149.子どもたちの成長は朝日とともに


 ――窓の外がすっかり明るくなった。朝が来たのだ。

 結局、キエンズさんと二人、徹夜で作業をしてしまった。でもそのおかげで、手頃な回復薬がたくさん作れたので良しとしよう。


 そのとき、もぞもぞと毛布が動いた。目を覚ましたスノークが背伸びをする。

 少年は俺たちに気がつくと、パッと表情を明るくした。


「あっ、おはようお父さん! キエ兄!」

「ああ。おはようスノーク」


 キエンズさんと声が揃う。俺とキエンズさん、お互いちょっと複雑そうな顔だったのが妙におかしかった。

 起きたばかりなのにもう元気を身体中から溢れさせながら、スノークが俺に抱きついてきた。


「お父さん、いつ遊びに来たの? 一緒に寝てくれたの?」

「キエ兄さんのお手伝いに来たんだよ。よく眠っていたねスノーク。ちゃんと挨拶できて偉かったぞ」

「えへへー!」


 頭を撫でると、少年は白い歯をずらっと見せて笑った。

 扉をノックする音がした。「よいしょっ」と可愛らしい掛け声とともにゆっくりと扉が開き、小さな人影が入ってきた。やってきたのはミティだった。


「おはようございまーす! スノーク、いる?」

「あ! ミティおねえちゃん!」


 少年がミティの元に駆け寄る。ミティもまたスノークの手を握ると、満面の笑みでブンブンと上下に振る。


「もう、お部屋にいないからびっくりしたよー」

「だって、キエ兄のことがしんぱいだったから」

「そっかー。それじゃあしかたないよね」


 小さな手がスノーク少年の髪を撫でる。彼の頭頂部は、ミティの視線よりも下だ。孤児院の皆に見せるものとはまた違った、ちょっとお姉さんぶった表情。俺は思わず吹き出してしまった。


「あ。イストせんせーひどい。笑ったらイヤ」

「ごめんごめん。いや、すっかりミティはお姉さんだなって」

「そうだよ。だってミティ、スノークよりひとつおねえさんだもの」


 ふっふーんと胸を張る。その様子がまた可愛らしくて、キエンズさんと二人で微笑みあった。

 今までは孤児院の中で最年少だったミティだ。弟分ができて張り切っているのだろう。幸い、スノーク少年もミティに懐いているようだ。


「じゃあ朝ごはん、いっしょに行こう、スノーク!」

「あ、待ってよミティおねえちゃん」


 小さな手を小さな手が引きながら、二人は研究小屋を出て行った。


「いいものですな院長。ああいうのを見ると、疲れが吹き飛ぶから不思議です」


 キエンズさんの言葉に深くうなずく。

 すると彼は薬品棚から小瓶を一本取りだして、俺に渡してきた。先ほど作った回復薬とは色が違う。別の薬のようだ。


「特製の栄養剤です。お疲れでしょうから、よろしければどうぞ」

「いただきます」

「さて、私は少し仮眠を取りますね。薬も完成して、あの子たちの笑顔も見たら、何だか緊張が解れてしまって」


 欠伸をするキエンズさん。俺は栄養剤を飲み干すと、彼の休息の邪魔にならないようにおいとますることにした。後でメイドさんたちに頼んで、軽食を運んでもらおう。


 眩しい朝日に目を細め、栄養剤のおかげか心なしか軽くなった身体を伸ばす。そこで袖の汚れに気づいた。


「食事の前に、少し身体を拭くか」


 館に戻る。すると、玄関ホールで待ち受けていた少女たちにつかまる。


「イストさん、見つけました! おはようございます!」

「ああ。おはようフィロエ、ルマ。それからエーリ」


 珍しい組み合わせだなと思いつつ、挨拶を返す。フィロエとルマはいつもどおり元気いっぱいだが、エーリは物凄く眠そうだった。さてはあの後も作業をしてたな。まあ、俺も人のことは言えないが。


