139.美しく怪しい光
レーデリアのゴーレムが地下水路の扉へ向かう。そのときアヴリルが飛んできた。
後ろからアルモアが言う。
「その子も連れていって。相手は植物でしょう。もし繁殖がひどくても、アヴリルの炎があれば焼き払える。臭いにも平気そうだったし」
何だかんだ心配してサポートしてくれるのはさすがだ。助かる。
まあ、当のアヴリルはいまいちやる気なさそうなのが気になるが……。
『い、行きます。マスター、目を閉じて下さい。視界を同調させます』
レーデリアの言葉にうなずき、言われたとおりにする。水面に周囲の景色が浮かぶように、ゴーレムから見えた光景が瞼の裏に浮かび上がってきた。
ゴーレムは器用な手つきで扉を開ける。
内部には照明器具がなかった。それでも明るさはそこそこ確保されている。地下水路入口からさし込む陽光とともに、通路の先で何かが光っているためだった。
慎重に階段を降りる。ゴーレム操作の能力に目覚めて間もないというのに、レーデリアはとてもスムーズにゴーレムを動かしていた。
水分で表面の色が変わっている石階段に、植物の蔦が這っている。青々として、まだ生えたばかりのように見えた。
間もなく階段を降りきり、地下水路にたどり着く。
灯りをたどって左を見たときに、俺とレーデリアは同時に声を上げた。
幅四メートルほどの水路の両端、人一人が歩けるほどの通路に、見たこともない植物がびっしりと生えていたのだ。
第一印象は、『綺麗で不気味』。
背丈はゴーレムの膝丈くらい。葉っぱの数が多く、地面が見えないほどだ。そして何より目立つのは、葉の根元から顔をのぞかせる花だ。不気味な紫色に光っている。地下水路を照らす光源はコレだった。
よく見ると、まだ蕾も多い。すべて開花したらどれほどの影響が出るのか。
ゴーレムが歩を進める。そのとき、鉄の爪先が何かを蹴った。カラカラと高い音が響く。小石? いや、あれは種か?
何にせよ、これは予想以上の惨状である。
「レーデリア。ちょっと引き抜いてみてくれ」
『わ、わかりました』
ゴーレムが手を伸ばす。花のひとつを、周囲の葉や茎と一緒にちぎり取る。ふわりと胞子のように光が舞った。
『マスター。これをどうするのです?』
「サンプルとして持ち帰る。上に戻ったら俺が【障壁】で覆って臭いの拡散を防ぐよ。キエンズさんに見せて、意見を聞こう」
これがどんな植物なのか気になる。キエンズさんなら良い知恵をくれるかもしれない。
さて、残った奴だが。さすがにこのままというわけにはいかないだろう。
アヴリル、と叫ぼうとした所で、地上にいる俺が声を張っても届かないだろうと気付く。レーデリアに頼み、アヴリルに身振りで指示を伝えてもらう。
お前の力で焼き払ってくれ。
任せてと言わんばかりに大きく翼を広げたアヴリル。火の粉が大精霊の周囲に集まる。
炎の渦が吐き出された。あっという間に発光植物を包み込む。
しかし――。
「……燃えない?」
大精霊の炎に焼かれながらも、花の光は消えず、葉の瑞々しさにもほとんど変化が見られない。
『あわわ……で、でもちょっとずつ焦げてる感じです……』
レーデリアが言う。確かに目を凝らせば、葉の端っこ、茎の一部などが焦げたように変色していた。だが、普通なら大木ですら炭化させるほどの炎流(えんりゅう)であることを考えると、驚異的な耐久力と言えた。
『むむむう!』
アヴリルが悔しそうに唸る。次の瞬間、彼女は一気に炎の勢いを強くした。水路内が眩い光に包まれ、熱波が隅々まで駆け巡る。
地上で目を閉じていた俺のところにも、熱を含んだ風が押し寄せてきた。背後ではミウトさんたちアリャガのメンバーが狼狽え騒いでいる。
「アヴリル、もういい! 抑えろ!」
俺の制止を受けて、レーデリアがゴーレムを動かす。鉄の手で口元を遮られたアヴリルは、渋々といった様子で炎を吐くのを止めた。
水路の壁は焼け焦げ、付近の水は熱せられ蒸気が立ちこめた。これ以上続けていたら水路が崩壊していたかも知れない。それほど強い攻撃だったにもかかわらず、発光植物は憎たらしいほど変わらずそこに佇んでいる。
「大精霊の炎にも耐えるなんて」
『なんかへんでヤな感じ』
アヴリルが不満と戸惑いをにじませる。
これはいよいよ、植物の正体を探る必要が出てきたな。
「レーデリア、アヴリル。一旦地上に戻ろう」
『え、でもこの植物は』
「もちろんこのままにはしておかない。とにかく早く上へ」
アヴリルとともにゴーレムが地下水路から出てくる。
目を開けた俺は、全身から陽炎を立ち上らせているゴーレムを見た。同時に濃さを増した臭いに顔をしかめる。
ゴーレムの手に握られた発光植物に向けて、俺はギフテッド・スキルを放つ。
「サンプル発動。ギフテッド・スキル【障壁】」
だいぶ勝手がつかめてきたスキルを駆使し、蕾を覆う直方体の壁を作った。臭いが途切れる。
「ルマ。魔法でゴーレムを冷やせるか?」
「お任せ下さい」
【極位黒魔法】の遣い手にゴーレムの処置を頼んでから、俺は地下水路の前に立つ。
短く息を吐く。
「サンプル発動。ギフテッド・スキル【絶対領域】」
範囲結界。
ゴーレムの視点で見た地下水路の地形を頭に思い描きながら、発光植物を囲うように結界を展開する。あくまで一時しのぎだが、これ以上影響が広がることはなくなるはずだ。
「これでよし、と」
「イスト様。ゴーレム様はもう大丈夫ですわ。とても固くてびっくりしました」
「ちょっとアヴリル。こっち来
「ありがとうパルテ。この子には私から言っておくから。無茶するなって」
「イストさん。これが地下にあった植物ですか? 綺麗ですけど、なんか気味が悪くて、イストさんには似合いませんね」
いつも通りのエルピーダメンバー。
彼女らの後ろで、ミウトさんたちがへたり込んでいた。愕然とした表情を貼り付けている。
俺は心配になって声をかけた。
「どうかされましたか、ミウトさん。あまり顔色が」
「す、凄い。これがウィガールース最強ギルド、エルピーダの実力……」
「え?」
「私、ギフテッド・スキルが飛び交うところを初めて見ました……。そういうのは英雄譚か、創作話の中だけのことだと……」
う。このパターンは。
「おみそれしました! さすが六星水晶級冒険者だ! その力も、お仲間の強さも桁違いなのですね! 本当に素晴らしい!」
軽く天を仰いだ俺は、気持ちを切り換えミウトさんに告げる。
「レーデリアが役に立つということ、ご理解いただけましたか?」
何度もうなずくミウトさんたち。
居たたまれないのか、こそっとゴーレムの後ろに隠れようとしたレーデリアを、俺は引き留めた。
「ご覧の通り、彼女は俺たちの大事な仲間です。皆さんの敵ではない。どうかレーデリアをこの街の一員として認めて下さい。温かい目で見守ってあげて下さい。六星水晶級冒険者イスト・リロスとして、お願いします」
『あああああああばばば――』
――このゴミ箱もどきに、とか考えてるんだろうなあ。
手のひらにレーデリアのガクブルを感じながら、俺は深く頭を下げた。
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