151.魔王の種


「ミティ!」


 俺たちはバルバに駆け込んだ。人型レーデリアも一緒だ。ホールに集まっていた孤児院の子どもたちが一斉に振り返る。


「イスト先生ぇ……!」


 普段は飄々としているステイが涙目ですがりついてくる。俺は焦燥感を抑え、ステイを宥めた。


「大丈夫。落ち着くんだ。医者は……誰か他に大人の人は?」

「グロッザと、ナーグが走って呼びに……」

「わかった。よく頑張ったな」


 ホールの片隅に据えたソファーにミティが寝かされていた。傍らではスノークが「おねえちゃん」と繰り返し呼びかけていた。さらにその隣ではティララが、額に大粒の汗を滲ませながら本をめくっている。


「ダメ……どこにも載ってない……こんな病気、見たことない……」


 悔しそうにつぶやく。頬を、汗と一緒に涙が伝う。


 俺はミティの傍らに跪いた。額に手を当てると、焼けるように熱い。しかし、顔色は真っ青で、呼吸が細かった。時折、両腕が小さく痙攣する。何度か呼びかけても反応がなかった。

 ティララが言うように、普通の病気じゃない。


 いや――そもそもこれは病気なのか?

 まさか。ミウトさん夫妻の双子と同じ――。

 いずれにせよ、こんな痛々しいミティをこのままにはできない。


「サンプル発動。ギフテッド・スキル【神位白魔法】」


 少しでも症状を緩和するため、俺は癒やしの魔法をかけた。温かな光が小さな少女を包み込む。

 次の瞬間、俺は目を剥いた。同時に背後で、フィロエが驚きの声を上げる。


「あっ⁉ なに、あの根っこみたいな光……!」


 フィロエには見えたのか。他にもアルモアやルマも表情を凍らせた。ギフテッド・スキルを持った彼女らには視認できているのだ。この惨状が。


【神位白魔法】をかけた途端、癒やしの光がミティの身体を通り地面に向かって流れていったのだ。まさに双子と同じ魔力の糸。だが、あの子たちと違うのは魔力の糸が一本ではなかったということだ。

 その様子は、まさにフィロエが言うように、地中に広がる根そのもの。流れ出る力の量も双子の比ではない。


「パルテ! 手伝ってくれ」

「わ、わかった」


 動揺から立ち直ったパルテとともに、二人で癒やしの魔法を施す。だがミティを包む輝きが強さを増しただけで、手応えは芳しくなかった。まるで穴の空いた桶で井戸水をくみ上げるような徒労感が背筋を這う。唇を噛んだ。


「フィロエ。ミティを包み込む結界を頼む。根のような魔力の糸を、それで断ち切るんだ」

「わかりました」


 フィロエのスキルにより、魔力の糸が切り離される。床に散らばった魔力の糸は間もなく消え去った。

 だが。


「イストさん、ミティから光が流れ出すのが止まりません……!」


 フィロエが指先を震わせながら言う。俺も見た。

 エルピーダの冒険者少女たちに、再び動揺が広がる。孤児院の子どもたちはそもそも魔力の糸が見えないらしく、狼狽える俺たちを目にして息を呑むばかりだった。


 しっかりしろ、俺。

 子どもたちに動揺ばかり与えてどうする。落ち着け。考えるんだ。ミティを救うために何ができるか考えるんだ。

 もう一度、腹を決めてミティの症状を観察する。


 そうして、ふと俺はあることに気付いた。

 力を垂れ流す魔力の糸が、ミティの右手辺りに密集していたのだ。

 俺はゆっくりと彼女の手を捧げ持ち、手のひらを開いた。


「あっ!」


 その場にいた全員が声を漏らす。

 そこには肌の色に擬態した、親指の先ほどの種が張り付いていた。アリャガで見た徒花の種とはまた違う。まさに根のようにそこから魔力の糸が生えている。人体を貫通し床にしがみつこうとして、フィロエのスキルに阻まれていた。


 スノークが「お父さん」と声を出す。


「これ、ミティおねえちゃんがとってくれた種だよ。僕のうでについてたんだ」


 なんだって。

 じゃあこの種は、元々スノークの身体に付着していたものが、ミティに取り付いたということなのか。でも、ゴールデンキングの地下施設から助け出してから今日まで、スノークが体調を崩したことはなかった。

 まさか、ゴールデンキングに囚われていた頃にはもう……?


 スノークの目に大粒の涙が浮かぶ。


「お父さん……おねえちゃんが病気になったのって、もしかして僕のせい……?」

「そんなわけないさ。スノークは悪くない。絶対にだ」


 不安に染まった少年の背中を撫でる。

 俺はじっと種を睨んだ。ミティの皮膚に種は張り付いている。無理に引き剥がせばどうなるかわからない。


 ――こうなったら。


「ギフテッド・スキル【天眼】」


 対象のあらゆる特徴、本質について天からのメッセージを受け取れるスキル。俺は意を決し、【天眼】を種に向けてかけた。

 しばらくして、頭の中に声が降りてきた。



『魔王ディゴート』



 ――たったそれだけ。

 この種がどういう特徴を持っているのか、どうすれば無力化できるのか、そうした情報は一切与えられなかった。

 ただ。


「魔王ディゴート。それがこの種を作り出した元凶か」


 俺のつぶやきを聞いた仲間たちが息を呑む。

 やはり魔王が絡んでいたのは事実だった。奴を倒せばこの種も消滅するのか。それまでミティをこのままにしておくのか。魔王がこの街のどこかに。探すか。手がかりは。ゴールデンキング。地下施設。この子を放っておけない。


 ――ダメだ、焦るなイスト・リロス。

 眉間に力を入れ、種を睨みながら思考を回す。


 そこへ、横合いからスッと滑らかな指が伸びてきた。レーデリアがかがみ込み、ミティの手のひらの種をつまむ。


 拍子抜けするほど呆気なく、種は少女の手から剥がれた。


 途端、種は次なる獲物を探すように魔力の糸を四方に伸ばす。レーデリアはその様子を無表情に見つめた。そして種を――。


『あむ』


 食べた。

 咀嚼もせずにゴクリと飲み込む。


 あまりのことにその場にいた全員が絶句する。もちろん俺もだ。

 皆の注目が集まっていることに気付いた彼女は、少し恥じらいながらも、はっきりとした口調で俺に報告した。


『これは魔王の欠片で間違いありません、マスター。ですがご安心下さい。我も元は魔王だった身。体内に取り込んでも人間のように影響はありません』

「そう、か……。じゃあ種はもう……?」

『はい! もはや種は誰の手も届きません。我はゴミ箱ですから!』


 得意げに彼女は言った。


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