「どうしたんだ三人とも。俺を探してたみたいだが」

「はい。実はイストさんに見せたいものがあるんです。ささ、どうぞこちらへ」


 右手をフィロエ、左手をルマがつかみ、そして背中をエーリが押しながら、俺は館の奥に連れて行かれた。一階の厨房を過ぎ、さらに廊下を進む。

 あれ? こっちは水場じゃないか。

 身体を拭こうと思っていたので、ちょうどよいと言えばちょうどよい。だがエーリはともかく、フィロエとルマのことだから、また何かしら無茶を言い出すんじゃないだろうか。


 密かに警戒していると、間もなく水場に到着した。

 ――いや、だ。


「これは……!」


 俺は目を丸くする。

 以前は、井戸の水を引き上げて身体を拭いたり、大きなものを洗ったりするところだった水場。玄関ホールくらいの広さがありながら殺風景だったそこは、今、大きく様変わりしていた。


 漂う湯気。四角く床をくり抜いて作られた、大きな浴槽。壁に設えられた筒からこぼれ落ちる湯。

 たっぷりとした水量の大浴場が広がっていたのだ。


「驚いた……いつの間に」


 言いかけ、思い出す。そういえば少し前から職人さんがよく出入りしていた。床や壁を綺麗にしていたから、てっきり修繕の類かと思っていたけど。

 まさかここまでの大改装をしていたとは。


「どうです? 驚いたでしょう。これ、エーリの自信作なんですよ!」


 フィロエが胸を張る。後ろを振り返ると、エーリが少し隈の浮いた目で俺を見上げていた。


「設計、してみた。勉強の成果。これがあれば、いつもお世話になってる館の皆ものんびりできる」

「いや、凄い。正直度肝を抜かれたよ」

「こっち。見て、先生」


 エーリが浴槽の側まで俺を引っ張る。試しに湯に手を入れてみると、ちょうど良い温度に保たれていた。


「どういう仕組みなんだ……?」

「秘密はあの壁の向こう」


 エーリが指差す。壁から突き出た筒から湯が出ている。


「隣の部屋に、フィロエ姉たちがもらってきたでっかい壺が置いてある。それがボイラー。中は三層構造になってて、それぞれの層で精霊たちが水を温めてる。層ごとに温度を変えてるから、湯温調節もできる」


 すらすらと饒舌になるエーリ。寝不足なはずなのにイキイキしている。


「温度調整はアルモア姉の精霊術、水の供給は井戸水に加えてホウマにも協力をお願いした。大きな壺を狭い空間にぴったり収めるのにはパルテ姉のスキルが最適だった。何より、冒険者である皆が成果を上げなければ、壺とか濾過用の布とか、材料そのものが揃わなかった。姉たちはやっぱすごい」


 そこで、両の拳を握る。


「でも、あたしも結構頑張った……と思う。思いどおりのモノができて、自信になった。……ちょっとは、だけど」

「ちょっとどころじゃないさ。滅茶苦茶凄い。エーリは凄いよ。よく頑張ったな。成長したよお前は」


 頭を撫でる。しばらくエーリはされるがままだった。


 規則正しく波紋を立てる湯を、俺は目を細めて見つめた。

 これは、バルバの店がどんなふうになるか、本気で楽しみになってきたな。


「イスト先生。よかったら、入って見て。まだ誰も使ってないから」

「いいのか?」

「うん。相変わらず先生、疲れてるみたいだし。……そのために作ったところも、あるし」

「そっか。ありがとう。それじゃあ、さっそく使わせてもらおうかな」

「ん。じゃああたし、食堂に行ってるから」


 満足気に笑って、エーリは大浴場を出て行った。

 その後ろ姿を見ながら、フィロエとルマがしみじみと言った。


「これほどのものを造るなんて、姉貴分として鼻が高いです。うんうん」

「将来はきっと名のある建築士になりそうですわ。でも、細工士もいいと仰っていましたね。夢が広がりますわ」


 まったくだな。子どもたちの成長はいつ見てもいいものだ。


 ――で。


「さあイストさん。せっかくの一番湯です。一緒に入りましょう!」

「お背中お流ししますわ。こんなこともあろうかと、メイドの皆様に色々と手ほどきしていただいたのですよ」


 エーリのことを褒めつつ服を脱ぐフィロエとルマに、俺は力を込めて言った。


「お前たちはいつも通りかよ!」


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