」
いつのまにそんなのができてたんだ⁉ え、待って。職人街支部って。他にも支部や本部があるの?
「その通り! 見る者すべてを魅了する容姿、相反する控え目な言動。そしてまさかの
箱推しの意味が違――いやまあいいけど。
「……で、その総代表というのは」
「それはもちろん、レーデリア嬢の庇護者であり、我らに彼女の素晴らしさを教え広めてくださったイスト殿のことに決まっているではありませんか!」
間違ってはいない。
だが何か違う気がしてならない。
「今日は引き続き総代表やレーデリア嬢の力になるべく、改装作業のお手伝いにはせ参じたのです。まだまだ、職人として手を入れたいところがありましてな!」
「ええっと。ありがとうございます」
礼を言った。そうか、だから大浴場ができるまであんなに早かったのか。
『あ、あのう。マスター……』
おずおずとレーデリアが荷台から顔をのぞかせた。
『こ、この場合……我も礼を言うべきでしょうか? その、せせ、宣伝のために』
「や、あまり無理をしなくても――」
言いかけたところで、ファンクラブの男とレーデリアの視線がぶつかった。
「うおおおおおおお⁉」
『ひゃああああああ⁉』
お互い悲鳴を上げて震え出す。ファンと本人がどっちも気絶しそうなほどガクブルしてるのって、どうなのさ。
「あー……それでは俺たち行きますので。では」
固まったままの男たちを残し、俺は鉄馬車を進めた。
「レーデリアちゃん、いいなあ。ファンクラブって。まあ、そうなるように頑張ってきたんだけどさ」
涙目で硬直したレーデリアの頬を、フィロエがつつきながらぼやいていた。
……こりゃあ、今日のレーデリアは馬車待機かなあ。
その後、俺たちは総出でギルドを回りつつ、各地に異変がないか確認していった。どうやら徒花は一通り駆除できたようで、奇妙な臭いに関する苦情はなくなっていた。
レーデリアにファンクラブが出来たのは本当だった。昨日よりもレーデリアへの声援が増えていたのだ。固まった笑顔で、風に揺れる穂のように力なく手を振りながら、『我はゴミ箱。我はゴミ箱』と誰にも聞こえないようにつぶやく美女を隣に座らせるのは、なかなかツライものがあった。
まあ、概ね平穏、異常なしと言える。
もちろん、元凶を突き止めたわけではないから油断は禁物だが、とりあえずの危機は回避できたと俺は思った。
日中の依頼をこなし終わったとき、まだ太陽は高い位置にあった。少し時間が余った俺たちは、かつての勤め先であるバルバへ向かう。エルピーダ孤児院の子どもたちが、改装作業を頑張っている様子を見に行くためだ。
ちなみに、バルバの呼び名は今でもそのまま使わせてもらっている。いつぞやアルモアが気遣ってくれたように、無理に忘れるよりか、子どもたちと一緒に新しく幸せな思い出を作って上書きしていく方が良いと思ったからだ。
賑やかに騒ぐフィロエたちの姿を横目に見ながら鉄馬車をゆっくり歩かせる。もうすぐ目的地というところまで来たとき、バルバに続く路地から少年がひとり飛び出してきた。
「グロッザじゃないか」
俺は目を瞬かせた。
鉄馬車に気付いたグロッザが一目散にこちらへ走ってきた。彼が近づくにつれ、違和感が湧く。鼓動が早くなる。
グロッザ。お前、何故そんなにも汗だくなんだ。初めて見るぞ。そんな慌てた顔――。
「イスト先生、大変だ。ミティが高熱で倒れた!」
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